47、旧主
大高城に庭に作られた武芸大会場に家臣たちは参加した。梶川家、水野家、岡田家といった家臣たちがこぞって参加する。槍の試合はけが人が出そうになる程の白熱した戦いになった。
千代丸は特等席でそれを見ていた。隣には孫十郎がしっかりとついて睨みを利かす。
「どうも三河者もいるようです。ただ安心して下され。我らの手の者が若君の周りに」
瀬田孫十郎が小声で話す。
この武芸大会は商人や町人も見ることが許されている。そこに忍びが潜り込んでくるのは想定されたことだった。
千代丸は孫十郎の言葉に動揺することなく、子供らしい笑みを浮かべる。
「松平十郎三郎康孝が騒いだようだな。清康は腑抜けになったと。フフフ。水野が降ったことで奴らも今まで通りにいくまいて」
水野と言う緩衝地帯の大名が抜けた今、千代丸の領地と松平の領地は接する。といっても、松平が勢力を誇っていることに違いない。
「そのようでございますな。若から命じられた通り、松平右京亮親盛に調略致しました。右京亮は弱い清康に見切りを付けようとしています。若に与した方が利ありと見ているようです」
「フフフ。こっちには津島があるからな。蟹江、長島、桑名の商人たちも味方よ。松平よりも富があるのは我らだ」
千代丸は笑みを浮かべる。その笑みはとても子供の愛らしい笑みとは言えない形相だった。見慣れている孫十郎ですら息を飲む。
「右京亮には揺さぶりをかけよ。三河者は銭に目がない。そこを狙ってやればこちらに転ぶ」
「御意」
千代丸は武芸大会に目をやる。家臣の結束を強め、経済の振興を目的としたデモンストレーションだった。武将は戦だけではない。こういうイベントプロデューサーとしての能力も問われる。千代丸はふっと息をつく。これでも己の脳を極限まで使って導き出した答えだ。気が抜けない。相手は松平清康だ。水野ですら手こずったのにもっと手強い相手だった。これまで通りでは勝てない。
策だ。策を弄するしかない。口に出さずに千代丸は繰り返し、己に言い聞かせるのだった。
梶川平九郎高政は腕を組みながら武芸大会を見ていた。家老の身分である平九郎は出場しない。あくまで家臣たちに任せてある。
「平九郎よ、そなた、立派になったの」
背後から声をかけられる。旧主・水野下野守忠政だった。
「殿……いや、下野守殿と呼べばよいのですか。何だかこそばゆいですぞ」
二人は笑い合う。元水野家臣の梶川平九郎は千代丸の配下となってその武名を轟かせている。下野守は何度も頷きながら、平九郎に笑みを見せる。
「そなたのことは憎かった。なぜ裏切るのだとな。俺のどこが不満なのだと。いや、見違えたわ。そなたは生き生きとして水を得た魚のようじゃわい。千代丸に、若君に会って良かったの」
「……そうかもしれませぬ。これで良かったのだ。そう思えます。あのまま水野家にいたら、ぶつぶつと文句を言う毎日だったのでしょう。下野守殿には悪いがこれがそれがしの生きる道にござる」
「ふむ。いい目よ。そなたはここで終わる男ではない。共に若君を支えようぞ!」
「はい。殿」
二人は笑い合う。そして共に千代丸の方を見た。そこには真剣な顔をして試合に見入る一人の童がいた。




