16、織田の猛将
佐久間左衛門尉信晴は織田家重臣としてその人ありと知られる。
信秀とは朋友の間柄であり、君臣を越えた友情を形成している。そんな左衛門尉が信秀に呼ばれて勝幡城に登城する。
左衛門尉の顔には不満はない。代わりに内心の野心を隠せずに笑みを浮かべていた。
(平手五郎左衛門よりも俺こそが殿のことを分かっているのだ。守山城の松平信定も必ず寝返らせるぞ。フフフ)
筆頭家老の平手五郎左衛門に対抗心を燃やす佐久間左衛門尉は小姓の案内で信秀の部屋に入る。
「これは……」
左衛門尉は絶句した。信秀とともに若君・千代丸がいたからだ。
「おお、左衛門尉。参れ」
信秀は顔を綻ばせる。左衛門尉は平静を保ちつつ、座る。
千代丸は笑みを貼り付かせている。怖い。左衛門尉はそう思った。重臣たちでもこの童子を恐れている。
「清洲の力を削ぐ。まずは高田城の村瀬美作よ」
信秀の言葉に左衛門尉は驚いた。大高城攻めを言い渡されるかと思っていたからだ。
「総大将はそのほうに任せよう。高田城を切り取るべし。千代丸の郎党もつける。それと岩崎城の孫三郎も後詰めと致す。俺はこの勝幡で睨みを利かせる。良いか?」
「はっ、総大将として死力を尽くしまする」
左衛門尉は頭を下げる。信秀の顔を見る。左衛門尉にとっては若造に過ぎない信秀だが、幼少の時より支えてきた。平手ではなく、自分を頼ってくれたことが嬉しくて仕方がない。
武功を立てる輝かしい未来が左衛門尉の脳裏には浮かんでいた。
「左衛門尉の奴、喜んでおったな」
「はっ、さすがは武人として勇猛な佐久間左衛門尉、戦となると張り切りましょう」
千代丸は父に向き直るとそう言った。佐久間信晴を総大将に推薦したのは千代丸だ。平手政秀は岩崎城で兵の練兵をするため、忙しい。そこで白羽の矢を立てたのは武勇で知られる猛将佐久間左衛門尉である。佐久間一族は織田家の中でも軍事の中核を担っている。
「これからは松平との戦は佐久間左衛門尉に任せましょう。まずは清洲方の武将らを降し、大高城を追い詰めます。また、戸田や菅沼と言った松平方の国人衆にも声をかけます。松平次郎三郎は愛想を尽かされていますから、父上の下に馳せ参じましょう」
「その間に俺は勝幡城で力を養うのだな。萱津の商人も勝幡に呼び込もう」
「はい。銭の力で次郎三郎を抜きまする。困り果てた次郎三郎は今川と小笠原を頼るでしょう。その時が大高城を攻め取る時にございます」
「ハハハ。分かったわ。大高城は放っておこう。次郎三郎を焦らせる。千代丸の策で行くぞ」
親子は笑い合う。信秀は三歳の息子を軍師として信用しきっていた。織田領は豊かになる。今川よりもずっと。信秀はほくそ笑む。信秀の野心はうずうずと頭を出してきていた。




