火葬4
火葬師ダルスの信じてきた真理は、静かに崩れ続けている。
終焉を司るはずの炎は「境界の火」と呼ばれ、
灰の行き先は未知の領域へと繋がっていた。
死者を灰へ変える行為。
それは本当に「終わり」だったのか。
それとも――何かを開くための儀式だったのか。
『火葬師ダルス』第四幕。
火葬場という閉ざされた空間で、世界の裏側が姿を現す。
火葬場を満たす影は、もはや「影」という言葉では足りなかった。
それらは立ち上がり、蠢き、互いに溶け合いながら輪郭を得ていく。
人の形を模した歪み。
顔のような窪み。
手のような突起。
どれも未完成で、どれも異様だった。
「……こんな……数……」
ダルスの声が震える。
火葬師として数えきれぬ死者を見送ってきた。
だが。
灰にならなかった存在など、覚えがない。
少女の声が響く。
「覚えてないだけ」
炎の中心で立つ彼女は、相変わらず静かだった。
「あなたの火は……終わらせない火」
「……違う」
否定は弱々しかった。
「火葬の火だ……」
「ううん」
即座に遮られる。
「境界の火」
その言葉と同時に、空気が変わった。
影たちが一斉にダルスの方へ顔を向ける。
目はない。
だが、視線だけは明確に感じられる。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「やめろ……来るな……」
後退るダルス。
だが足首には、まだあの冷たい感触が残っている。見えない拘束のように身体が重い。
影の一体が、床を滑るように近づいた。
腕のようなものが伸びる。
指のような分岐。
それがダルスの膝へ触れた瞬間――
記憶が流れ込んだ。
「――ッ!!」
知らない光景。
見知らぬ男。
戦場。
炎。
焼かれる兵士。
断末魔。
「……誰の……記憶だ……」
「あなたの火で焼かれたもの」
少女が答える。
「終われなかった欠片」
別の影が触れる。
別の記憶。
老女。
病床。
家族の泣き声。
そして火。
さらに別の影。
子供。
事故。
短い生。
燃える棺。
「やめろ……!」
ダルスは叫ぶ。
だが止まらない。
触れるたび、無数の人生が頭の中へ雪崩れ込んでくる。感情、恐怖、後悔、絶望。
火葬師として距離を保ってきたはずの「死」が、強制的に内側へ侵入してくる。
「どうして……こんなことに……」
掠れた問い。
少女は初めて、わずかに哀しげな表情を見せた。
「あなたのせいじゃない」
意外な言葉だった。
ダルスが顔を上げる。
「火は、もともとそういうものだった」
炎が揺れる。
「あなたは選ばれただけ」
「……何に……」
少女の瞳が、深い赤へと沈む。
「開く者に」
影がざわめいた。
火葬場の壁が、溶ける。
いや、溶けて見える。
赤い炎の向こう側に、別の空間が滲み出す。
果てのない暗闇。
無数の光点。
底の知れない「どこか」。
ダルスの呼吸が止まる。
「……なんだ……あれは……」
「灰の行き先」
少女が囁く。
「終われなかったものの溜まり場」
影たちが一斉に動いた。
ダルスへではない。
その裂け目へ。
吸い寄せられるように、黒い群れが暗闇へと流れ込んでいく。
だが数が多すぎる。
流れても、流れても、尽きない。
「止めろ……!」
ダルスが叫ぶ。
「こんなもの……開いてはいけない……!」
直感だった。
あれは見てはならない場所。触れてはならない領域。
少女は静かに首を振る。
「もう開いてる」
そして。
ゆっくりと、ダルスを指差した。
「最初から」
その意味を理解した瞬間。
ダルスの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
火葬師として炉に向き合ってきた年月。
灰を見つめ続けてきた日々。
そのすべてが。
扉を開く儀式だったのだと。
『火葬師ダルス ― 火葬4』を読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話では、物語の恐怖の質を一段深めました。
怪異そのものではなく、「火葬」という行為の意味に揺さぶりをかけています。
ダルスの火は何だったのか。
灰はどこへ消えていたのか。
そして少女の言う「最初から開いていた」という言葉の真意。
ここから物語は、より根源的な領域へ踏み込んでいきます。
個人の恐怖から、世界構造そのものの歪みへ。
続く「火葬5」では、ついに“火葬師という存在の役割”が明らかになります。
よろしければ、引き続きお付き合いください。




