46、享禄五年二月の評定
三河国岡崎城。松平清康はドタドタと駆け込んでくる家臣たちの足音に顔を上げた。
「何事じゃ……」
刀を研いでいた清康はジッと家臣たちを見る。
「兄者、何を呑気な。千代丸の大軍が水野を降したぞ。次は安祥に攻め込むに相違なし」
清康の弟・十郎三郎康孝が険しい顔をして言う。家臣たちも何人かが頷いた。
「今村城に兵千を置いてある。千代丸とて兵を動かすことはあるまい」
「甘いわ。兄上、それだから千代丸に遅れを取るのだ」
十郎三郎は唾を飛ばしながら、兄・清康に迫る。清康は弟の剣幕に驚き、立ち上がった。
「その言い方は何じゃ。俺は当主だぞ。控えよ、十郎三郎」
「むう、すまなかったな。兄上。ただな、千代丸は今までの者とは違う……水野の武将も一人も殺さなかったと言うではないか。慈悲と忍耐よな。うーむ、我ら兄弟、この者に果たして勝てるのか」
十郎三郎の言葉にふっと息を吐いたのは清康だった。
「負けることは考えぬ。最後は策だ。策あるのみよ……」
清康は絞り出すように腹の底から声を出す。大大名の清康は追い詰められていた。それ程、水野家の降伏は松平家に衝撃を与えたのである。
松平家が大騒ぎになっている最中、当の千代丸と言えば、岡田助右衛門らを呼んでいつもの評定を開いていた。
ずらりと家老衆が並ぶ中、新顔もいる。
「それがしがここにいてもいいのでしょうか……」
困ったように眉を上げたり下げたりしているのは水野下野守忠政であった。他にも水野重臣が顔を揃えている。
「なに、そなたは家老である。下野守よ、千代丸の家中はな。新参も譜代も問わぬ。良いのだ。どんどん申せ。そなたの知恵を借りたい」
千代丸がにこやかに語りかける。下野守は目を見開く。
「何という……千代丸様、若君はこれ程の御方とはな。ハハハ。何という相手と戦っていたのだ……」
下野守が笑い声を上げる。家老たちはニヤニヤしながら下野守を見る。千代丸の家老たちは千代丸の気性をよく知っている。激しいかと思えば穏やかとなり、愛らしい童子の笑みも見せる。下野守たちもさぞかし驚くだろう。笑うしかないのだ。家老たちはそう思い、笑みを浮かべる。
「むう、そんなにおかしいことを言ったか。家老だけではない。侍大将でも良いぞ。足軽でも良い。俺はいろんな者の策を聞きたいのだ。さて……」
千代丸は皆を見回す。
「まずは武芸大会でも開こうかの。腕自慢のぶつかり合いよ」
千代丸の言葉に賛同の声が上がる。水野下野守たちも深く頷いていた……。




