7、尾張の若武者
千代丸は勝幡の城下町を歩く。父である信秀には岩崎城攻略の献策をした千代丸は自ら内政の主導していた。津島商人との連携を密にし、米、酒、味噌、塩などを安く手に入れている。
「若。勝幡も豊かになりましたな」
近習の水野磯七家長が言う。当年、四十歳。千代丸の傅役であった。慎重で内政には長けている。磯七は感嘆の声を漏らす。
千代丸は笑みを浮かべた。敵は松平次郎三郎清康である。この男が脅威だ。松平次郎三郎は松平本家に圧力をかけ、岡崎城を奪っている。下剋上を絵に描いたような男だ。
清康を追い詰めるために今川・小笠原に呼びかけている。小笠原は自領に攻め込む構えの松平を許さない。きっと南に兵を出すだろう。小笠原軍は精強だ。
清康は窮地に陥る。千代丸はそう見ていた。
「松平次郎三郎……尾張から手を引いてもらうぞ」
岩崎城を織田家のモノにする。千代丸は固く心に決めていた。
「何、清洲勢が蹴散らされたと……不甲斐なや」
伝令の報告に織田孫三郎信光は床几を立つ。織田の先陣を受け持つこの十七歳の若武者は会心の笑みを浮かべた。岩崎城の軍勢が打って出て、竹の山に布陣する清洲勢に襲いかかった。不意を突かれた清洲勢は本隊を守って後退したのだ。岩崎城の軍勢は竹の山にいる。好機と言えば好機だった。
俺が武功を上げるにはもってこいだ。織田信光ここにありと示せる。信光は笑い声を上げるのを抑えた。。
「皆の者、突撃じゃっ。槍衾をお見舞いしてやれっ」
信光の軍配で兵たちは鬨の声を上げた。林、平手、佐久間、柴田、武藤の軍勢が信光軍に続く。その数七千あまり……それに対して岩崎城の部隊は五百足らず。
弓矢の雨が降り、岩崎城の部隊は城内に撤退していった。
夕刻、織田孫三郎信光は兄の本陣を訪れる。
「ようやった。孫三郎、そなたは比類なき働きであった。大和守様もそなたのおかげで助かったと仰せよ」
兄・信秀は孫三郎信光を労う。
孫三郎信光は頭を下げ、重臣たちは口々に孫三郎の働きを褒めるのだった。
(ククク……千代丸との模擬戦が役に立ったか。あ奴に鍛えられたわ。甥ながら恐ろしい奴よ。しかし、この俺も武功を上げ、尾張に孫三郎信光ありと示せた。フフフ、いずれ兄上から城をもらえるやもしれぬな)
孫三郎信光はニヤリと笑みを浮かべる。この野心ある若武者は織田家中でメキメキと頭角を現していくことになる。
それは千代丸の狙い通りでもあった。




