8、岩崎城降伏
千代丸は自分の屋敷で津島の商人たちの来訪を受けていた。
「船作りは殊の外、うまくいっておりまする」
祖父江五郎三郎が報告する。背の高い男で軍勢も率いる国人衆で商人でもある。津島商人たちは堺や和泉にまで手を広げ、交易を拡大していた。それもこれも千代丸に交易するように薦めらたからであった。
「これで積み荷をたくさん載せられるな」
「はい……我ら一門衆、千代丸様には足を向けて寝られませぬ」
五郎三郎は笑う。千代丸も笑った。津島商人を儲けさせ、そこに千代丸の家臣団も加わって利益を得る。持ちつ持たれつの関係だ。
勝幡城の街道は整備され、道も広くなり、宿も増えた。
「五郎三郎よ、そなた娘がいたな?」
「はっ、上の娘は十三になりまする」
「孫三郎様との縁談はどうじゃ? 孫三郎様には俺から話しておこう」
五郎三郎は息を飲んだ。
「これは……願ってもないお話でございます。この縁談お受けいたします」
五郎三郎は平伏する。織田孫三郎信光と言えば、岩崎城の戦いで名を馳せた勇士。これから出世間違いなしの若武者だ。津島商人の欲は深い。千代丸は五郎三郎の野心を正しく見抜いていた。
「おお、受けてくれるか。めだたきことよな。孫三郎様もきっと喜ばれるだろう」
場には笑いが起きる。三歳の童子が婚姻政策を進める異様さに誰も違和感を感じていない。津島の商人たちは千代丸の才に舌を巻き、上手に取り込まれていた。
五月に入ると千代丸の所に急報が齎された。忍びの棟梁・瀬田孫十郎が自ら報告する。
「岩崎城は降伏し、丹羽一族は悉く降りました」
千代丸は動じることなく、ぬるい茶をズズと啜った。
「それで岩崎城は誰の物になったか」
「織田孫三郎信光様に与えられました。これからは松平との戦いは孫三郎様が行うことになるかと」
千代丸は目を細める。
「与次郎の叔父上ではなかったか。フフフ。津島の商人の娘との縁談を孫三郎様に伝えねばな」
千代丸は笑みを深くする。
「はっ」
「岩崎を失った松平は頼りなしと国人衆には思われるだろう。織田弾正忠についた方が得だとつけと唆せ」
「はっ、仕掛けまする」
孫十郎は嬉しそうにする。劣勢だった織田が勢いを取り戻した。このまま織田家滅亡を迎えずに済む。ほっと孫十郎は肩の力を抜かす。
「孫三郎様は松平と戦うことになる……厳しい戦いになるであろう。五郎左衛門に助けるように使いを出そう。松平は岩崎を諦めるとも思えぬ」
千代丸は精悍な顔つきの男を思い浮かべた平手五郎左衛門政秀、頼りになる中年の武将である。岩崎城に五郎左衛門を入れれば、孫三郎をうまく補佐してくれるだろう。うまくいけば松平の力を削ぐこともできるはずだ。千代丸はそう思った。




