40、調練(ちょうれん)の賜物(たまもの)
大高城の大広間は静寂に包まれていた。千代丸は目を細め、駒を動かす。
「若……」
孫十郎が目を見開くと声をかける。
「正光寺砦の兵を動かす。近藤九十郎に伝令を送れ」
「御意」
孫十郎は音もなくその場を去る。千代丸はお盆に載っている饅頭を手に取る。向山砦、氷上山砦には下知しない。期待するのは正光寺砦の近藤九十郎景春、勇猛果敢で槍の達人ときている。
千代丸はお盆に饅頭を戻す。そして目を閉じた。家臣に武功を立てさせる。それも主君の務めだと思うのだ。
「これで神谷勢も怯むに違いなし」
千代丸はカッと目を見開くと誰ともなしに呟いた。
ワァ―――――――ッ。正光寺砦より討って出るのは近藤九十郎の手勢六百である。
砦を攻めていたのは太田勢だった。近藤九十郎は黒い大きな馬に跨ると突撃の下知を発した。
「いざ、進め―――――ッ」
槍隊を先頭に猛烈な勢いで太田勢に突っ込んでいく。太田勢からは矢が放たれるが、近藤勢は盾で防ぐ。大きな盾だった。
「フン、どうじゃ、千代丸様に貰った盾よ。それ、者ども、行け――――――ッ」
九十郎は鼻を鳴らす。千代丸軍は鍛冶職人も多く召し抱えている。武器防具の開発も独自に行われていた。それと調練だ。相手の弓隊の攻撃の防ぎ方も訓練されている。あらゆるパターンが頭に叩き込まれている。九十郎は模擬戦によって更にその用兵を磨いたのだ。
太田勢はあっという間に突き崩されていく。九十郎が槍を振るうまでもなかった。騎馬武者、徒武者も逃げ出していく。
「これで良かろう。砦へ退くぞッ」
九十郎は満足すると、下知を下す。近藤軍は素早く、砦の中へと戻っていくのだった。
ガチャガチャと甲冑が擦れる音がする。大広間に入ってきたのは花井備中守だった。その顔は柔和で口の端には笑みすら浮かべている。
「正光寺の軍勢が討って出て敵を蹴散らしたと聞きました。これで敵の士気も落ちるでしょうな」
嬉しそうな花井備中守に千代丸も白い歯を見せて笑みを浮かべる。緊張の糸がほぐれていく。
「神谷勢は退くでしょうか」
「いや、退くことはしないだろう。もはや水野は諸国に物笑いとなっている。ここで退けば二度目はない」
千代丸は意地悪そうに笑う。つられて備中守も笑った。
「そろそろだ。助右衛門の軍勢が来るだろう」
「おお、助右衛門殿が……」
「うむ。そうなれば神谷勢は袋の鼠も同然よ」
千代丸はそう言うと、お盆の饅頭を差し出す。備中は饅頭を掴むと口に放り込んだ。どちらともなく笑い声が上がる。清水城攻めの大軍が取って返してくる。これで勝ちは決まりだった。




