スクランブル交差点
私はひとりで写真部の作品が展示されている、今は使われていない視聴覚室へと向かった。
七海ちゃんの言葉が何度も頭を過って……
簡単じゃないけど、好きだから諦める、好きな人に好きな人がいるから、好きな人のことを想って。
そのたびに、私は諦められないよ、いいよねって、波のように行ったり来たり。
視聴覚室の中はパーテーションで区切られていて通路のようになっている。
そこやテーブルの上に写真が展示されていた。
部屋の中に蓮くんの姿はなくて……
作品に視線を投げながら蓮くんの作品を探す。
『烏丸 蓮 作』
カーテンが閉められた窓際のテーブルに二枚飾られていて……
「ひぇ!」
私は両手で口を押さえて息を呑む。
額に入った一枚――
私だった。
ドキドキと脈打つ心臓の音が体の外まで聞こえそうで。
頭に血が上って来て汗がじわりと湧いてくる。
どうして?
私……なの。
タイトル『その先』
去年も私、今年も……
なんで?
どうして?
訳が分からないまま隣の写真に目をやると――
もう一枚は、麻耶の写真だった。
弓道部の練習中かな、弓を構えている瞬間。
凛々しい表情の麻耶。
え?
もしかして、蓮くんの好きな人って麻耶?
でも麻耶は……
タイトルは『射る』
考えすぎだよね。
でも……
どうして、なぜ、なんで、と投げかけては、答えが分からなくて。
山手線みたいにグルグル、グルグル。
内回りなの?
外回りなの?
思考はあらぬ方向へ……
混乱し出して、しばらく、立ち尽くす私。
「橘さん」
ビクッとして横を見ると、横山くんが写真を見つめていた。
「……横山くん」
「あれ? どうしたの元気ない?」
「ん? 全然そんなことないよ、ただちょっとびっくりしちゃって」
「ああ、ごめん驚かした?」
「あっ、いや、そうじゃなくて、そうなのかな」
しどろもどろな私を不思議そうに見ている横山くんは、あっという顔をした。
「蓮の写真のこと? いい表情しているよね二人とも」
「う、うん……そうだね」
「蓮来てるよ、話したの?」
ぶんぶんと首を振る。
「橘さんさ、どうして蓮と話さないの?」
「え?」
「余計なお世話かもしれないけど、僕と話す様に普通に会話してみたら?」
「あ、え、でも、緊張して何話したらいいか……その」
なんで横山くんにドギマギしているのか。
「でも、何回も告白してるでしょ? それは言えるのに?」
「うう、うん……」
「ほら、友達からっていう流れもあるんじゃない?」
「話せるかな……」
「あいつ今、部室にいると思うよ、この写真のことを口実に話しに行ったらどうかな?」
またドキドキとうるさくなる私の心臓。
「でも……」
「でもも、屁ったくれもないよ、当たって砕けろが橘さんでしょ?」
「砕けちゃえってこと?」
「違う、違う、その諦めないとこ、すごいなって思うよ」
「そう?」
ニコッと微笑む横山くん。
「あ、あのさ、蓮くんの好きな人って知ってる?」
一瞬、横山くんの眉がぴくっと動いた気がした。
「いや、聞いたことないけど。どうかしたの?」
「え? ううん、なんでもない」
「そう、じゃあまたね」
「あっ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「その、なんでまた私なのかな?」
首を傾げる横山くん。
「あの、その蓮くんの写真、去年も今年も私なの、なんでかなって……」
「ああ……」
そのまま写真を見つめ出した横山くん。
やがて頭を掻いて苦笑い。
「そんなに知りたかったら、やっぱり本人に聞いてみたら?」
「え?」
聞けないから聞いてるのに……
「そしたら、じゃあ、またね」
「うん、じゃあね……ちょっと、横山くん……」
横山くんはそそくさと視聴覚室を出ていった。
私はまた写真の私の顔に視線を移す。
どうしよう。
頭もこころも整理整頓どころか、散らかったままで。
掃除しようとすればするほど、埃は積もっていくばかり。
当たって砕けろ……
横山くんの言葉だけがなぜか残っていて。
目を閉じて深呼吸一つ。
よし!
橘結衣。
参ります!
ぎゅっとこぶしを握り締め、ちりを吹き飛ばす様に大きく息を吐く。
回れ右して私は視聴覚室を後にした。
――写真部の部室前。
握りしめた手が汗ばんできた。
私は扉と見つめ合って立っている。
ここに来るまで何を話そうか頭の中でシミュレーション。
「烏丸くん、写真良く撮れてるね」
「ありがとう」
「あのさ、どうして私なのかな?」
「え?」
「その……」
「橘さんのことが好きだから……」
「え? 本当?」
「ああ」
「私のこと好きになってくれたのうれしい!!」
という妄想に化けてしまい、結局、何も出来ていない私。
通り過ぎる生徒が私に送る怪しげな視線……
かれこれ5分位、銅像のように立ち尽くしている。
横山くんの言う友達から恋人という戦略。
漫画なら確かにある。
けど、でも、好きなんだもん。
恋人になりたいでしょ?
友達の間に蓮くんに、もしも彼女が出来たらどうするの?
首を振って何度目かの深呼吸。
扉をノックしようと力を込めて叩こうとした瞬間、ガラッと勢いよく扉が開いて――
バンっ!
「うっ」
「あっ」
蓮くんのお腹を見事にパンチしてしまう。
咄嗟に手を引っ込めて後ろ手に組んだ。
「ご、ごめんなさい」
「あっ、平気」
お腹に手をあてて少し屈んでいる蓮くん。
「あ、痛かった?」
「大丈夫……」
そうには見えない……
「ごめんなさい、あの……」
蓮くんは片手を小さく挙げて私の言葉を遮ると、そのままの姿勢で私の横を通り過ぎようとする。
「ちょ、あの」
上ずる声。
「なに?」
立ち止まる蓮くん。
「あ、そのね、えーとね……」
ダメだ何話すんだっけ……
パンチしたことと、手に残る蓮くんのお腹の感触が邪魔をして、さらに今日の色んな事が渋滞して……
満員電車の中にいるみたいに息苦しくて、言葉が出てこない……
「用ないなら……」
あるの、あるの、あるんだよ……
蓮くんが歩き出そうとして――
「好きです!!」
口をついて出た言葉。
「ふっ……」
鼻で笑うような蓮くん。
「……またか、懲りないな」
「いや、あの……その……」
「前も言ったよな、俺は好きじゃないって」
蓮くんは言い残すと、早足で去って行った。
優しい物言い。
低くて耳心地のいい声。
「あっ……」
手を伸ばしても届くわけじゃないけど、その指先の向こう蓮くんの後ろ姿が廊下の角を曲がるまで見送る私。
うう、何やってんだろ……
話し、しようと思ったのに……
壁に寄りかかり、そのまま座り込んだ。
右手に残る感触を胸に当てて左手でそっと覆う。
でも――
私には「好きな人がいる」って言わなかったよね。
どうしてだろ?
もそもそと壁に寄りかかったまま立ち上がる。
今日は分からないことだらけだよ。
私もそうだけど、あの写真のことも、七海ちゃんが好きだけど諦めるってことも……
あっ。
七海ちゃんの歌そろそろかな?
ポケットからスマホを取り出す。
もうすぐ14時。
確か14時半から軽音楽部のステージ。
麻耶からは連絡来ないし。
とぼとぼと私は廊下を歩き体育館へ向かう。
心なしか廊下の空気がヒンヤリしていた。
窓の外は変わらずに青い空。
七海ちゃんの歌聞いたら泣いちゃうな……
両手のブレザーの袖をそっと目に当てた。
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