走馬灯
「大きな脅威が訪れた時、
力を持たない我々は選択を迫られる。
上に逃げるか、下に逃げるかだ。
高い所に登ってやり過ごすか、穴を掘って身を潜めるか。
そのどちらかだ。我々には、力がないのだから」
* * * * *
もっと他に選択肢はなかったのか。
項垂れる俺を責めるように、茜空が眩しく照らす。
始まってみれば、なんともあっけないものだった。
でこぼこに荒らされた悲惨な地面。
舞い上がる土埃。
いつも見ていた景色が、まるでもう、違ってしまっていた。
畑は無事かと、なんとなく辺りを見回すけれども、どうせそれも馬鹿な期待に思えてならなかった。
真後ろで爆発が起きて、俺の身体は紙屑のように吹き飛ばされる。
そして地面に叩きつけられる。
そんな中で、かろうじて刀はまだ握っているが、あいにくそれを振り上げる腕の力は残っていない。
もっと他に選択肢はあったはずだ。
おそらくこれは『たられば』というやつで、既に負けた奴がする思考だ。そんなことは分かっている。
でも考えずにはいられなかった。
頭領さえ生きていれば……。
勘弥の馬鹿が無茶をしなければ……。
ああ違う違う。全部俺に力がないからだ。
口の中に溜まった土を吐いて、上半身だけ身を起こす。
武器と呼べそうなものはもう、目ぐらいしか残っていなかった。
絶望の中で、戦う意志だけは捨てちゃならないと、敵を睨む目。それだけしかもう、残っていなかった。
そして、こんな惨めな戦いを続けなければならない事が無念で仕方がなかった。
もっと他に選択肢はあった。
どうして俺は今ここにいるんだろう?
「敵を焚きつけるだけ焚き付けて、実戦になったらどっかに隠れる卑怯な鼠」
そんな風に呼ばれていた俺なら……せめてこうなる前に逃げるとか……
頭を強く振った。
逃げちゃダメだよな。逃げちゃったら……沙耶香姉さんが……
しかし、四肢は満足にもう動かない。逃げる脚も既にない。
虚に、茜空を睨むだけだ。
……コツンと、頭の後に何かを押し付けられた。
感触からして鉄でできた何かだ。
ああ、終わっちまうんだな。
ここまで必死に抗ってきたけれど、イザ始まったらこんなにあっけなく終わっちまうんだ。
すんません。沙耶香姉さん……
……にしても、他に選択肢はあったのになあ……
どうしてこうなっちまったんだっけ?
俺はついに、最後の武器だった目も、そっと閉じた……。
そろそろ走馬灯が始まる頃だなあ。
サテ……何処から思い出したものか……。
* * * * *
ペタペタと、数人分の足音。雪駄で土を踏み締める足音が、薄暗い闇を走っている。
土の床に土の壁に土の天井。頼りになるのは松明の明かりだけだ。
「おいトシ。寿郎」
俺はそんな景色やこんな状況に慣れっこだから、暗い中を走りながら仲間に声をかけるなんておてのものだ。
「寿郎!」
「は、は、な、なんだい? 竜兵ちゃん」
ただ、俺の後ろを走っている寿郎はそうはいかない。この状況に慣れていないからだ。
「トシ。夜目は利くか?」
「……お嫁さんかい?」
「ちげえよ! よ、め! 暗いとこ大丈夫かって聞いてんだ!」
「あー…… ハァ……ハァ……ちょっとー……自信ねえなあ……ごめんよお」
『ごめんよ』がトシの口癖だ。こいつ……もう息切らせてやがる。まだ地上に上がってすらいねえってのに。
「本気かい!? 何年モグラやってんだよ!」
「ハァ……ハァ……そ、そうはいうけどさあ……俺、飛ぶとか走るとか、俊敏な動きは……ハァ、どうも苦手で」
そらそうだ。こいつが走るたびに無駄にでかい図体が「たぷん、たぷん」と揺れる。
……一体何を食ってたらそんな育てられるんだその腹は。
土まみれで汚くってガリッガリ。俺たち貧しいモグラはそういう生き物なのに、こいつはとんだ変異種だ。
モグラと呼ぶには立派がすぎる体格のくせにどん臭え。
少なくとも俺に物心がついた時から全く変わってねえ気がする。
「言っとくけど、泣いてもやめねえからな!? それに遅れたら置いていくからな!? もう勘弥達は外出てるぞ!?」
ようやく地上へと続く『階段』が見えてきた。勘弥は既に地上にいるんだろう。
「そんじゃ走りながら確認な。今から俺たちがやること」
「は……ハァ……は……走りながらかい!? ちょっと止まらない!?」
「ソレが出来たらやってんだ! 時間がねえから走りながらなんだ! ヤだろ!? 勘弥に木偶だのなんだの言われるのは」
「ハァ……ハァ……ヤダけどさ……」
トシは俺と同い年だが、持病があるだかなんだかで、今までこの『夜回り』の仕事は免除されていた。
だけれども一昨年から『お上』への年貢が吊り上がり、じゃあ畑の面積も増やさないとということで今度は人手が足りなくなったのだ。
俺たちは夜起きて働いて、朝寝る。そして寝る時は暗い暗い穴の中だ。
お天道様とは縁がない。それがモグラの生き方だ。
なのにトシは色は白すぎるし、図体はでかいし、汗っかきで体力もないし……
さっきも言った通り、俺が知りうる限りでけえ図体のまま全く成長しないもんで、
正直『浮いて』いた。そのために若頭筆頭候補の勘弥を中心とした気性の荒い連中からの当たりが厳しい。
……実は『お上』側にいた人間なんじゃないかという噂すらたってるほどだ。
だけども俺はそんなトシが、なんでだか見捨てられなかった。
「いいかー? 俺らが見回るのは地上から出てすぐの八号から十二号の畑だ。外も真っ暗だからなー? ……コケるなよ?」
「う……うん」
「そんでー、『妖』がいたら、腰にぶら下げてるそれでぶった斬る!
ここからが重要だから覚えとけよー?
『二つ足の妖』は別に怖くねえ。強気で行けば向こうから逃げてくだろう。
怖いのは『四つ足』の妖だ。それも二種類いてな。
口に牙がついてる奴と、立ち上がったら、胸元に三日月の模様がついてる奴は一人でどうこうしようとすんなよ!」
「ハァ……ハァ……う、うん」
「あと黒くて飛ぶ妖は、石でも投げて追っ払え。それからー……」
「まだあるのかい!?」
「覚えることは沢山あるんだよ! 俺もこんな説明だけで覚えてもらおうなんて思っちゃいねえや。
体で覚えろ体で。いいか? これが一番重要な。
明るくなってきたら俺たちは外じゃ生きられねえ! どっからか有毒な霧が出て帰れなくなっちまう。だから時間がねえんだよ。
それから、妖の『フン』を見かけたら報告するように。さ、もうじき地上だぜ」
* * * * *
俺たちは巣穴から這い出て、『八号』の畑に向かって走った。
木の柵を伝って走っていけば八号畑だ。
特に荒らされている様子もない。
トシの野郎はだいぶ後ろに置いてきちまったから、どうやら俺一人で見回りをしないといけないようだ。
松明で足元を照らしながら、俺は柵の周囲を人間じゃない足跡が紛れていないか、注意深く探しながら歩いた。
異常を見つけたのは十号の畑だ。明らかに『俺らの』じゃない足跡が畑に向かって伸びている。
かといって、俺が知ってる『妖』の物とは違っていた。
俺がその足跡を睨んでいると……
「竜兵ちゃん! 後ろ!!」
遠くからトシの声が聞こえた。俺は振り向きざまに刀を抜いて、右足を引き、胴を払った。
トシの声が聞こえなかったら危なかったかもしれない。
ツノ付きの四つ足。妖が俺の背中めがけて突進してきていた。
ジタバタとだらしない足音と息切れの声を響かせてトシがやってくる。
「だ、ダイジョブかい竜兵ちゃん」
「おう……ありがとな。貸し、作っちまったなトシ」
「へ……へへへ……」
俺は切り伏せた妖を見下ろす。偶然刀が首に沿って疾ったので即死だった。
俺は刀の血と油を、着ているボロで拭った。
「今日は妖が食えるぞ。お前のお手柄だな。トシ」
「お……オレじゃないよ。竜兵ちゃんが強いからだよ……」
「それよりトシ。見てみろ。これ。どう思う?」
俺は、松明でさっきまでみていた足跡を照らした。
「え……わ……これも……妖の足跡かい……?」
「違うよな。俺は違うと思う」
「じゃあ……人間?」
俺は履いている雪駄を足跡に重ねてみた。
「……多分な。盗人が出たんだろうな」
「え、で、でも、いつ? 昼間は、人間は地上に出られないんだろう?」
「サア俺に分かるかよ」
俺は仕留めた妖の血を抜いて、肩に背負った。
肉が食えると分かったら、勘弥に笑われなくて済むかもしれない。
俺とトシが十二号までの畑を一周する頃には、時間切れが迫っていた。
俺達モグラは、太陽が登ったら外に居られない。
毒の霧で死んじまうのが一つの理由だが、昼間は俺が知ってる妖よりもデカくて、凶暴なのが出るかららしい。
それは、昔地上で大暴れした妖で、どうやっても人間じゃあ敵わないのだそうだ。
「やべえ。帰るぞ。トシ」
俺が声をかけると、トシは少しだけ遠くに見える『ソレ』を、じっとみていた。
「気になるかい。アレが」
「うん。……実際見るのは初めてだからさあ」
暗がりでも、それははっきり見えた。なぜなら自ら光を放っているからだ。
それは巨大な『塔』
空を貫いてるんじゃないかと感ずるほど高い高い塔だ。
赤や、緑や、青い光がそこかしこかで点滅している。
『お上』達は、あそこで暮らしている。
聞いた話では、食い物に困らない生活がそこにはあるらしいけれど、じゃあなんで俺らから食い物を巻き上げるのか。
俺には全然理解ができない。
その昔、馬鹿でかい妖が地上で暴れ回った。
それまで人間は地上で生きていたのだそうだけれども、妖にどうしても勝てなかった。
妖が怖くなって偉いやつは上へ。貧しい奴らは下へ逃げた。
そして上下に分断された暮らしがもう、四十年と続いているのだそうだ。




