3、二歳の内政官
俺は勝幡城下の母上の屋敷にいた。母上は側室ではあるものの、斯波氏の末娘として育ち、尾張一の美少女と称賛されたこともあったという。今の年齢は十九歳。こんな美人ママの側にいると正直心が安らぐ。
「千代丸、何をしているのですか」
母上が俺の手元を覗き込んでいる。俺は子供らしくなく書類の山を眺めていた。尾張・三河の武将たちだ。情報収集を欠かしてはいけない。命に関わるからな。
「山口左馬助殿の書状によれば、松平次郎三郎、岡崎から動けぬようで。フフフフ」
母上が困ったように笑みを浮かべる。
「いつの間に山口左馬助殿と……。千代丸、危ないことはしてはなりませぬよ」
鳴海城を守る山口左馬助は槍の名手で剛の者だ。ただ知略に長けており、悪く言えば狡知に長けた策謀家である。母上はそれを知っているのだ。
幼い息子を案じる母上。うーん、美しいわ。父上が母上に夢中になるわけだ。
松平清康の動きは封じた。今川家は兵を集めている。松平征伐に動くかもしれん。
夏が過ぎて、秋になった。収穫の時期だ。新田開発に力を入れたので収入は増えるだろう。三河国は戦乱が続いている。民は織田領に逃げ込んできて保護している。織田家の善政を気に入り、庇護下に入る者も増えた。ますます生産力が上がる。
父の部屋に呼ばれた。兄はおらず、重臣たちもいない。二人きりだ。
「津島、熱田の商人たちがそなたを褒めるのだ。千代丸よ、そなたなかなかやりおるの」
父上が笑い声を上げる。二歳の息子を一人前の内政官として遇し始めている。やり過ぎとは思わない。
「我が家は織田家の三奉行の一つとはいえ、もはや日の出の勢い。商人たちを味方につけ、堺とつながらねば、畿内の物は手に入りませぬ」
俺が言うと父上は大きく頷いた。俺が考えているのは海路での交易だ。陸でもいいが時間がかかる。津島、熱田の商人たちも驚いていた。特産品を手に入れ、それを織田領で売る。良い構想だと思う。
父上は理解が早い。さすが名将というべきか。俺にある程度裁量権を与えている。そして俺の出す案に深く頷くのだった。
「百姓から買った土地なのですがまた新田を作りまする」
父上が驚いている。これも俺のアイディアで直轄地構想だ。織田領を増やし、直轄領とする。貧しい百姓が土地を売っている。そこを買うのだ。最新の農具で耕す。あるいは畑を作って栽培する。これを織田家臣がやる。他家はそこまでしていない。当たり前だ。もう今の生活に満足しているのだ。斯波、松平、今川も自分たちの国人衆の機嫌を損ねないので必死だった。
俺の考えは違う。織田に敵対するなら奪うまでだ。仲良しこよしは滅びへの道だ。容赦などしない。




