10、家臣団結成
梶原平九郎は鬱屈していた。評定の間から出ると、国人衆たちはひそひそと内緒話をする。
久松佐渡守は顔を顰め、高木主水は首を振る。
「大高城に兵を詰めると申されてもな」
佐渡守が大きく溜め息を吐いた。
「旗色悪し……といったところよ」
高木主水もうんうんと頷いている。ここ三河刈谷城の空気は淀んでいた。
水野家の当主は松平と兵を合わせて尾張攻略に取り掛かっていた。その先兵は大高城に詰め、岡崎の松平軍を待つことになっている。
だが水野家臣の国人衆たちは乗り気ではない。軍役により出費がかさみ、年貢の値上げを余儀なくされている。百姓・町人の不満は国人衆にいく。物価は高騰し、インフレになる。織田領内の物価安とは大違いだ。
「このまま悪戯に兵を失えば、利に乏しきことこの上もない」
梶原平九郎は愚痴を言う。このところ、同じ話ばかりだ。岩崎城が落ちてから、刈谷ではピリピリした緊張感が漂っている。
しばらく三人で雑談すると、平九郎はふらふらとその場を離れた。
頭の中には童子の顔が浮かんでくる。童子は不敵に笑う。
(平九郎よ、そなたを家老として迎えたい。水野のところにいても家運は傾くのみぞ。津島で一族を盛り立ててみぬか。この千代丸と共にな!)
密書では威勢の良かった童子。平九郎の頭には童子の姿が延々(えんえん)と流れていた。
「ふむ。良い頃合いじゃ」
勝幡城の屋敷では千代丸が評定を開いていた。兵も雇い、精強になった千代丸の軍。そこに家老衆も加わる。岡田助右衛門を始め、譜代の家臣たちが顔を揃える。
「皆の者、これなるは美濃の国人衆で蜂屋兵庫殿よ、家老として召し抱えることにした。兵庫よ、俺のために力を尽くしてくれ」
若い男が皆に頭を下げる。
「蜂屋兵庫頼安と申しまする。一族郎党率いて仕官した次第。奉行として死力を尽くしまする」
兵庫の言葉に歓迎の言葉が続く。
「おお、美濃にその人ありと言われた蜂屋兵庫殿、頼もしいですぞ!」
矢野彦十郎が言えば、
「これで我らもますます政に身が入るというもの、兵庫殿、我らと共に若を盛り立てていきましょうぞ!」
祖父江五郎三郎もニコニコと笑みを浮かべて、兵庫の家老採用を喜んだ。
千代丸の家臣団は充実しつつある。千代丸はニヤリと笑みを浮かべた。
「若、瀬田孫十郎でございます。入ってもよろしいか」
「良い。家老のそなたが遠慮することもあるまい。加わるが良い」
千代丸が言うと、襖が開く。
「水野家家臣、梶原平九郎高政殿、一族郎党を率いてお味方したいと城下に馳せ参じておりまする。如何致しましょうか」
「ほォ、よう来た。平九郎よ! ここに通せ! 目通りする!」
孫十郎は頷く。千代丸の家臣団は活気に満ちて賑やかになる。家臣団も名将が次々と仕官し、人材不足は解消されていった。




