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好きだから。  作者: ぽんこつ


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ひかりが指して。

空は淡い雲が敷き詰められていて。

ところどころ、薄い隙間ら漏れる、ぼんやりとした光。

それが波間の揺らぎのように雲の動きに合わせている。

ホームルームの時間。

担任の新塚先生は、挨拶もそこそこに、

「今日は烏丸くんからみんなに話があるそうです」

そう言って教壇の下に降りた。

にわかに起こるざわめきの中。

ぎいー。

椅子が引かれる音を連れて立ち上がった蓮くん。

室内を見回すように。

私を見てわずかに眉を上げた。

小さくうなずく私。

蓮くんは、先生が立っていた教卓へ向かう。

そして、うっすら微笑みを湛えた表情で。

クラスメイトみんなを一人一人確かめるように。

ううん。

噛みしめるように。

ゆっくりと視線を這わす。

横山くんや恭一くん。

麻耶。

そして――

私と視線が交わると、一番の微笑みをくれた。

「みんな、おはよう。今日は俺のわがままで、先生に時間を取ってもらった。これから話すことも、俺のわがままだけど。どうしてもみんなに聞いて欲しくて。いいかな?」

「なんだよ、橘と結婚でもするのか?」

笑い声が、教室を包む。

「いいよ」

「おう、聞いてやるぜ」

クラスメイト達が声を上げる。

「みんなありがとう」

蓮くんはワイシャツの胸ポケットから便箋を取り出した。

一度落ちた視線が、伏し目がちに私を射抜いて。

その瞳に私は、「頑張れ」って口の形で伝えて微笑む。

スッと目尻が緩んだ蓮くん。

目を閉じてゆっくり息を吐きながらまっすぎ前を見た。

その眼差しはとても力強くて。

でも、優しくして。

哀しかった。

スーッと教室に差し込んで来た光が、背後の黒板をじわりと染めていく。

「僕はまだ18年しか生きていていない。

でも、その中でかけがえのないものに出逢えた。

もう結論を出すのかと、訝しがる人もいるだろう。

でもね、僕に残されている時間は、おそらくあと数年なのです」

どよめく教室。

「はい、静かに」

新塚先生が手を叩く。

波が引くように静まっていく。

蓮くんは先生に一礼をした。

「脅かしてごめん。

僕は内臓に疾患を患っていて。

難病指定にされている病に侵されています。

発覚したのは中学一の時。

完治はすることない病気で、今の医学では進行を抑制するしか対抗手段はないらしい。

今は幸いにして状態も安定しており、このように高校生活も支障なくおくれています。

これを聞いて僕が出した結論を早すぎると、軽率だという人はいないだろう……」


日曜日の昨日。

蓮くんからみんなに病気のことを話すって聞いた。

今読んでる手紙も見せてくれた。

「まっさらなまま生きたい。結衣のように俺も」

そう言って私の肩を抱き寄せて。

「そう想わせてくれたの直人と結衣なんだ」

「私?」

「結衣の真っ直ぐに物を見たり、なんにでも一生懸命だろ? それに全力で俺にぶつかってきてくれる。病気だろうが関係なく。烏丸蓮という一人の男に」

「そっかな……でも、蓮くんだって私のこと全力で大切にしてくれてるから、同じだよ」

ふって笑った蓮くん。

「結衣のそういうところ。すごいと想うよ。誰にでも出来ることじゃない。だから俺も病気のことをみんなに話して、隠すことなくありのままで、今以上に自分と結衣に向き合い立って想ったんだ」

そう言った蓮くんの瞳は澄み切った空のように。

わくわくした子供のような眩しさがあった。


「……僕のかけがえないものはいくつもある。

まずは僕を産み育ててくれた両親。

病気が発覚して引きこもった僕を、ただただ、受け止め、病気以前と変わらずに接してくれた。

子供が病気と分かって哀しまない親などいない筈なのに。

父さん。母さんありがとう。

そして、当時の先生方やクラスメイトにも、ありがとうを伝えたい。

その中で保育園の頃の付き合いの親友。

横山直人。

彼には言葉では足りないほどの感謝を送らせてください。

彼の家族にも、僕や両親は助けられました。

直人ありがとう」

横山くんは、片手を挙げて。

「一応、友達だからな」

そう言って笑った。

口角をしゅっと上げて笑みを返す蓮くん。

「当時の直人は、僕にこう言った。

蓮、病気がどうした?

当時の僕にはとどなかった。

僕の気持ちがわかるかと。

先が見えない、夢すら持てない僕の気持ちがって。

罵声を浴びせたこともあった。

今でさえ笑い話でいじられることはあるけど。

ひどいことを言ったと思う。

もう過ぎたことだと直人は言うだろうけど。

ごめんな、直人」

「許さない」

冗談交じりの言い方に。

笑いがこぼれて。

室内の空気も綻んだ。

気がした。


「それから僕には趣味がある。

写真部だから、そう写真を撮るのが唯一の趣味だ。

小学校の頃から撮り始めて。

中学の入学祝で両親が買ってくれたデジタル一眼レフカメラ。

僕の相棒だ。

塞ぎ込んだ時も家の中の物を撮っていた。

家から見える景色を撮っていた。

そしてインスタグラムに投稿して。

当時の僕の写真にコメントをくれた人たち。

全ての方々に感謝を伝えたい。

あの鬱屈した時期から救ってくれたのは。

今あげた僕に関わった全てのものや人達だから」

紙が擦れて。

次のページへ。

「ただ、僕にはどこか生きるということが。

生きるという意味が見出せなくて。

ただ自分が生きた証を写真に残す日々だった。

だって。

遅かれ早かれ死ぬのだからって。

どこかで冷めたように自身を見つめる自分がいて。

そんな時、この校舎で僕は見つけてしまった。

一緒に時を刻んでみたい。

そばで生きてみたいって想う人に。

そう僕がこころから好きな女性。

愛してると言えるのか、出来ているのか、正直分からない。

ただ、僕の中の愛の定義で構わないのであれば。

間違いなく愛している。

一目で心を奪われ、魂が吸い寄せられれていた。

そんな彼女が僕に好意を抱いてくれたなんて奇跡で夢でないかと疑った。

彼女は僕の病を知っても。

病を含めた僕を好きだと言ってくれた。

その言葉と笑顔は僕にとってどんな治療より、薬よりも。

僕に生きることの楽しさ苦しさ。嬉しさ哀しさ。

そして幸せを享受させてくれる。

ありがとう結衣。

大好きだ結衣。

一緒に今を生きてくれてありがとう」

ちらほらと拍手がわいて。

蓮くんの瞳が私を捉えて。

見つめ返したまま。

微笑みを交わす。

「お前らはお似合いだよ」

「蓮、結衣。んーー」

一人芝居をするクラスメイトが笑いを誘う。

「そして、病気のこと。驚いた人もいると思うが、同情なんかしなくていいよ。

都合がいいかもしれないが、今まで通り付き合ってくれるのなら。

それが一番の望みだから。

僕が病のことをみんなに知ってもらおうと思ったのは。

直人や結衣が示してくれた言葉や行動が理解できたから。

烏丸蓮として生きていくだけ。

ただ、それだけです」


静寂。

すすり泣く子もいた。


「それと……」

蓮くんは胸ポケットに便箋を忍ばせながら声を出す。

あれ?

もう終わりのはずじゃなかったっけ?

私はスッと背筋を伸ばした。

「わがままついでにもう一つ」

なんか良いことを思いついたいたずらっ子のように微笑んで。

人差し指を立てた。

「みんながどうかは分からいけど、このクラスは仲がいいと思うんだ」

「あったり前田のクラッカー!」

笑いが咲く。

窓から差し込む光が蓮くんの頬にかかる。

「何年後か、もしかしたら明日かもしれない訳で。俺が旅立つのは。そこでお願いしたいことがある。俺が言わなくてもみんなは気にかけてくれると想うけど」

「なんだよ」

「水臭いよ」

「俺が旅立ったら。どうか直人と結衣のそばに誰かいてあげたくれないだろうか? みんなも悲しんでくれるだろうし、辛い気持ちにもなるだろうけど。ただ、傍にいるだけでいいから。その時は頼むよ」

蓮くんは教卓に両手をついて頭を下げた。

静まり返った教室。

淡い光がゆっくり満ちていく。

蓮くんの髪や制服を包みながら。

そう。

蓮くんはもう、病気という殻の中にいない。

私に見せてくれたあの『まっさらな』自分を、今、みんなの前で晒している。

その眩しさに、私はただ、はにかんで前を見つめた。

お読み頂きありがとうございます。

感謝しています。

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