5、忍び衆仕官
享禄五年正月、俺は年賀の挨拶もそこそこにその場を立ち去った。
戦の回避により、織田領は空前の好景気を迎え、桑名からも人が押し寄せていた。いい観光地になりつつある。
松平清康は悔しがっているだろうな。せっかく信秀を討つチャンスだったのに。
俺が屋敷に帰ると、忍び衆が出迎えた。津島の忍びで俺の働きに感銘を受けて仕官してきた者たちだ。
「若、よくぞ御無事で」
「父上の城ぞ。何の危ないことあらん」
坊主頭が顔を上げる。瀬田孫十郎、忍びの棟梁だ。年齢は三十くらい。精悍な顔つきをしている。
「戦は避け、山に住んでおりましたが、やはり若を助けたく」
「元々は守護の家人と聞く」
「はい。されど、守護に力なく、さりとて織田大和守、疑心強き御仁。これ大将に仰ぐは滅亡必定と心得まして」
それで俺に仕官したというわけだ。陰ながら俺を守ってくれる。役に立つ者らよ。
「孫十郎、そのほうらの働き、しかと見ておる。三河に目を光らせよ」
「御意」
孫十郎が頭を下げた。これで忍び衆を手に入れた。忍びも強化されるというものだ。織田大和守も年だ。これからは父上の時代になるだろう。
織田弾正忠信秀は平手五郎左衛門政秀を呼び出していた。他には誰もいない。五郎左衛門は悠々(ゆうゆう)と信秀の前に座る。
「花がの、可愛くてならんのだ」
花というのは信秀の側室の一人だ。綺麗な美少女と評判の娘だった。
「お召しになったのはその話で?」
五郎左衛門はギロリと主君を見る。五郎左衛門にしてみれば、息子程の小僧っ子である。それに織田と平手は同格という意識が強かった。
「花は子を産むと思う。あのような美女が子を産むのだ。うーむ、嫡男としてやりたいわ」
「御嫡男は虎松丸様でしょう。斯波の血を引いている」
五郎左衛門が鼻を鳴らす。既に信秀には虎松丸という優秀な長男が存在する。
「虎松丸も千代丸も大事な子だ。されどな、俺としては花の産んだ子に継がせたい。あの二人には領地を与える。織田家当主として振る舞ってもらう。だが、あくまで勝幡城の主は花の子よ」
沈黙が流れた。五郎左衛門がジッと信秀を見る。
「よもや殿は千代丸様を恐れておいでですか」
「……そうだ。あの童は……怖い。俺の子ではないようだ」
信秀はがっくりと肩を降ろす。
「何を弱気な! 殿らしくもない!」
五郎左衛門の大声に信秀は顔を上げる。
「しかし、な。家中の者らも訝しんでおる。あまりにも利口すぎる、と。五郎左衛門もそう思わぬか」
「思いませぬな。あれではまだまだ……童に過ぎますまい。我らの力がいると思いまする。あれを大器にする。フフフ。これ程、面白いこともない。これぞ、この世に生を受けた者の楽しみというものでしょう」
「五郎左衛門、そなた……」
「殿、千代丸を盛り立てるのじゃ。話はそれからよ」
信秀が小さく頷く。五郎左衛門は目を細め、ニヤリと笑みを浮かべた。




