まつりのさなか
秋晴れの中の文化祭。
私たちチア部の午前中のステージは好評だった。
みんな緊張もしてたけど、息もあってたし、顧問の先生もニコニコ顔で、観客席から自然と掛け声が湧いていた。
ダンスの始まり際に体育館の端に蓮くんの姿を見つけてホッとする。
久しぶりに見た姿は病み上がりぽくって顔白かったけど、それすらなんか儚げで、かわいく見えてしまっていた私。
カメラ片手に私たちの晴れ舞台を撮影してくれていたみたい。
私だけだったり……して。
キュンとして。
笑顔も上書きされていた。
麻耶と恭一くんは先週末のデートを経て晴れて恋人になった。
ちゃんと恭一くんが告白してくれたって、電話してきた麻耶は泣いていた。
私まで泣きそうになって、先を越されたとかは全然なくて、むしろ麻耶が幸せそうにデートのことを話してくれたのが嬉しかったんだ。
そりゃあ、ちょっぴり羨ましかったよ。
そんな良いことも重なってパフォーマンスに自然と熱が入っていたのかも。
お昼からは自由時間。
本当は麻耶と一緒に色々見物したかったけど、欠員が出たから手伝いが長引くみたい。
そんな麻耶たち弓道部と陸上部が開いているカフェでホットドッグを買って、屋上に来た私。
出入口の脇の壁に凭れて腰を下ろす。
爽やかな澄んだ空気。
両手を広げて胸いっぱいに吸い込んだ。
髪をそよぐ風に乗って、高く透き通る声が耳に届く。
「あっ……」
七海ちゃんの声。
スローテンポのバラード。
聞き入りながらホットドッグをむしゃむしゃ。
片想いの歌……
「この風に乗せ続けた、あなたへの想い……今、言葉に乗せてみるよ……」
心のこもった歌声に、目頭がウルっときて、拍手していた私。
足音が近づいてきて、私はブレザーの袖で慌てて目を押さえた。
「あっ、結衣ちゃん」
「へへ、ごめん、お昼食べてたら聞こえちゃった」
ホットドッグを掲げて見せた。
「ううん、午後のステージの練習してんだ」
七海ちゃんは私の隣にちょこんと座る。
ふわっと甘いシャンプーの香りが空気に溶けた。
「そっか、いい歌だったし、七海ちゃん上手だし、いい声で羨ましいな」
「ありがとう、私は結衣ちゃんみたいに上手に踊れないよ、ステージ見て可愛くて元気貰えたから、私も頑張ろうって、ここで歌ってた」
「そうなんだ」
うれしくて見た七海ちゃんと目が合って、ちょっとだけキラッと瞳が光っていた。
スッと上げた首。
空を見上げる七海ちゃん。
「結衣ちゃん、好きな人いる?」
「ひえっ?」
声が裏返り、頬がポッと火照る。
「いきなりびっくりだよね、ごめんね」
「ううん」
私はぶんぶんと首を振る。
「私もいたんだ好きな人……」
七海ちゃんは空を見上げたまま。
私も顔を上げる。
青い空にゆっくりと漂う淡い雲たち。
七海ちゃんがまたさっきの歌を口ずさむ。
優しく空気を震わせて届く歌声がじんわり心を染めていく。
グッと胸が苦しくなってきて、溢れそうな想いを、ぎゅっと口を結んでこらえていた。
伸びた声が空気に馴染んで消えていく。
パチパチと拍手をする私。
歌い終わった七海ちゃんは長く息を吐いた。
「この歌ね、その人を想って私が書いた詩なんだ」
「そう……」
……蓮くんのこと、だよね。
「私の恋は……終わっちゃったけどね」
微笑む七海ちゃんは遠くを見入るような瞳。
「こないだ、その人に振られちゃって、噂になったから知ってるでしょ?」
「え? ああ、うん……」
「好きな人がいるんだって、はっきり言ってくれたから……辛かったけど、今は大丈夫になったかな」
「そう、なんだ……」
思わず見た七海ちゃんは、唇を噛みしめていて、膝の上で組まれた指先が少し震えていたような……気がした。
「ごめん、何話してるんだろ」
「ううん、全然……それでいいの七海ちゃんは? その人に好きな人がいるって言われて諦めちゃうの?」
私こそ何言ってるんだろ……でも……
「しょうがないじゃん、好きな人には適わないよ。それに……」
「ん?」
少しうつむいた七海ちゃんは、両腕を抱きながら、また空を見つめた。
長いまつ毛が緩やかな風に揺れる。
「好きだから、その人に好きな人がいるなら、私はいいんだ」
「どうして? まだ好きなんでしょ?」
「どうなんだろ、分からないかな、好きだとは思う。けど恋は終わっちゃったよ」
「終わらせられるの? 簡単に……」
七海ちゃんは、首を傾げて私を見つめる。
その瞳はいっそう大きく見開かれていて、そしてゆっくりと微笑みに変わっていく。
「うん、簡単じゃないけど。好きな人だから、ううん、だったから。幸せになって欲しいって思うよ。私もまたいつか恋するんだ」
「そう……」
なんかその笑顔を見ていられなくて、髪を直すふりをして視線をそらした。
ふいに七海ちゃんの手が私の腕を掴む。
咄嗟に七海ちゃんを見ると、眩しいくらいにニコッと笑っている。
「結衣ちゃんの恋は叶うといいね」
「え?」
「そうだ、午後のステージ見に来てよね、さっきの歌も歌うから」
「う、うん、見に行く」
「じゃあ、私もお昼ご飯食べてくる」
立ち上がった七海ちゃんはスカートをはたくと小さく手を振って去って行った。
一人取り残された私の体の中を涼やかな風が通り過ぎていく。
どうしてあんな笑顔で笑えるんだろう?
絶対辛かった筈なのに……
あれ?
”も”ってことはバレてる?
私に好きな人いるってこと。
もしかして、私が好きな人が蓮くんってこと七海ちゃん知ってるの?
さすがに、それはないか……
でも、蓮くんの好きな人って……
誰のことだろう?
私だったら……いいのにな。
残りのホットドッグを口に入れたら、マスタードが固まってて、鼻がツンとなってむせて涙が出てきた。
急いでペットボトルのスポーツドリンクで流し込んで胸をトントンと叩く。
ふーッと肩を撫で下ろし、口を尖らして天を仰ぐ。
七海ちゃんは、蓮くんのことが好きだから、自分の想いを諦めるんだ。
私には出来そうにない……好きだから……諦める。
私の恋。
私は終わらせない、終わらないよ……例え、蓮くんに好きな人いても……
いいよね、それでも。
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*人物画像は作者がAIで作成したものです。
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