14、上名和(かみなわ)の戦い②
松平次郎三郎清康の本陣は林、佐久間、柴田の織田重臣たちの猛攻を受けていた。
松平次郎三郎清康は床几に座り、目を瞑っている。
「神仏は我を見放したか」
勝てると思った。松平次郎三郎は自らの驕りを戒めた。水野は動かず、戸田、菅沼、奥平といった大名たちも動きが鈍い。
「……殿、弓隊を押し出しましょうぞ」
頑固者の石川左近大夫が進言する。松平次郎三郎は首を振った。
「是非もなし。このままでは我らの負けよ。水野を連れてくるのが早すぎたわ。俺が兵を出し、知多半島を平らげてくるのが先決であった。待てなかったのだ。年老いることに耐えれなかった。早く上洛をと、焦った」
あと二十年かけるべきだった。今川氏輝も織田信秀も討ち取り、美濃の土岐氏を叩き潰す。天下への道が見えていたのに。
次郎三郎は絞り出すように声を発する。
「法螺を鳴らせ。殿は阿部勢に任せよ」
松平軍の撤退はこうして決まったのである。織田軍は追撃せず、勝幡城に帰ることになった。
戦は織田方が大勝利を遂げたのである。
「勝ったか」
「はっ、お味方大勝利」
木ノ下城。織田千代丸は瀬田孫十郎の報告を受けていた。織田信秀は勝利し、松平清康は岡崎城に逃げ帰った。
「松平次郎三郎は討ち取ったか」
「それは分かりませぬ。されど逃げ切ったのではないでしょうか」
千代丸は沈黙する。史実では清康は横死する。家臣に斬り殺されるのだ。松平家は衰退していき、安城の松平信定が実権を握る。そのはずだった。
「まあ良い。国人衆が松平に従わず、士気も落ちておった。やはり国人衆の心を掴まねばな」
千代丸は自分に言い聞かせるように言った。大名など所詮私兵は少ない。織田方とて林、柴田、佐久間、平手といった重臣連中は皆、国人衆だ。国人衆をうまく統率できなければ大大名も滅ぶ。
織田、朝倉と言う重臣を持ちながら越前国を失った斯波氏が典型例だ。管領の地位も追われ、清洲で逼塞している。今や守護代の織田家のそのまた家臣の織田信秀が木ノ下城や品野城を抑え、尾張最大の勢力になっている。
松平清康は国人衆の動向を読み違えた。それが敗因だ。
千代丸は息をつく。
「松平は動くまい。今川に贈り物をし、機嫌を取る。駿河も遠江も今川が抑えている。その内に敵を片付ける」
孫十郎が気圧されたように頷いた。千代丸は梟の鳴く声を聞きながら、目を大きく見開いた。
「次は大高城よ。あそこに人を集め、商人を集めようぞ。いい商いの町になる。そこから勝幡に人を呼び込むのだ。フフフ」
野心に満ち溢れた千代丸は次の商いに取りかかる。今川の商人との交易、あの富が織田領に流れ込むのだ。今川も松平を破った織田家には一目置くだろう。
千代丸は寝所に戻る。寝ることができない。目は冴え渡っていた。




