火葬3
…
火葬場が、燃えていた。
轟音はない。
悲鳴もない。
ただ、静かに。
異様なほど静かに炎が広がっていく。
「……なんだ……この火は……」
ダルスは床に膝をついていた。足首に絡みついた黒い影は消えていない。焼ける熱の中にいるはずなのに、影だけが凍てつく冷たさを保ち続けている。
柱が赤く染まり、壁が光を帯びる。
だが――
燃え崩れない。
木も石も、形を保ったまま炎に包まれている。
現実の火ではない。
職人としての直感がそう告げていた。
「あなたの火だから」
声。
振り向かずとも分かる。
あの少女だ。
炉の前。炎の中心。
まるで最初からそこに存在していたかのように、彼女は立っていた。
「……俺の火じゃない」
ダルスは歯を食いしばる。
「こんな火は知らん」
火には法則がある。温度、燃焼、酸素、時間。どれだけ超常を信じない者でも、火だけは裏切らない。
そのはずだった。
少女はゆっくりと首を振る。
「知ってる」
断定。
「ずっと使ってた」
ダルスの心臓が跳ねた。
「何を言っている」
少女の瞳が、炎の色と同じ赤に染まる。
「終わらせたこと……ないでしょう?」
その言葉が。
ダルスの内側を、深く抉った。
視界が揺れる。
炎の赤が滲み、歪み、別の光景へと変質していく。
――若い頃。
まだ火葬師見習いだった時代。
王都ではなく、辺境の小さな集落。
粗末な炉。未熟な技術。不安定な炎。
「違う……」
思い出すはずのない記憶。
封じ込めたはずの過去。
あの日。
運び込まれた一体の亡骸。
少女だった。
今、目の前にいる存在と――よく似た顔。
「やめろ……」
頭を抱えるダルス。
だが記憶は止まらない。
火を入れた瞬間。
炉内で起きた異常。
消えない違和感。
そして。
焼け残った。
「俺は……確かに……」
あの時の感触が蘇る。
灰にならなかった骨。
崩れなかった肉。
理解不能の現象。
恐怖。
そして――
「……閉じた……」
ダルスの声が掠れる。
「見なかったことにした……」
報告すれば何が起きたか分からない。
異端扱い。処罰。職を失う。
いや。
それ以上に。
理解したくなかった。
火葬師の世界が壊れるから。
少女の声が重なる。
「あなたは逃げた」
責める口調ではない。
ただ事実を述べるだけの声音。
「終われなかったものを……置き去りにして」
「違う……!」
ダルスが叫ぶ。
炎が呼応するように脈打つ。
「俺にどうしろと言うんだ!」
あれは異常だった。理外だった。個人の力でどうにかできるものではない。
少女は静かに微笑む。
「簡単だったのに」
一歩、近づく。
炎が彼女を避ける。
「もう一度、火をくべればよかった」
ダルスの呼吸が止まる。
「……は……?」
「あなたの火で」
少女の赤い瞳が、真っ直ぐにダルスを射抜く。
「最後まで焼いてくれればよかったのに」
その瞬間。
黒い影が爆発的に膨れ上がった。
床一面を覆い、壁を這い、天井へと広がる。
炎と影が混ざり合う。
赤と黒が絡み合う。
空間が軋む。
「終われなかったものはね」
少女の声が、火葬場全体から響く。
「消えないの」
影が、形を持ち始める。
人の輪郭。
歪んだ腕。
崩れた顔。
無数。
数えきれないほどの“何か”。
ダルスの全身から血の気が引く。
「まさか……」
「あなたの火は」
少女が囁く。
「ずっと……呼び続けていた」
炎が爆ぜる。
影が笑う。
そしてダルスは悟る。
自分の仕事。
自分の火。
自分の人生。
それらがすべて。
取り返しのつかない何かに繋がっていたという事実を。
…




