てあて。
ジャーで作ったおかゆをよそって。
タッパからお漬物を小皿に移して。
梅干しと……
それから、あったかいほうじ茶を入れた急須と湯呑茶碗。
お水のペットボトル。
替えのアイスノン。
あとは……
みかんを剥いてあげようかな。
よし。
私はトレーを持ってキッチンを後にする。
足元に気を付けて、二階へと向かう。
階段に飾られている写真に目をやりながら。
コンコン。
「どうぞ」
弱々しい蓮くんの声。
「お邪魔します」
明るい声で扉を開ける。
ん?
エアコンは効いてるけど。
汗や埃の匂いがする。
ご飯作る前に換気したんだけどな。
「お待たせ、蓮くん」
私は部屋の真ん中のテーブルにトレーを置く。
「ああ、ありがとう悪いな結衣」
ベッドの上の蓮くんは掠れ声。
「え? いいよ。言ったでしょ? 覚えてないの?」
私はカーテンを避けて、窓を数センチだけ開ける。
むわっとした外気が頬を撫でた。
「いや、覚えてるよ、俺が風邪ひいたらおかゆ作りに来るって」
「そうだよ。どう? 起きれる?」
「ああ……」
動作が緩慢。
だるそうだな。
布団をはいで、ゆっくりと起き上がった蓮くんは、ベッドサイドに腰掛けた。
顔も赤い。
私は枕元のアイスノンを交換してタオルで巻く。
そして、そっと蓮くんの隣に座る。
「熱は?」
「……さっき計ったら37.8℃だった」
私は蓮くんのおでこと私のおでこの温度を比べる。
かなり熱い。
とろんとした目。
蓮くんの頭をそっと撫でる。
「よしよし、しんどいね」
「悪いな、結衣」
「ご飯食べれそう?」
「ああ、せっかく結衣が作ってくれたんだから、食べなきゃばちが当たる」
「もう、そんなことない。水分は?」
「飲んでるよ」
ベッドサイドのペットボトルは空になってる。
蓮くんは滑り落ちるように床に降りると、のそのそとテーブルの前に座る。
素手でお漬物のきゅうりをぱくり。
ぽりぽりといい音を出している。
「うん。旨い」
私を見てふんわり微笑む蓮くん。
「へへ、ありがと」
口を結んでほうじ茶を湯呑に注ぐ私。
「体にいいんだってほうじ茶」
「そっか」
蓮くんはフーフー息を吹きかけて、おかゆに口をつけた。
「うん、おかゆも旨い」
「もう、蓮くんったら」
私は蓮くんの肩にブランケットをかける。
「ありがとう」
「いいよ、お礼なんて」
レンゲを持った蓮くんはおかゆをフーフーしながらぱくり。
そんな姿がかわいくて。
愛おしいの。
「食べさせてあげようか? しんどそう」
「ああ、大丈夫。でも結衣にうつすかも」
「私は大丈夫だよ。代われるなら代わってあげたい」
「馬鹿言うな、気持ちは嬉しいけど……」
コンコンって咳をする蓮くん。
私は背中をそっとさする。
汗かいてる。
いつも大きくて力強く感じる背中が熱くて――
吸い取ってあげたいって想っちゃう。
ゆっくり食べてるからかな。
今日は口の端に食べこぼしがないの。
「お漬物、本当に結衣のが一番旨い」
「ありがとう、こんな時にいいのに」
「いや、伝えることって大事だろ? 伝えたい時に伝えられるなら俺は言うし、結衣だってきっとそうする」
「そうだね。ありがとう蓮くん」
ぼんやりと笑う蓮くん。
私は蓮くんが食べてる間にみかんを剥く。
一瞬、一瞬はもう戻らない。
その瞬間に感じたことを写真におさめてきた蓮くんの言葉だから。
病気のことを知って。
私も今を、一瞬を大切にしたいって想えてるから。
想いを言葉や行動で伝えることの大事なことも。
時間をかけてちゃんと食べてくれた蓮くんに。
「蓮くん口開けて、あーん」
「え? ああ」
みかんを口に入れてあげる。
「甘い……」
「ふふ、はい、あーん」
早く良くなあっれって。
想いを込めて作ったし。
このみかんにも想いを込める。
「ごちそうさま」
「すごい、完食だ。ああ、そうだ。蓮くん着替えはどこ?」
「え?」
「汗かいてるでしょ? 着替えなきゃ」
「あ、そこの引き出しにあるけど、俺がやるから」
「もう、いいの」
立ち上がろうとする蓮くんを制して、私はチェストの引き出しを下から開ける。
エアコン入れてるし。
暖かめのがいいのかな?
汗かいた方がいいってお母さん言ってたし。
少し生地が厚いスウェットを取り出した。
それから引き出しを順に見ていって。
肌着も長袖がいいかな。
あっ。
下着が目に飛び込んできた。
ぽっと。
私が熱を出す。
で、でも、着替えるよね。
とりあえず。
そっと手を伸ばして一番上の物を取った。
小さく息を吐いて振り返る。
「蓮くん着替え手伝おうか?」
「え? いや着替えくらいできるよ」
「じゃあ、これに着替えて」
「いま?」
「うん。食器下げるのと一緒に洗濯機に入れてくるから」
「じゃあ、ちょっと部屋から出てくれよ」
「どうして?」
「どうしてって、着替えるから」
小首をかしげる私。
頭をかきながら、私を見つめる蓮くん。
下着を見せて半笑い。
あっ。
「ごめん。じゃあ、着替え終わったら呼んで」
そそくさと部屋を出て。
「あ、ちゃんと汗拭くんだよ」
振り返る。
蓮くんはうなずきながら、力なく親指を立てて見せた。
そっと扉を閉めて寄りかかる。
こんな時でもドキドキしちゃう私って。
苦笑いひとつこぼして息を吸う。
――しばらくして。
「結衣、いいよ」
「はあい」
扉を開けると、スーッと冷気に混ざった暖かい空気が流れていった。
蓮くんが脱いだ服は、きちんと床に畳まれていた。
「じゃあ、少し横になる」
ベッドに腰掛けていた蓮くんは、もぞもぞと布団に潜り込む。
「うん。あ、お薬飲んだの?」
窓を閉め、カーテンを敷く。
「うん、飲んだ」
布団から顔だけ出して私を見る蓮くん。
私は枕元に近づいてしゃがみこんだ。
「結衣、ありがとう。それからごめんな、今日本当はデートだったのに」
「ううん、いいよ。これだってデートだよ」
蓮くんのおでこをつついた。
薄っすら笑う蓮くん。
「今日は早く帰れよ、俺送っていけないし」
「大丈夫だよ。少しでも一緒にいたいし。心配してくれるのはありがたいけど子供じゃないし」
「いや、言うこと聞いてくれ、せめて明るいうちに帰るとか」
「もう、蓮くんは心配症だな」
「悪いか、俺はそれだけ結衣のことが好きなんだよ大事なんだよ」
そう言って私に背を向けて咳込んだ蓮くん。
「ごめん、言うとおりにするから」
その背中をさする。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
向き直った蓮くんの瞳は優しいけど、どんよりしている。
そっと掛け布団の合間から出て来た蓮くんの手。
私は両手で包み込む。
熱いな。
「わがままでごめん」
掠れた声。
「ううん。そんなことない」
「俺の病気のことを棚に上げて都合がいいよな。結衣のが怖いだろうに……」
「蓮くん。そんなこと言わないよ。ダメだよ弱気は、ちゃんと言うこと聞く。心配かけないから。そんなこと言わないでね」
「ごめん、すまない、本当にごめん」
「うん。今度言ったら、もう言うこと聞かないよ」
膨れて見せる私。
「分かった。約束する」
弱々しく熱い指先が私のほっぺをつつく。
「うん。じゃあ、洗い物して、お洗濯して、お母さんが戻ってきたら、帰るよ」
「ああ、本当に……」
私は蓮くんの頬を両手で挟んで、唇を重ねた。
熱い。
私が吸い取ってあげる。
蓮くんが、私の手をはがそうとして止めた。
それだけだるいんだと想う。
ゆっくり唇を離す。
「おい、結衣にうつったらって……」
「うつして治して」
「結衣……」
「キスって免疫力上がるんだってよ」
うっすら目が潤う蓮くん。
「あっ、熱を冷ますシート買ってきたの、貼ってあげるから」
バッグの中から取り出したシートを蓮くんのおでこに貼り付ける。
「ああ、気持ちいいな」
ベッドに少し蓮くんの体が沈んだ。
「明日も来てもいい? バイト休みだからお昼作ってあげる」
「ああ、分かった。母さんに言っといてくれる?」
「うん。じゃあ、帰る時に寄るね」
「ああ」
私が立ち上がると、今日一番の優しい笑みを浮かべてくれた。
「その、デニムのワンピース似合ってる。結衣、足きれいだからミニも似合うよ」
「もう、ありがとう。今度のデートの時にまた着てあげるからね」
「ああ、一緒に歩きたい」
「うん、分かった」
洗濯物を脇に挟んで、トレーを持つ。
「またね」
扉の前で手を振る。
片手を挙げてくれた蓮くん。
そっと扉を閉めて。
大きく息を吐いた。
――熱が合併症を引き起こすこともある。
ふいによぎった蓮くんの言葉。
私は階段を下りて、リビングにトレーを置いた。
そして洗面所に向かう。
洗濯物を洗濯機に入れて。
洗剤を入れる。
蓋を閉めて。
ボタンを押す。
ジャー……
洗濯機に水が注がれる。
トコトコとリビングに戻って。
トレーを持ってキッチンに。
シンクに食器を置いて。
スポンジに洗剤をかける。
レバーを上げて。
シャー……
水が流れる。
器を持ってスポンジで洗う。
大丈夫だよね。
大丈夫。
ずっと、そばにいたいよ。
蓮くん、しんどいのに。
出来ることしたいよ。
そうでしょ?
好きだから――
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