しるし
今日は私の家でお家デートです。
お出掛けでもよかったけど。
蓮くんに料理を振る舞ってあげたくて。
昨日から部屋を掃除して。
お布団も干して。
リビングやトイレも掃除した。
その様子を見ていたお母さんは、
「彼に毎日来てもらおうかしら」
だって。
毎日来てくれるのは嬉しいけど……
一緒に……
妄想大魔王が出てきそうだったから。
首を振って。
必死に封じ込めた。
そんな朝から落ち着かない私を、両親はなんだか楽しそうに見ていた。
平日だから、お父さんもお母さんも。
お仕事なの。
ということは二人ぼっちなんです。
「今日は父さんと母さん、夕食食べて帰ってくるから」
ってお父さん。
「蓮くんにご飯作ってあげるんでしょ?」
ってお母さん。
久々にウキウキなお母さん。
気を使ってくれたのか。
でも、たまにはお父さんとお母さんに、二人だけの時間もいいよねって。
想ったりもした。
両親を見送ってシャワーを浴びて。
かわいさも準備した。
それから、身支度を整える。
お家だからって手を抜いた訳じゃないけど。
髪は三つ編みおさげ髪。
メイクは控えめにリップだけ。
服は、ペールピンクのフレアミニスカート。
オフホワイトのサマーコットンニット。
粗い網目で中のキャミが見える感じ。
それに萌え袖なの。
ちょっと。
勇気を出して。
期待してもいいよね。
女の子でも。
灰汁出ちゃったかな。
でもさ。
後悔したくないの。
今を大事にしたいから。
いけない子かな。
そんなことないよね。
蓮くん――
スマホの待ち受け。
蓮くんの誕生日に二人で撮った写真を見てはにやけてる。
相変わらずな私。
約束は家に11時。
あと10分。
待ちきれなくて玄関の前で座って待機中の私。
なぜか正座。
手にはスマホ。
蓮くんに駅まで迎えに行くよって言ったら。
珍しく断られた。
「子供じゃないから一人で行ける」
って。
そりゃあ、何度も送ってくれてるし。
何回か来てるから分かると思うけど。
「少しでも一緒にいたいじゃん」
って、言ったら。
「そうだよ。そんなの当たり前だろ」
だって。
じゃあ、なんで迎えに行かなくていいのかが分からない。
お昼は蓮くんが『ムック』を買ってきてくれる。
なんか修学旅行の時の座禅を想い出す。
あの時は胡坐だったけど。
考えてることは一緒。
蓮くんのことです。
早く来ないかな。
ピコン。
スマホの画面にメッセージ到着。
『着いたよ』
ピンポーン。
来た!
途端に鼓動が跳ねだす。
ぴょんと立ち上がったら。
しびれた足に力が入らなくて。
「わっ!」
コケる。
ドン。
鈍い音。
膝をさすり壁に手をつきながら立ち上がる。
壁伝いに歩いて。
サンダルを履いて。
ガチャ。
玄関を開ける。
「おはよう」
扉の向こう。
逆光でまばゆい蓮くん。
ほんのり『ムック』の匂い。
「お、おはよ」
「どうした? なんか音がしたけど?」
「あ、うん、ちょっと転んだ。へへ」
「どうして? 家の中で? 大丈夫?」
「うん。どうぞ」
蓮くんはニヤニヤしながら靴を脱ぐ。
ジーンズにネイビーのポロシャツ。
ラフな格好だけど。
かっこいいの。
私の彼氏。
ガチャ。
玄関の鍵を閉めて。
鼓動がまくし立てるのは私だけ?
「結衣、これ差し入れ」
「え? なになに」
蓮くんの掲げたビニール袋には『ビスケットの中』というケーキ屋さんの名前。
「結衣、ここのケーキ好きだって言ってたろ?」
「うわ、ありがとう! わざわざ北万住まで行ってくれたの?」
「まあ、ぎりぎりだったけど、約束の時間」
そうだったんだ。
だから迎えに来なくていいって。
もう。
溶けちゃうよ。
「お、おい」
蓮くんに抱きついていた私。
少し汗ばんだ肌にドキッとして。
蓮くんの、お家の匂いにホッとする。
このままでいたいなって。
このまま――
熱くなる全身。
ポンポンってされる私の頭。
お腹がきゅうって。
顔を上げたら。
顎を引いた蓮くん。
「ケーキ溶けるから」
少し掠れた声で。
照れてるのかな。
私と一緒なのかな。
私は溶けそうなんだよ。
もう。
でも。
仕方がないから離れてあげる。
「じゃあ、おやつに食べよ」
「ああ、クッキーも買ったし、ケーキは二個ずつな」
「うわ。うれしいけど太るかも」
咄嗟にお腹を押さえる私。
「いいじゃん。こういうこと言っていいのか分からないけど、太ってようが痩せてようが、結衣が好きなのに変わりはない。そのなんだろう。女性だから気にしてくれるのは嬉しいけどさ、今日は食べよう」
ふーん。
なんか蓮くん、こんなこと言ってくれるんだね。
そうだよ。
蓮くんのためにかわいいって想ってくれる私でいたいもん。
でもさ、嬉しいよ。
ちゃんと伝えてくれて。
どんな私でも好きは変わらないって。
蓮くん。
今日の私はかわいいだけですか?
ダメダメ。
小さく息を吐く。
「うん。そうだ。今日はさ、夕食食べてってよ」
「え?」
「私がケーキのお返しに蓮くんの好物作る」
「え? なに?」
「フフン。内緒だよ」
「わかった。じゃあ、楽しみにしとく」
そんな会話をしながらリビングに。
私はケーキの箱を冷蔵庫にしまう。
「じゃあ、先ここでご飯食べる?」
「そうだな、そうしよう」
テーブルに並ぶ私たちの憩いの場のいつものお供たち。
「じゃあ、今日は久しぶりに結衣のお父さんに会えるね」
「あ? うん、お父さんとお母さん夕食食べてくるって」
蓮くんの隣にちょこんと腰掛けた。
「そう、なんだ」
「うん。だから、二人きりだよ……」
火を噴いている顔。
スカートの端を両手で摘まんだ。
浅く早い呼吸。
「そ、そっか……」
チラッと横目で見た蓮くんは。
額に当てた手を、ゆっくりと下げて口を覆った。
喉仏が上下する。
「うん……」
唇に目が移って。
「と、とりあえず冷めない内西食べよう」
ひゅって、こっちを向いた蓮くん。
「そ、そうだね」
絡む視線に音が消えて。
ぽっと。
ほっぺが染まって。
ぐ~。
って、鳴る私のお腹。
両手でお腹を押さえると。
蓮くんは、そっと私のポンポンスイッチを押しながら。
「結衣のポテトLサイズにした」
ふわりと目尻を下げる。
「もう」
微笑み合って。
二人だけの時間が始まる――
しゃかしゃか……
ボウルの中の卵を菜箸でかき混ぜている。
よし。
出汁巻き玉子の準備はオーケー。
ほんのりと醤油や味噌の匂いに包まれたキッチン。
何回も練習しただけあっていい調子。
「ふー」
小さく息をつく。
少しだるさが残る体。
でも、とてもとても満たされている。
ニットをつまんで胸元を覗く。
印が残っている。
シャワーを浴びた時に気づいたの。
コンロの上の二つの鍋がことこと。
灰汁も取ったし。
「結衣のご両親の音楽コレクションすごいな」
蓮くんはリビングでCⅮを物色しては音楽をかけている。
今流れてるのは、チャゲ&飛鳥の『LOVE SONG』。
「うん、おかげで私は詳しくなったけど。でもいいよね。親子で音楽とか楽しめるから」
冷蔵庫から取り出したポテサラをお皿に盛りつけて。
――よし。
鶏大根の鍋の蓋を開けて、立ちのぼった湯気の中にほんのり甘い香り。
そこに、みりんとハチミツをサラッと足して。
蓋をして、弱火で仕上げ。
そして、出汁巻き玉子を作る。
おいしくなあれって。
愛情も忘れないよ。
作業している間も。
蓮くんに触れられた体が悲鳴を上げているの。
幸せって。
幸せ過ぎますって。
たぶん宇宙で一番幸せ者かも。
まだ、そわそわするお腹をそっと撫でる。
ずっとほっぺが壊れっぱなしの私。
さあ。
出汁巻き玉子を小皿に。
鶏大根を器によそって。
ポテサラのお皿とトレーに載せて。
テーブルに運ぶ。
「おっ! いい匂い」
ソファに座っていた蓮くんが立ち上がる。
「あ、蓮くん。冷蔵庫からお漬物と麦茶取ってくれる?」
「わかった」
私は、具沢山の豚汁とご飯をよそる。
へへ。
ご飯は枝豆と一緒に炊いたんだ。
お揃いの夫婦茶碗。
それから、色違いのお箸。
トレーに載せて。
蓮くんは麦茶を注いでくれていた。
「結衣すごいな。すごい旨そう。俺の好物覚えてたんだって。全部そうだし」
「へへ。まあね。好きな人のことだからちゃんと覚えてるよ」
豚汁、豆ご飯、お箸をテーブルに並べる。
「ありがとう、結衣。俺のために色んなこと、幸せだよ俺」
「私もだよ、蓮くん。幸せです」
トレーを抱える私。
蓮くんは近寄ってきて。
私の肩を掴んだ。
「俺も結衣のために何かしたい」
「え? してくれてるよたくさん」
「そっか?」
「写真撮ってくれてるでしょ? 今日だってケーキとクッキー買ってきてくれたじゃん。それに、いつも家まで送ってくれるでしょ?」
「でも、なんか足りない気がする」
「ううん。そんなことない。お料理は私がずっとしたかったことだし。そういう風に想ってくれてるだけで大切に想ってくれてるって分かるから」
それに、優しく私を――
「そっか」
私は、うつむいた蓮くんの鼻をそっとつまんだ。
目をまんまるにして。
私の鼻をつまみ返してきた蓮くん。
包み込む微笑み。
「ね? 食べよ。お腹空いたでしょ?」
「ああ、そうだな」
トレーをカウンターに置いて。
並んで椅子に腰掛ける。
目と目が合って。
「いただきます」
揃う声。
箸を持ちながら。
なにから食べるのかなって見てたら。
豚汁をすすって。
「あー、旨い!」
とろける私のほっぺ。
里芋、ごぼうをもぐもぐして。
豆ご飯を頬張って。
「旨いな、塩気がちょうどいい」
「ありがと」
いよいよ鶏大根。
お肉にかぶりついて。
あっ。
またついてる、口の端。
「もう、蓮くん、拭いてあげる」
「え? またついてる?」
「うん。いつもでしょ?」
「まあ、そうだな」
そっとティッシュで拭う唇。
私に印を残してくれた。
柔らかくて。
あったかい。
「ありがとう」
そう言って蓮くんは出汁巻きをパクリ。
もぐもぐ。
「結衣さ、結衣のお母さんより料理上手いんじゃないか?」
「え? ほんと?」
「出汁巻き、結衣の味のが好み。うちの母さんにも教えてあげて欲しい」
「そんなに?」
「ああ、なんか香ばしい匂いと、味が濃い気がする。これだけでご飯三杯いける」
「ほんと? ハハハ、うれしい」
モグモグしながら笑う私を見てる蓮くん。
出汁巻きにねごま油とはちみつをちょっぴり入れたんだ。
頑張って作って。
こんなに美味しそうに食べてくれて。
また、作ってあげたい色んなもの。
「結衣も食べな、すっげー旨いから」
「うん!」
こんな未来が少しでも長く続いたらって。
芽吹いた想い。
かき消すように。
豆ご飯を頬張った。
「おいしい!」
「だろ?」
交わる視線に。
生まれる笑顔。
「あっ、蓮くんまたついてる」
「ははは、まじか……」
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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