ねころぶ
蓮くんの風邪は治って普段通り。
お見舞いに行った次の日も昼ご飯を作りに行ったら。
まだ、鼻声だったけど。
玄関先で出迎えてくれた。
「結衣のお漬物のおかげだな」
って。
頭をやさしくぽんぽんって。
いつものように。
勝手にスイッチを押されてしまう。
私は出汁巻き玉子を作ってあげたら。
蓮くんのお父さんやお母さんも、
「美味しい」
って喜んでくれた。
草木とかすかな花の匂いが混じった心地良い風。
二学期も始まった、最初の週末。
私と蓮くんは、私の家の近所にある『小間井公園』にピクニックに来ている。
お揃いのコーラルピンクの白のドットシャツを着て。
こないだの学校帰り、二人で駅ビルを冷かしていた時。
ちょっと目について。
私が気に入って。
買おうとしたら。
蓮くんも、俺も買うって。
普段、暖色系の服を着ない蓮くん。
でも、あてがってみたら……
ぽーっと。
シャツの色が私を染めて。
似合うの蓮くん。
「ペアルックで出かけような」
って。
なりました。
はい。
今日の私はお揃いのシャツにベロア地のオフホワイトのミニスカート。
スリットが少し入っていて。
大人っぽく。
見えるかなって。
靴はソールが白のピンクのスニーカー。
蓮くんはジーンズにお揃いのシャツ。
黒いスニーカー。
手をつないで歩いていると。
道行く人がちらちらと私たちを見ていた。
ペアルックって珍しいのかな?
そして、ピクニックですから。
もちろん、手作りサンドイッチ。
ハムとチーズとレタス。
たまごサンドはマヨネーズたっぷり。
昨日のとんかつの余りを使ったカツサンド。
いちごとホイップたっぷりのデザートサンドイッチも。
蓮くんは、
「おいしい、おいしい」
「結衣の料理はマジで旨い」
って。
相変わらず口の端にマヨネーズ、生クリームをなんかつけちゃって。
それを拭いてあげる行為も自然な感じに。
でもね。
ちゃんと嬉しさとどきどき共存中。
「ごちそうさま」
「蓮くんは美味しそうに食べてくれるから嬉しいんだよ」
「いや、だって旨いから」
「ありがとう。ねえねえしゃぼん玉しよ」
途中のコンビニでしゃぼん玉を買ったの。
「じゃあ、結衣がしてるとこ撮ろうかな」
蓮くんはカメラを取り出した。
「うん。じゃあ、するよ」
立ち上がって。
手に持った棒の先の輪っかの部分に息を吹きかける。
勢いよく連なって生まれるしゃぼん玉。
カシャカシャ……
蓮くん連写。
ゆっくり四方に広がっていく。
透明な小さな欠片。
空の青や白。
公園の緑。
私のこころを映して。
ゆらゆらと宙を舞う。
弾けるもの。
天へと上るもの。
芝生にくっつくもの。
風に乗っていくもの。
「うん、いい感じに撮れてる」
私はそんな蓮くんに向けて。
しゃぼん連写。
「うわ。めっちゃきれいだ」
泡の中にいる蓮くんが叫ぶ。
「うん。蓮くんが水の中にいるみたいだよ」
「俺からは、結衣が星の海にいるように見えた」
それからお互いに写真を撮りあって。
もちろん一緒の写真も。
陽射しの中に時間がゆっくりと傾いていく。
蓮くんの隣にちょこんと座って。
そうしたら、蓮くんはニコって笑って。
レジャーシートに寝そべった。
私もゆっくりと横になる。
シート越しに伝わる少しごつっとした地面の感触。
湿った土の匂い。
潤った草や葉っぱの濃い緑。
夏の名残りの白さのまま。
ふわふわ形を変えながら漂流する雲が連れてくる光と影。
ぬくもりとひんやりと。
「結衣、あれはなんに見える?」
ん?
まあるい感じの雲。
なんか耳があって。
目にも見える部分がある――
「たぬき!」
「ははは、確かに」
あっ。
ふんわりした柔らかそうな雲の形。
「蓮くん、あそこに小さなハートがあるよ」
「ほんとうだ」
「じゃあ、じゃあ、あれは何に見える?」
私が指さしたまあるい雲。
「みかん」
「ふふ、蓮くんはたいがい食べ物だね」
「いや、そんなことない……ほらそこ見て」
蓮くんは私の顔の前で指をさす。
「ん?」
その指の先を目で追うと。
あっ。
ほっぺに。
すっと、宿ったぬくもり。
すぐに消えたけど――
「俺は結衣だけを見てるんだよ」
しゅわしゅわしゅわって。
弾けて何かが抜けていく私。
「も、もう、蓮くん」
私は横を向いて。
蓮くんのほっぺに手を添えた。
「私もだよ」
「知ってる」
蓮くんの手が私の頬をなでる。
それだけで。
いつもの。
きゅるんドキンほっとセットが私に届く。
そっと瞼を閉じる。
蓮くんの動く気配がして
息が顔にかかって。
重なるやわらいぬくもり。
そっと離れて。
ゆっくり目を開ける。
「好きだよ結衣」
「うん。好きだよ蓮くん」
見つめ合って。
肩を揺らして微笑み合って。
蓮くんは天を仰いだ。
私も空を見る。
「こういうデートもいいな」
「うん。そうだね?」
そうだ。
あの日、見上げた空は愛媛と東京だった。
今日は同じ空。
ううん。
蓮くんと一緒の時は同じ景色を見てるんだけどね。
「なんかにぎやかだね空」
「ああ、俺たちみたいだな」
次から次へと、日なたと日陰を運んでくる。
「うん。雲がパレードしてるみたい」
「確かに」
子供たちのはしゃぎ声。
鳥のさえずり。
枝葉がすれる音。
蓮くんの息づかいと手のぬくもり。
「結衣、自分が動いてるように見えない?」
「ん?」
「じっとして、空見ててみ」
うん。
――あっ。
錯覚だ。
確かに私が動いている。
でも。
手はつないでいるから。
私と蓮くんが動いているんだ。
ん?
一瞬。
握っている蓮くんの手の力が抜けた気がした。
すぐ横を見ると。
蓮くんのまぶたが、閉じようとして。
ぴくっとして開く。
「眠いの蓮くん?」
「ん? ああ、ちょっとだけ」
確かに眠りを誘う陽気。
よし。
私は体を起こして。
スカートの裾を直して。
ちょんと正座する。
「蓮くん、膝枕してあげる」
「ん?」
肘をついて上体だけ起こした蓮くんに腿を叩いて見せる。
「いや、いいよ」
「いいの。してみたいの」
「え?」
「ほら、早く」
蓮くんは、ゆっくりと私の腿の上に横向きに頭を乗せた。
想ったよりも嬉しい重さ。
「結衣、大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
私は蓮くんの頭をやさしく撫でる。
「やばい。なんか照れる」
「えへ?」
「嬉しいけど、めっちゃドキドキする」
「かわいい。よしよし」
また頭を撫でてあげる私。
「あっ、そうだ。今度耳掃除してあげる。こうやって」
「え?」
「なんか、お父さんとお母さんがね。私が小さい頃やってたんだ。私もやってみたい」
「ああ、まあいいけど」
「そうしたら、私の耳掃除は蓮くんがして。私もその膝枕して欲しいかなって」
「ああ、それはいいけど、人の耳ってみたことないからな」
「蓮くんなら優しくしてくれるでしょ?」
「え?」
私を見上げようとする蓮くん。
上からのぞき込んだら、毛先が蓮くんの顔にかかってくすぐったそうに払いのける。
閃いた私。
毛先をつまんで。
蓮くんの耳を――
こしょこしょ。
「あっ」
って。
首をすくめて。
咄嗟に耳を覆う蓮くん。
「結衣!?」
「ごめんなさい」
むくっと体を起こした蓮くん。
「もう起きちゃうの」
「くすぐったい」
白い歯を見せる蓮くん。
私は足を崩そうとした時。
「……っ!」
ピン!
て。
ふくらはぎに痛みが。
蓮くんシャツにしがみついて顔をしかめる。
「結衣。どうした?」
「あ、足つった……」
「仰向けになれる?」
「はい」
張ったままの右足。
ピン!
ってなりながら。
ゆっくり仰向けになる。
「ちょっと触るよ、これ持っといて」
蓮くんはハンドタオルを私の顔の前に。
手にした私は変な汗が出る顔にかける。
「結衣そこじゃなくて?」
「ん?」
「あ、あのさ、スカートめくれちゃうから……」
あっ。
って。
動こうとしたら。
「……っつ!」
痛みが走る私はスカートの裾を伸ばして。
その先にタオルを置いた。
「じゃあ、触るよ」
「はい」
足首を片手で持ち上げ、もう片方の手でつま先をグッと手前に押し込む蓮くん。
顔も歯も。
握りしめた手も。
食いしばってこらえる私。
少しして――
「どう?」
足首を動かして。
ゆっくり膝を動かして。
「うん。大丈夫。ありがとう」
私は、そっと起き上がる。
蓮くんはニヤニヤしている。
首を傾げる私。
「なんか、結衣はほっとけない。そういうとこもかわいい」
「も、もう……」
「でも、痛み我慢してる結衣、ラッコみたいだった」
「えー。なにそれ」
「やっぱり、水族館に居そうだって思ったわ」
「もお!」
膨れる私。
同じように膨れる蓮くん。
シャツも風に膨らんで。
一緒に吹き出して。
笑う蓮くんの瞳の中に映る私も笑う。
ほがらかな風に声を乗せて。
お読み頂きありがとうございます。
感謝しています。




