34、平島の戦い②
千代丸軍本陣は緊張感に包まれていた。総大将岡田助右衛門重頼は目の前の布陣図を見る。先陣を受け持った蜂屋軍は奮闘している。川口軍を蹴散らし、水野軍に斬り込んだ。
「殿! 敵本陣に動きあり!」
本陣に駆け込んできたのは若い男だ。岡田家重臣たちは顔を見合わせる。坂井下総守、赤川惣右衛門尉、林宗右衛門尉、那須十右衛門尉、喜田野彦四郎といった剛の者らである。
助右衛門の弟、与十郎重季と又八郎重通の兄弟は勢いよく立ち上がる。
「兄上、我らが手勢を率いて奴らを止める。兵五百でいい。出陣させてくれ」
岡田与十郎重季は太い眉毛を上げて、かっと目を見開く。普段は物静かだが、文武両道の弟と名高い人物であった。
「与十郎、相分かった。その方に五百預ける。蹴散らして参れ」
「お任せあれ!」
元気よく与十郎が陣幕を出ていく。慌てて又八郎も兄・与十郎の後をついていった。
「兵庫頭殿に伝令。滝川軍を後詰めする、とな」
助右衛門はゆっくりと口を開く。梶原軍は温存しておく。本陣の兵もだ。まずは水野軍を蹴散らす。その後の中山軍には梶原軍をぶつける。
「……」
出陣したい気持ちを抑える。助右衛門はじっと耐えた。大高城には女たちがいる。逃げるわけにはいかない。滝川八郎の策に懸けるしかないのだ。
前線。蜂屋軍は奮戦を続けていた。
蜂屋兵庫頭頼安は馬上で槍を振るう。三浦将監、桑原左近、岩間伝八郎、中田市兵衛といった荒武者が主君を守るようにぞろぞろと移動する。
「やあやあ、我こそは蜂屋兵庫頭なるぞ! 祖は北条相模守貞時なりっ、鎌倉北条氏の末たる俺の首を取ってみたいとは思わぬかっ、名門蜂屋の当主とはこの蜂屋兵庫頭頼安に他ならず!」
ぶんぶん槍を振り回し、大音声を発する兵庫頭に水野軍はたじろぐ。普段は大人しい兵庫頭だが、こと戦になると持ち前の勇猛さを如何なく発揮する。
「何だ、あれは……」
「武勇比類なし……織田軍には化け物がおるわい!」
水野軍はガヤガヤと騒ぎ始める。兵庫頭はニヤリとした。
「いざ行け! 突き進め――――っ、敵は怯んだぞっ」
兵庫頭の選び抜いた長槍部隊が現れる。水野軍の足軽たちが固まる。
「ヒイいいいっ、おっ母ァっ」
「殺される! 逃げろ――――っ」
水野軍の先手が戦意を喪失する。長槍部隊は静かに動く。
「フン、他愛なし」
兵庫頭は逃げていく敵兵を見ながら、ゆっくりと前に進む。水野軍の足軽たちは我先にと逃げ出す。やがて戦場は静寂に包まれた。水野軍の先手衆はあっさりと崩れたのである。




