12、千代丸の奇策
木ノ下城。千代丸は勝幡の織田信秀出陣の知らせを聞いて顔を綻ばせた。
「勝ち戦になろうな……」
千代丸は呟くと地図に目を転じる。忍び衆に作らせた地図だが、精巧にできていた。
「松平清康は戦上手。勝てる相手でしょうか」
梶原平九郎が怪訝な顔で聞いてくる。千代丸は笑みを深くする。
「清康は焦ったのだろう。尾張深くまで入ってくる。それが隙だ。あと五年、十年辛抱すべきだった。今川の当主も若い。今川の家臣団も動けぬ今を狙ったのだろうな。今なら織田信秀を討てると。大高城を寝返らせたのは失策であったな。父上は今、兵を増やし、かつての父上ではない。清康が出てくれば、勝負あったわ」
「清康は罠に嵌ったので?」
「そうだ。俺の罠にな……ふむ。美濃の稲葉彦四郎に書状を送ろう。今度勝幡に来ませぬか、とな。」
千代丸はフフフと笑う。用意周到な千代丸は美濃の国人衆に調略を仕掛けた。反応は良かった。国人衆は千代丸に注目している。その千代丸本人から贈り物と書状が届いたのだ。国人衆も色よい返事を送ってきた。土岐家は親織田に傾いている。北に脅威はない。織田千代丸の策はひとまず成功したのだった。
織田信秀は大高城の北、鷲津に陣を敷いた。
「兄者、千代丸からは美濃の国人衆は抑えると知らせが届いた」
与次郎信康が本陣に入ってくるなり、そう言い放った。
信秀は顔を上げると、弟の顔をジッと見た。
「全く俺には勿体ないくらいの倅よな。これで心置きなく戦えるわ」
「敵は二万五千。松平・水野の兵です。このまま大高城に入る前に討ちますか」
重臣の佐久間左衛門尉が信秀に聞く。
松平清康の兵は名和城に入り、北の大高城を窺っている。織田軍は総勢一万五千。数の上では松平軍が優っていた。
「討つ。ここから名和城に向かおう。松平は打って出てくる。野戦となろうな」
重臣たちはざわつく。
「鎮まれ! この戦、負ける気がせぬ。敵は二万五千だが烏合の衆だ。松平本隊は五千程。そこを狙えば勝てる!」
重臣たちが息を飲む。信秀はニヤリと笑みを見せた。
「案ずるな。策はある」
信秀は千代丸の顔を思い浮かべた。必勝の策を授けてくれた軍師の顔を、である。




