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転生先が分からないようです

 ……ふわりと、甘い花の香りがした。

 目を開けた瞬間、視界いっぱいに広がるのは、金糸の刺繍がほどこされた天蓋カーテン。

 豪華なベッド。絹のシーツ。銀のティーセット。

 どう見ても、乙女ゲームか転生令嬢モノの背景である。


 「……え、ちょっと待って。どの作品?」


 寝起きの脳が高速回転する。いや、これは夢じゃない。指先が細い。肌も透けるように白い。

 鏡を見たわけじゃないのに、これは確実に“令嬢体質”のやつ。

 そして天井のシャンデリア、光の粒の舞い方が完全にファンタジー仕様。


 ――そう、これは転生。

 たぶん、私、転生してる。


 「よし、落ち着け。今までの経験上、こういう時はまず名前を確認するのが定石」


 そう独りごちたその時、扉の向こうからノックの音がした。


 「お嬢様。お目覚めでいらっしゃいますか?」


 来た、侍女ポジション。

 声の柔らかさ、完璧。プロのメイド声。


 「え、ええと……はい?」


 返事をすると、扉が開き、一人の女性が丁寧に頭を下げた。

 淡い灰色の瞳が、どこか探るようにこちらを見つめている。


 「お身体の具合はいかがですか? ミュリエルお嬢様」


 ……ミュリエル?


 聞いたこと、ない。

 どの乙女ゲームにも、どの悪役令嬢ルートにも、そんな名前は出てこなかった。

 私の脳内データベース(通称・乙女図鑑)を総検索しても、ヒットなし。


 「ミュリエル……誰?」

 つい口に出してしまう。

 侍女が目を丸くする。


 「お嬢様、やはりまだ……記憶が……」


 「えっ、記憶喪失テンプレ!? 出た! 定番のアレ!?」

 思わず叫んだ私に、侍女がさらに混乱する。

 いやごめん、あなたの方が正しい反応なんだけど!


 ――そのとき。


 「……ミュリエル」


 静かに、しかし確かに胸を打つ声がした。

 扉の外に立っていたのは、一人の青年。


 光を受けてきらめく銀髪。

 穏やかなのにどこか切なげな青い瞳。

 貴族風の黒い軍服に、繊細な刺繍が走っている。


 思わず息を呑んだ。

 攻略対象以外に存在しないレベルの整った顔面だ。


 彼はゆっくりとこちらに歩み寄り、震える声で言った。


 「……よかった。本当に、目を覚ましてくれて」


 その表情は、安堵に満ちていた。

 目尻がかすかに潤んでいる。

 泣きそう……いや、これ完全に泣きそう!


 「えっと……あの……?」


 問いかける間もなく、彼はさらに一歩近づき、

 指先が震えながら私の頬に触れた。


 「君がいないと……僕は、どうすればよかったんだ」


 ……え? え、えええ!?


 初対面でそんなセリフ!? スチル発生のタイミング早くない!?

 私の頭の中で乙女ゲーム的警報が鳴り響く。

 誰この人。どのルート? てか私、記憶喪失らしいんですけど!?


 彼の目が、まっすぐに私を見ていた。

 その瞳に、わけもなく胸が締めつけられる。


 ――知らないはずなのに。

 ――どうして、こんなに懐かしい?


 「殿下、あまりお嬢様を刺激なさらぬよう……」

 侍女が控えめに声をかける。

 殿下? え、殿下ってつまり王子様?

 王太子ルート!? まさか序盤から王族スタート!?


 頭が追いつかない。

 そんな私に、彼は優しく笑って言った。


 「いいんだ、今は何も思い出さなくて。

  ただ、生きていてくれれば……それでいい」


 その笑顔があまりに綺麗で、何も言えなくなる。


 ――わからない。

 この世界の設定も、彼の正体も、私が誰なのかも。

 でも。


 > 「……変だな。

 >  知らないはずの人なのに、

 >  私、あなたの笑い方を知ってる気がする」


 窓の外、朝陽が差し込む。

 光の粒が宙を舞い、彼の銀髪を照らした。


 まるで夢の続きのように、美しくて――

 少しだけ、怖かった。


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