9、新しい家臣
「父上、勝ち戦おめでとうございまする」
嫡男の虎松丸らは勝幡城前で父・信秀を出迎えた。信秀は次男・千代丸の姿を確認する。千代丸は笑みを深くし、父を見ていた。
(相も変わらず気味の悪い男子よな。俺の子とも思えぬ……)
信秀はそう思ったが、口には出さない。
「虎松丸、千代丸、そなたら留守を預かり大儀である! 松平何するものぞ! フハハハ!」
虎松丸、当年五歳。温厚なおっとりした幼児だが、父の跡を継ごうという野心に溢れている。千代丸は張り切る兄を冷ややかに見ていた。
(兄上も哀れなもんだ……父上の寵愛は花姫に移った。花姫は信長の母だろうからな。信長こそが嫡男になろう……ま、せいぜい今のうちに夢でも見ておくことだ)
信秀は若く美しい花姫に夢中になっている。アイドルのような花姫は気も強く、男好きもするモデル並みのプロポーションを持つ。
信秀はますます花姫に魅かれている。信長が生まれれば織田家は安泰になるだろう。千代丸はほっと息を吐く。夜は酒宴が行われ、信秀は姫や子たちと楽しい一時を過ごすのだった。
そんな中、夜に一人ふらふらと廊下に出歩く童子の姿があった。
織田千代丸である。一人の男が千代丸の側に来る。
「岡田助右衛門重頼と申す。千代丸殿、如何なる仕儀でござろうか」
尾張星崎城主の助右衛門重頼は豪傑として知られる。毛むくじゃらの大男と童子の組み合わせはアンバランスだった。
「扶持を与えるので家臣になって欲しい。家臣になるならそなたと津島の商人とも仲を取り持とう」
「……何故それがしを」
「そなたは織田家では名うての豪傑ではないか。ハハハ。岡田助右衛門よ、このままでは織田家は滅ぶ。松平は星崎にまで攻め込むぞ。そこでそなたが降伏したとて、首を刎ねられたとすれば何とする」
「……」
助右衛門は無言だった。松平は調略をしてくる。助右衛門の気持ちはぐらついていた。
「松平次郎三郎、余程の女好きと見える。妻が、娘が奴の餌食になって良いのか。奴は甘言を弄するが、父上と比べてみろ。どちらが勝つのだ。助右衛門よ」
「それは弾正忠様に他ならず」
好景気の恩恵に浴するのは岡田領も同じことだ。岡田助右衛門は好景気の織田と不景気の松平を天秤にかける。そしてジィッと千代丸を見るのだった。
「ならば話は早い。助右衛門、その方、屋敷に出仕せよ。俺と共に生き残ろうではないか」
助右衛門は小さく頷く。尾張源氏の名門・岡田家はこうして千代丸の家臣となった。そしてすぐに筆頭家老に任じられたのである。千代丸の家臣団は人材を揃えつつあった。




