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火葬師ダルス   作者: マーたん


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3/6

火葬3

火葬場が、燃えていた。


 轟音はない。

 悲鳴もない。


 ただ、静かに。


 異様なほど静かに炎が広がっていく。


「……なんだ……この火は……」


 ダルスは床に膝をついていた。足首に絡みついた黒い影は消えていない。焼ける熱の中にいるはずなのに、影だけが凍てつく冷たさを保ち続けている。


 柱が赤く染まり、壁が光を帯びる。


 だが――


 燃え崩れない。


 木も石も、形を保ったまま炎に包まれている。


 現実の火ではない。


 職人としての直感がそう告げていた。


「あなたの火だから」


 声。


 振り向かずとも分かる。


 あの少女だ。


 炉の前。炎の中心。


 まるで最初からそこに存在していたかのように、彼女は立っていた。


「……俺の火じゃない」


 ダルスは歯を食いしばる。


「こんな火は知らん」


 火には法則がある。温度、燃焼、酸素、時間。どれだけ超常を信じない者でも、火だけは裏切らない。


 そのはずだった。


 少女はゆっくりと首を振る。


「知ってる」


 断定。


「ずっと使ってた」


 ダルスの心臓が跳ねた。


「何を言っている」


 少女の瞳が、炎の色と同じ赤に染まる。


「終わらせたこと……ないでしょう?」


 その言葉が。


 ダルスの内側を、深く抉った。


 視界が揺れる。


 炎の赤が滲み、歪み、別の光景へと変質していく。


 ――若い頃。


 まだ火葬師見習いだった時代。


 王都ではなく、辺境の小さな集落。


 粗末な炉。未熟な技術。不安定な炎。


「違う……」


 思い出すはずのない記憶。


 封じ込めたはずの過去。


 あの日。


 運び込まれた一体の亡骸。


 少女だった。


 今、目の前にいる存在と――よく似た顔。


「やめろ……」


 頭を抱えるダルス。


 だが記憶は止まらない。


 火を入れた瞬間。


 炉内で起きた異常。


 消えない違和感。


 そして。


 焼け残った。


「俺は……確かに……」


 あの時の感触が蘇る。


 灰にならなかった骨。


 崩れなかった肉。


 理解不能の現象。


 恐怖。


 そして――


「……閉じた……」


 ダルスの声が掠れる。


「見なかったことにした……」


 報告すれば何が起きたか分からない。


 異端扱い。処罰。職を失う。


 いや。


 それ以上に。


 理解したくなかった。


 火葬師の世界が壊れるから。


 少女の声が重なる。


「あなたは逃げた」


 責める口調ではない。


 ただ事実を述べるだけの声音。


「終われなかったものを……置き去りにして」


「違う……!」


 ダルスが叫ぶ。


 炎が呼応するように脈打つ。


「俺にどうしろと言うんだ!」


 あれは異常だった。理外だった。個人の力でどうにかできるものではない。


 少女は静かに微笑む。


「簡単だったのに」


 一歩、近づく。


 炎が彼女を避ける。


「もう一度、火をくべればよかった」


 ダルスの呼吸が止まる。


「……は……?」


「あなたの火で」


 少女の赤い瞳が、真っ直ぐにダルスを射抜く。


「最後まで焼いてくれればよかったのに」


 その瞬間。


 黒い影が爆発的に膨れ上がった。


 床一面を覆い、壁を這い、天井へと広がる。


 炎と影が混ざり合う。


 赤と黒が絡み合う。


 空間が軋む。


「終われなかったものはね」


 少女の声が、火葬場全体から響く。


「消えないの」


 影が、形を持ち始める。


 人の輪郭。


 歪んだ腕。


 崩れた顔。


 無数。


 数えきれないほどの“何か”。


 ダルスの全身から血の気が引く。


「まさか……」


「あなたの火は」


 少女が囁く。


「ずっと……呼び続けていた」


 炎が爆ぜる。


 影が笑う。


 そしてダルスは悟る。


 自分の仕事。

 自分の火。

 自分の人生。


 それらがすべて。


 取り返しのつかない何かに繋がっていたという事実を。

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