39、新参者
大高城は堅固に作られた城である。後年に今川義元が重視したのも分かるような守りやすい城であった。花井備中守定兼は動じずに敵の様子を観察する。
本丸には幼主・織田千代丸がいる。手出しさせるわけにはいかなかった。
「敵は怯んだか?」
備中守は家臣に聞く。
「はっ、こちらの矢の雨にたまらずに退いていきましたぞ」
備中は笑顔で頷く。矢は買い揃えていた。この時のために、だ。
自慢の弓隊の命中精度は高い。敵には恐怖を与え、撤退させた。あまりに勝ちすぎると敵も退いてしまう。わざと命中させず、膠着させる。歴戦の猛将である花井定兼にとっては造作もない用兵だ。
(若は俺のことを買ってくれている)
備中は熱くなる。梶川平九郎や滝川八郎の気持ちがわかる。痛快だ。あの童は人の使い方を心得ている。
「矢を放つな。神谷勢を泳がせるのだ。そう、ゆっくりとだ。じっくりとじらしてやる」
備中は己に言い聞かせるように言う。神谷勢は罠にかかった。後はじっくりと料理するだけだ。
「ええい、城内から矢とは、小癪なりっ」
神谷助兵衛は思わず叫んでいた。家臣たちは押し黙っている。本陣は沈黙に包まれた。
「ここは力攻めに押し出すべし!」
稲生七郎左衛門重勝が強硬策を言う。助兵衛は若い七郎左衛門の顔をジッと見た。七郎左衛門は無言で頷く。
「待たれよ。力攻めは益なし。敵将は花井備中守、音に聞こえし猪武者でござる。ここは兵糧攻めで如何か」
石川与一郎が落ち着いた声で言う。座はシンと静まり返り、皆が総大将の神谷助兵衛を見た。
「兵糧攻めなどしても千代丸は堪えんだろう。ただ力攻めをしても矢で城内には近づけん。ううむ……」
神谷助兵衛は唸り声を上げた。当初の予定では千代丸は降伏を申し出ると見ていたのだ。進軍し、勝幡の信秀を討つ。そういう策だった。
だが……。
「……」
神谷助兵衛は唸り声を上げたまま、静止した。千代丸軍の反撃は助兵衛にとって予想外だったのである。
大高城の近くの正光寺砦。険しい空堀に囲まれた城塞ともいうべき砦に一軍が籠っていた。
「そうか。敵は退いたか」
床几に座った男は目を光らせて家臣に声をかける。神谷勢は砦にも攻めてきたが、弓矢で撃退した。
男は立ち上がる。近藤九十郎景春、武将としては脂の乗った歴戦の猛者だ。九十郎は肩に担いだ槍をガンと降ろす。
「千代丸様は無事か?」
「御意。傷一つなく壮健である由」
「それは重畳。ふむ。腕が鳴るわ」
ぼそりと言うと九十郎はぎょろりと周囲を見る。家臣たちが息を飲んだ。
「ウォ、ぐふふふ」
ストレッチするように腰を捻り、不気味な笑い声を上げる九十郎。千代丸軍に加わった新参者だが、やる気は充分だ。
「ふーっ、待つというのも疲れるわ。しかしこりゃ、若が勝ったな。アハハ」
九十郎はストレッチを終え、敵陣を眺める。その顔は余裕で笑みすら浮かべていた。




