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火葬師ダルス   作者: マーたん


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2/6

火葬2

 灰は終わりの象徴であり、火葬師ダルスにとってそれは揺るがぬ真理だった。


 だが、ひとりの少女がその理を踏み越える。

 燃えない肉体。消える炎。蠢く影。


 「終わり」を司るはずの場所で露わになるのは、常識の崩壊と禁忌の気配。


 これは、火葬師が決して見てはならない光景へと踏み込んでいく第二幕。

 静かに、そして確実に世界が歪み始める。

火葬師ダルス ― 火葬2


 炎は、あり得ない形で揺れていた。


 ダルスは後ずさった。熱風が顔を殴り、肺を焼く。それでも視線を逸らせなかった。炉の中――本来なら肉を崩し、骨を砕き、すべてを灰へと均す神聖な空間。


 そこに、少女は立っていた。


 燃えているのではない。

 炎をまとっている。


 衣のように。呼吸のように。


「……そんなはずがない」


 火葬炉の温度は人間の存在を許さない。皮膚どころか、存在そのものが維持できるはずがない。ダルスの経験と常識が必死に否定を繰り返す。


 だが現実は、冷酷だった。


 少女は一歩、炉の奥から前へ出た。


 火の中を歩く。

 肉の焦げる音はしない。

 匂いも変わらない。


 ただ、視界だけが狂っていく。


「火葬師……」


 少女の声は、奇妙な響きを帯びていた。幼い。かすれている。なのに耳ではなく、頭の奥で直接鳴るような感覚。


「どうして……開けたの……?」


 責める調子ではない。

 純粋な疑問の声音。


 ダルスの喉が鳴る。


「……生きているのか」


 絞り出した言葉は、自分でも驚くほど震えていた。


 少女は首を傾げた。


「ちがう」


 即答だった。


「もう……とっくに……」


 そこで言葉が途切れる。


 次の瞬間、炉内の炎が一斉に脈打った。


 空気が震える。視界が歪む。ダルスの足元の石床にまで熱が這い出してくる。


 少女の瞳が、異様な赤に染まった。


「終わったはずだったのに」


 低い声。


 先ほどまでのか細さは消えていた。


「あなたの火は……終わらせてくれなかった」


「……俺の火が?」


 意味が分からない。


 火葬は平等だ。誰であれ、炎は同じ結果を与える。そこに個人差など存在しない。


 ダルスは炉の縁を掴んだ。熱で皮膚が焼ける。それでも確認せずにはいられなかった。


「お前は何者だ」


 少女は微笑んだ。


 その瞬間。


 炎が消えた。


 唐突に。完全に。


 炉内を満たしていたはずの灼熱の光が、一瞬で消失する。あり得ない。火葬炉の炎は構造上、急停止などしない。


 闇が落ちる。


 だが。


 少女だけが見えていた。


 暗闇の中で、彼女の輪郭だけが淡く浮かび上がる。炎がない。なのに光がある。理屈が通らない。


「名前……」


 少女が呟く。


「ダルス……」


 呼ばれた瞬間、ダルスの背筋を氷の刃が走った。


「なぜ知っている」


「灰が……教えてくれた」


 少女は炉の底を指差した。


 そこには、本来あるべき灰が存在していない。


 代わりに。


 黒い染みのようなものが広がっていた。


 液体でも固体でもない、不定形の「影」。それがゆっくりと蠢いている。


 ダルスの理解が拒絶する。


「……何だ、それは」


 少女の微笑みが深くなる。


「終われなかったもの」


 影が、動いた。


 炉の底から這い上がる。壁を伝う。生き物のように、意志を持つ粘性で。


 そして。


 ダルスの足首に触れた。


「――ッ!」


 冷たい。


 あり得ないほど冷たい。


 火葬炉の中に存在するはずのない温度。


 次の瞬間、激痛が走った。焼けるのではない。凍りつくような痛み。骨の内側を直接掴まれる感覚。


 ダルスは振り払おうとする。


 だが影は離れない。


 むしろ。


 食い込む。


「やめろ……!」


 叫びが火葬場に響いた。


 少女は静かにそれを見つめている。


 同情も悪意もない目。


「あなたの火はね」


 少女が囁く。


「終わらせる火じゃなかった」


 影がさらに広がる。


 床へ。壁へ。炉の外へ。


 火葬場の闇が、濃くなる。


「はじまりの火だったの」


 その言葉と同時に。


 完全に消えていたはずの炎が、爆ぜた。


 今度は炉の中ではない。


 火葬場そのものが燃え上がった。


 柱が。壁が。天井が。


 赤い光に満たされる空間の中で、ダルスは理解する。


 自分が今、触れてしまったのは。


 焼いてはならないもの。

 終わらせてはならないもの。


 あるいは――


 決して始めてはならなかった何か?

 『火葬師ダルス ― 火葬2』を読んでくださり、ありがとうございます。


 第一話では“異変の発生”を描きましたが、今回はより核心に近い違和感――

 「火が終わらせない」という矛盾に踏み込みました。


 火葬とは終焉の装置であるはずなのに、少女はそれを否定します。

 ではダルスの火とは何なのか。

 影の正体は何なのか。

 そして“始まりの火”とは何を意味するのか。


 物語はここから、世界観そのものに関わる領域へ進んでいきます。


 続く「火葬3」では、火葬場の炎とダルスの過去が交差していきます。

 よろしければ、引き続きお付き合いください。

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