1、奇妙な赤子
享禄三(1530)年正月。尾張国勝幡城。廊下をドタドタと厳つい男が大股で歩いている。織田弾正忠信秀、二十歳。この城の若き主であり、清洲城の織田氏に仕える武将である。
それに従う数人の男たちもいずれも緊張した面持ちで歩いていた。
「美代か、通せ」
若い女が襖の前に座っていた。女は深々と土下座する。
「御屋形様の御成りにございまする」
「美代、通しなさい」
襖の奥から澄んだ女の声がする。信秀は躊躇なく、襖を開ける。
「御屋形様の男子にございまする」
「おお、でかしたわ。万よ。その方、大儀であった」
信秀は顔を綻ばせる。周りの家臣たちも緊張の糸がほどけたようで、笑いが起きた。万姫はくすくすと花のよう笑う。幼い顔立ちが残るが、美女だ。信秀は美人妻を見ながら、赤子を愛おしそうに見た。
「ふむふむ。これで嫡男と次男、二人が揃ったわ。二人とも城を任せよう。何、俺は清洲三奉行が一人、織田弾正ぞ。まだ子を産んでもらうぞ。万。この弾正忠家は身内で固め、那古屋の家を守らねばならぬ」
「御屋形様、気が早いですよ。まだ生まれたばかりというのに」
ホホホと万姫は笑う。家臣団もつられて笑った。
「あう。あうあーーっ、あうっ」
「おお。そなたは頼りになるわ。フフフ。応仁の乱より何十年。斯波家も越前を取られ、松王丸様も力がない。この弾正忠、御家の大事を乗り切らねばならぬ。そうだ。俺はここでは終わらぬのだ。ハハハッ」
信秀の高笑いに赤子はあうあうと答える。信秀は嬉しそうに、母である万姫は困ったように苦笑いをするのだった。
そして一年後、享禄四年。二歳となった織田千代丸は大広間で父・信秀と対していた。
「ふむ。千代丸よ。そなたは利口よの。この城に置いておくのは勿体ないわ」
「はっ。勿体なきお言葉にございますれば」
千代丸は頭を下げる。信秀は次男の成長に嬉しそうに何度も頷いた。
「フフフ。千代丸のおかげで我ら織田家は豊かに強くなろうとしている。三河の狸どもめ、今に見ておれ。弾正忠はここで終わる男ではないわ! グワハハハ!」
信秀は高笑いする。千代丸も笑い声を上げる。しかし、表情と別にその瞳は上機嫌な父をジッと観察していた。




