火葬2
灰は終わりの象徴であり、火葬師ダルスにとってそれは揺るがぬ真理だった。
だが、ひとりの少女がその理を踏み越える。
燃えない肉体。消える炎。蠢く影。
「終わり」を司るはずの場所で露わになるのは、常識の崩壊と禁忌の気配。
これは、火葬師が決して見てはならない光景へと踏み込んでいく第二幕。
静かに、そして確実に世界が歪み始める。
火葬師ダルス ― 火葬2
炎は、あり得ない形で揺れていた。
ダルスは後ずさった。熱風が顔を殴り、肺を焼く。それでも視線を逸らせなかった。炉の中――本来なら肉を崩し、骨を砕き、すべてを灰へと均す神聖な空間。
そこに、少女は立っていた。
燃えているのではない。
炎をまとっている。
衣のように。呼吸のように。
「……そんなはずがない」
火葬炉の温度は人間の存在を許さない。皮膚どころか、存在そのものが維持できるはずがない。ダルスの経験と常識が必死に否定を繰り返す。
だが現実は、冷酷だった。
少女は一歩、炉の奥から前へ出た。
火の中を歩く。
肉の焦げる音はしない。
匂いも変わらない。
ただ、視界だけが狂っていく。
「火葬師……」
少女の声は、奇妙な響きを帯びていた。幼い。かすれている。なのに耳ではなく、頭の奥で直接鳴るような感覚。
「どうして……開けたの……?」
責める調子ではない。
純粋な疑問の声音。
ダルスの喉が鳴る。
「……生きているのか」
絞り出した言葉は、自分でも驚くほど震えていた。
少女は首を傾げた。
「ちがう」
即答だった。
「もう……とっくに……」
そこで言葉が途切れる。
次の瞬間、炉内の炎が一斉に脈打った。
空気が震える。視界が歪む。ダルスの足元の石床にまで熱が這い出してくる。
少女の瞳が、異様な赤に染まった。
「終わったはずだったのに」
低い声。
先ほどまでのか細さは消えていた。
「あなたの火は……終わらせてくれなかった」
「……俺の火が?」
意味が分からない。
火葬は平等だ。誰であれ、炎は同じ結果を与える。そこに個人差など存在しない。
ダルスは炉の縁を掴んだ。熱で皮膚が焼ける。それでも確認せずにはいられなかった。
「お前は何者だ」
少女は微笑んだ。
その瞬間。
炎が消えた。
唐突に。完全に。
炉内を満たしていたはずの灼熱の光が、一瞬で消失する。あり得ない。火葬炉の炎は構造上、急停止などしない。
闇が落ちる。
だが。
少女だけが見えていた。
暗闇の中で、彼女の輪郭だけが淡く浮かび上がる。炎がない。なのに光がある。理屈が通らない。
「名前……」
少女が呟く。
「ダルス……」
呼ばれた瞬間、ダルスの背筋を氷の刃が走った。
「なぜ知っている」
「灰が……教えてくれた」
少女は炉の底を指差した。
そこには、本来あるべき灰が存在していない。
代わりに。
黒い染みのようなものが広がっていた。
液体でも固体でもない、不定形の「影」。それがゆっくりと蠢いている。
ダルスの理解が拒絶する。
「……何だ、それは」
少女の微笑みが深くなる。
「終われなかったもの」
影が、動いた。
炉の底から這い上がる。壁を伝う。生き物のように、意志を持つ粘性で。
そして。
ダルスの足首に触れた。
「――ッ!」
冷たい。
あり得ないほど冷たい。
火葬炉の中に存在するはずのない温度。
次の瞬間、激痛が走った。焼けるのではない。凍りつくような痛み。骨の内側を直接掴まれる感覚。
ダルスは振り払おうとする。
だが影は離れない。
むしろ。
食い込む。
「やめろ……!」
叫びが火葬場に響いた。
少女は静かにそれを見つめている。
同情も悪意もない目。
「あなたの火はね」
少女が囁く。
「終わらせる火じゃなかった」
影がさらに広がる。
床へ。壁へ。炉の外へ。
火葬場の闇が、濃くなる。
「はじまりの火だったの」
その言葉と同時に。
完全に消えていたはずの炎が、爆ぜた。
今度は炉の中ではない。
火葬場そのものが燃え上がった。
柱が。壁が。天井が。
赤い光に満たされる空間の中で、ダルスは理解する。
自分が今、触れてしまったのは。
焼いてはならないもの。
終わらせてはならないもの。
あるいは――
決して始めてはならなかった何か?
『火葬師ダルス ― 火葬2』を読んでくださり、ありがとうございます。
第一話では“異変の発生”を描きましたが、今回はより核心に近い違和感――
「火が終わらせない」という矛盾に踏み込みました。
火葬とは終焉の装置であるはずなのに、少女はそれを否定します。
ではダルスの火とは何なのか。
影の正体は何なのか。
そして“始まりの火”とは何を意味するのか。
物語はここから、世界観そのものに関わる領域へ進んでいきます。
続く「火葬3」では、火葬場の炎とダルスの過去が交差していきます。
よろしければ、引き続きお付き合いください。




