4、戦なき勝利
冬。十月。雪が降りそうな時期に事態は動いた。松平清康は挙兵し、阿部大蔵ら五千を残し、西へと進軍を始めたのである。水野、戸田ら諸大名が加わり、二万五千の大軍となった
目指すは織田信秀の領地である酒井備後守秀忠の守る品野城。そう、松平清康は織田信秀との直接対決を望んだのである。
この急報に驚いたのは織田信秀であった。
「今川の動きを振り切っただと……何という豪胆な」
正室の愛姫が心配そうに夫を見る。愛姫はその名の通り、愛らしいが、芯のしっかりした姫だった。織田大和守の娘で夫と主家を結び付ける役割を心得ている賢女である。
「備後は……幼馴染だ。見捨てるわけにもいかん。兵を出す。清州の義父上にも伝えよ!」
信秀は決断する。信秀の領地に手を突っ込んできたのだ。迎え撃つしかない。
信秀にとって正念場を迎えつつあった。
「父上、大勝利にございまするな」
俺は凱旋してきた父上の顔を見る。無表情だった。
「狐につままれたようじゃ。なぜ松平は何もせずに兵を退いたのだ……」
簡単だ。今川の大兵力が動いた。松平方の今橋城の周りをうろうろした。一万は越えていたという。今川は松平の動きを重く見た。だから手を打ったのだ。
松平は焦った。品野城に到着する前に岡崎に撤退した。山口左馬助から今川を揺さぶっておいたのが今になって効いた。これで内政に専念できる。
これで父上の勢威は尾張国内に鳴り響いた。織田大和守よりも織田信秀。尾張の武将たちはそう見る。自分の城が攻められたから迎撃しようとしただけなんだがな。それだけのことで周りの見る目も違ってくる。
「不思議よの。うむ」
父上が首を捻っている。これで年は越せそうだ。津島・熱田から堺への交易ルートは確保できた。海外の品も入って来る。朝鮮と明だ。今度は輸出する。焼き物には自信があるのだ。あと兵糧も余っているので三河、美濃にも売りさばこう。大儲けができるぞ。




