文化祭・めろめろまろん
過ごし易い季節。
夏の出口で秋の入口。
一点の濁りもない。
海の青さのような校舎の上の高い空。
高校最後の文化祭。
昨日、蓮くんと一通り見て回って楽しんだ。
蓮くんの作品は私と軽音部の千彩ちゃんだった。
三年連続で私。
写真はそう、あのラストダンスのイベントでのものだった。
タイトルは『けっしょう』だった。
「どんな意味なの?」
って、聞いたら。
「結衣の三年間の努力や想いの結晶。俺にとって結衣のパフォーマンスを撮る最後の機会、決勝戦でもあった訳」
蓮くんの頭の中は色んなことが飛び交うんだなって。
一昨日。
急遽、朱里からされた頼み事。
文化祭で調理部が催すカフェで欠員が出て応援に来て欲しいって。
まあ、私は部活を引退したし。
でも、二日目の午後は予定があるから。
午前中だけって約束。
軽い気持ちで引き受けたけど。
いくつか微妙な事実が判明したの。
メイド服を着るんだって。
それを蓮くんに話したら。
ニヤニヤしてて。
写真撮りに行くだって。
服を着ること自体は全然いいの。
かわいいし、着てみたいまでもある。
でも、みんなの前でっていうのがね……
青と白のギンガムチェックのメイド服。
スカートはふんわり広がって。
丈はチアのより少し長いくらい。
襟や袖や裾に白のフリルがついていて。
かわいいのはかわいい。
頭にもフリルのついたカチューシャ。
レースの柄が編み込まれたタイツ。
更衣スペースの鏡の前で自分の姿に照れている私。
朱里は、
「結衣似合う~」
って。
テンション高め。
ОGの香坂先輩も手伝いに来ていた。
「橘さんだっけ。急なのにありがとう」
て、私の両手を取って喜んでくれた。
このカフェの店名『めろめろまろん』の名付け親なんだって。
メニューは簡単な軽食とドリンク。
そして調理部が作ったケーキやお菓子がメイン。
色とりどりの美味しそうなケーキ。
ちょっとよだれが出そうになる。
「結衣のバイト代ケーキ二つ。冷蔵庫に取ってあるからね」
朱里はそう言ったけど。
別にケーキ目当てではないから。
目の前にある実物を見たら。
食べたい。
違う、違う。
大きく吐息をこぼす。
一番、憂鬱なのは――
ジェスチャーをするの。
いらっしゃいませ。
とか。
ありがとうございました。
の時に。
私は手伝いだから、カウンター内から動くことはないけど。
それでもやらなければならない。
朱里や調理部の部員たちは慣れたもんで。
もうメイドになりきっているかのよう。
そして、一番すごいのが、ОGの香坂先輩。
一番ノリノリで接客してるの。
きれいな外見とは裏腹に。
甘い生クリームやトーストの焼ける香ばしい匂いが漂う調理部の部室。
開店と同時にたくさんのお客さんで埋め尽くされた用意された席。
私はもくもくとトーストを焼いて。
ジュースを注いで。
ケーキをお皿に載せて。
洗い物をしている。
今日は一般の人達も出入りできるから。
地域の人や生徒の家族も訪れる。
「いらっしゃいませ~」
顎に人差し指を添えて。
笑顔を作る。
「あら、結衣かわいい」
うえっ!
お母さん!
ひぇっ!
お父さんも!
なんか手つないじゃって。
恋人感全開。
仲がいいのはいいけど。
なんで来たのかな?
来るなんて言ってなかったのに。
「結衣、ケーキセット二つな」
「うん……あ、はい」
お父さんはニヤニヤしながらテーブルに向かった。
そして、カウンターに背を向けて準備をしていると――
「あら、結衣ちゃんじゃない!」
聞き覚えのある声。
振り向くと。
げっ!
蓮くんのお母さん!
うっ!
蓮くんのお父さんも!
「結衣ちゃん、似合ってるね、ケーキセット二ついいかな」
「あ、はい」
蓮くんのお父さんはニコニコ顔。
あ?
私の両親のテーブルに腰を下ろした蓮くんのご両親。
なんで?
どして?
「結衣、準備したら持ってって」
朱里の声。
「うっ……うん」
私はケーキセットを四つ。
トレーに載せてテーブルへ。
「お待ちどうさまです」
四人の前に並べる手が震えて。
カチャ、カチャ鳴る食器。
そして、小さく息を吸って。
「ごゆっくり~」
顎の下で両手でハートを作って。
笑顔を添える。
両親たちが固まって私を見つめている。
だって。
しょうがないでしょう。
設定なんだから。
やらないと、いけないんだもん。
「まあ、かわいらししい」
蓮くんのお母さん。
「結衣、今度、家でもやってくれよ」
私のお父さん。
「ああ、いいですね。結衣ちゃん遊びに来たときに家でもしたらいい」
蓮くんのお父さん。
「お母さんが、メイド服選んであげる。ゴスロリで、蓮くんもイチコロ」
私のお母さん。
「ああ、は、はい……」
私は丁寧に回れ右をして。
ちょこちょことカウンターの中へ。
チアの大会でも。
蓮くんと一緒にいる時とも違う。
べったりするような汗が出る。
鼓動はただ大きく頭に響く。
肩を落として。
スタッフ用のペットボトルを両手でゴクゴク。
みんななんでいるの?
「結衣」
あっ。
こころが呼ばれて。
そのまま振り返る。
カシャカシャ……
蓮くん連写。
「ちょ、ちょっと蓮くんてば……」
「かわいく撮れてますよ。結衣」
ずきゅん。
って。
体が跳ねた。
「そ、そう」
カチューシャを触ったり。
ツインテールの毛先を撫でて。
そっとスカートの裾をつまんだ。
「い、いらっしゃいませ」
顎に人差し指を添えて。
笑顔を作る。
だめだ。
違った意味でぽーっとするほっぺ。
蓮くんは少し身じろいで。
開けたままの口。
私は、シュッとすまして両手を後ろにうつむいた。
「か、かわいいよ。似合ってる」
「あ、ありがとう」
「あの、ケーキセット貰える?」
「はい」
私は蓮くんのケーキセットを用意する。
げっ!
蓮くんは両親たちのテーブルに座っている。
また……
するんだ。
無理……
でも。
しないとね。
調理部のみんな頑張ってるし。
橘結衣。
行きます……
なぜだか乗らない気合い。
スマイル。
オーケー。
スタイル。
ん?
オーケーなの?
むずむずする。
一歩一歩、リズムを取るように席に近づいて。
「お待たせしました」
五人の視線の集中砲火。
一気に顔が熱を帯びて。
「け、ケーキセットになります」
ガチャガチャ震える指で、テーブルに置いていく。
「ごゆっくり~」
顎の下で両手でハートを作って。
笑顔を添える。
カシャカシャ……
咄嗟に蓮くんを見る私。
アッて言う顔をした蓮くん。
でも、次の瞬間には頬が緩んで下がる目尻。
「結衣、かわいい。すごく似合ってる」
親の前で臆せず言う蓮くんに。
ぽっと。
さらに染まった頬。
「あ、ありが、とう。じゃ、じゃあ」
かくかくとぎこちなく回れ右をして。
ぴゅーっと、カウンターに逃げ込む私。
しゃがみこんで。
丸くなる。
かわいいって。
嬉しいけど。
早い鼓動もいつもと違う。
?
あれ?
なんで?
みんなで楽しんでるのかな?
カウンターから頭だけ出して様子を窺う。
和気あいあい。
んー。
どうして私は仲間外れなの。
「結衣、オーダー入ったから、こっち手伝って」
「うん」
朱里に呼ばれて作業を始めた。
そして――
五人は仲良く。
席を立つ。
「あ、ありがとうございました~」
にっこり笑って。
ギャルピース。
カシャカシャ……
部室の入口までお見送り。
「また、いらしてくださいね~」
胸の前で手を合わせて。
笑顔で小首をかしげる。
カシャカシャ……
全部の瞬間を切り取られて行く私。
「じゃあ、また後で」
蓮くんは親たちをエスコートして部室を出て行った。
大きく息を吐いて肩を落とす。
でも。
なにをやってるの?
みんなで?
聞いてないけど……
「結衣~」
今度のお客は麻耶と恭一くん。
うう。
「いらっしゃいませ~」
両手を頬に笑顔を作る。
「うわー! 結衣かわいい!」
麻耶は私の腕を掴んでジロジロ全身を舐めまわす。
その後ろで恭一くんがポカーンと私を見ている。
「あ、ありがと」
「いいなー。私も着てみたい」
「麻耶も似合うと思う」
服自体はかわいいからいいんだけど。
みんなに見られるのが……
その、仕草とかね。
「じゃあ、ケーキセット二つ」
「はい、かしこまりました」
揃えた両手を頬に当てはにかむ私。
だんだん。
抵抗がなくなって。
出来ている自分がちょっと怖い。
「いらっしゃいませ~」
ん?
蓮くんの声?
!
!!
!!!
「な、何やってんの!?」
「ああ、せっかくだから結衣と一緒に手伝おうと思って、小柴さんに頼んでみた」
「って。あ、そう、なんだ……」
「さすがに服は小さくて着れなかったから、これだけだけど」
頭につけたカチューシャをつまむ蓮くん。
?
は?
ん?
メイド服着ようとしたの?
ほわんほわんと頭に浮かぶ、蓮くんがメイド服を着た姿……
ぷって。
笑いが込み上げる。
「あ、いらっしゃいませ~」
顎の下ではハートを作る蓮くん。
「蓮くん、ちがうよ、いらっしゃいませは、こうするの」
顎の下に人差し指をあてて見せる。
「あ、そうなのか。いらっしゃいませ~」
やばい。
面白いし。
楽しい。
私も負けじと、
「いらっしゃいませ~」
「結衣、テーブルに運んでくれる?」
朱里に呼ばれる私。
「はーい」
「烏丸くんノリノリだね」
「え? ああ、うん」
「さっきさ、俺も手伝いたいって言ってきたんだよ。結衣いいな優しい彼氏で」
「うん……」
唇をかみしめる。
「あ、ごめん結衣……そういうつもりじゃ」
「分かってるよ」
私がテーブルに配膳しに行くと、
「きゃー!」
って、背後から黄色い声が弾ける。
視線の先には、後輩の女子達に囲まれている蓮くん。
ぴくって動くまつ毛とこころの中の何か。
「先輩、かわいい!」
「似合いますね!」
蓮くんは頭の後ろに手を当てて。
照れているのか。
まんざらでもないのか。
なんか――
いやだ。
そんな蓮くんも。
私の気持ちも。
分かってるのに。
なんかやだ。
とんとんと足音を立てて。
カウンターに引っ込んで。
小さく深呼吸一つ。
蓮くんは私と一緒にいたいから手伝ってくれてるんだよ。
そして、きっと私が恥ずかしがってるのも分かるから。
わざわざ、ああしてくれてるんだよ。
でも――
「橘先輩」
「はい」
声の主は野球部の後輩。
いち、に、さん……
六人の男の子たち。
「どうしたの?」
「おまえが言えよ……」
「なんで俺なんだよ……」
「ほら、早くしろよ……」
「先輩困ってるだろ……」
私の前で入れ替わり立ち代わりを繰り返す。
首を傾げる私。
すると一番背の低い男の子が前に出た。
「先輩、俺たちと写真撮ってくれませんか?」
「へ?」
「いや、先輩チア部引退されたって聞いて」
「俺たちの試合、もう応援に来てくれないでしょ?」
黒く大きな瞳で真っ直ぐ私を見つめる男の子。
「その、チアの姿じゃないけど、俺たちのお守りにしたいって、なあ、みんな」
部員たちはうつむき加減にうなずいた。
お守りって。
この格好が?
口をすぼめて肩を寄せた。
「そっか、いいよ」
「マジっすか!」
「よっしゃ!」
まるで試合に勝ったみたいにはしゃぐ男の子たち。
「烏丸先輩!」
一人の子が蓮くんに声をかける。
ん?
蓮くんが気がついてこっちに寄ってくる。
「橘先輩。いや彼女さんと写真を撮らせて頂きます! それで烏丸先輩に写真を撮って頂きたいんですけど……」
男の子たちは蓮くんを見て、ひそひそ話。
まあ、蓮くんの格好がね。
私を見て微笑む蓮くん。
ちょっとカチューシャが浮いてるけど。
なんか。
かわいく想えちゃう。
「いいよ。じゃあ、並んで」
「ありがとうございます!!」
男の子たちは気を付けをして。
揃ってお辞儀をした。
それから、誰が私の隣に立つかでひと悶着。
蓮くんが一言。
「二人が結衣の前に座って、二人が左右に、背の高い二人が結衣の後ろ」
「はい!」
きびきびと男のたちは位置に着く。
私はダブルギャルピース。
「じゃあ、撮るよ……ハイポーズ!」
カシャカシャ……
蓮くん連写発動。
あっ。
「ねえねえ君たち、蓮くんと私これで撮ってくれる?」
「あ、はい!」
野球部の子たちの返事って好き。
ガッツを分けてくれる。
蓮くんがカメラを手渡して説明をする。
私は蓮くんにポーズを指南。
せっかくだから。
やっぱり二人でギャルピース。
「じゃあ、撮ります。ハイポーズ」
カシャカシャ……
お読み頂きありがとうございます。
感謝しております。




