勿体
コーヒーの香りが潤う店内。
今日は店長の奥さんと私。
常連さんも私を覚えてくれ始めて。
モーニングのけたたましさも、楽しくなってきた。
常連さんは大体オーダーする物が決まっているから。
いつものでいいですか?
って、確認だけするの。
でもね、
「結衣ちゃんがいるから」
って。
何か一つ注文してくれるお客さんもいるの。
店長はご機嫌で。
私と風夏さんに毎日いて欲しいみたい。
まだ、料理はさせてもらえないけど。
オーダーも取れるし。
洗い物や掃除は慣れてきた。
モーニングのお客さん達がはけて。
店長の樫村さんがホットサンド作ってって頼んできたの。
よしって気合を入れて、腕をまくって手を洗う。
手順はしっかり張り出してくれているし。
キャベツの千切りは冷蔵庫にストックがある。
まだまだお料理初心者の私でもイケる。
フライパンでベーコンをこんがり焦げ目をつけて焼く。
パンの耳を切り落として。
このパンの耳の行方。
私たちの胃袋なの。
バターで炒めてお砂糖をまぶした。
「パンの耳ラスク」
にするの。
いっつも持って帰る。
パンにマスタードとマヨネーズをたっぷり。
キャベツを盛って。
ベーコンとスライスチーズをのせて。
パンで挟んで。
ちょっとよだれが出てくる。
ホットサンドメーカーにパンを入れて。
タイマーをセット。
よし!!
あとはチンで出来上がり。
両手をぱんぱんとはたく。
「結衣ちゃんだいぶ慣れたの」
「ああ、おじいちゃんのホットサンドだから、丁寧に作ったよ」
「そうかい、そうかい」
目尻にしわをたくさん浮かべて笑うのは、町内の長老の葛西さん。
「おじいちゃんは、ほぼ毎日ここのホットサンド食べに来てるの?」
「そうじゃな、週に四回は来てるな。一人暮らしは料理が億劫だからね」
「そっか」
「ここに来れば、少しはマシな料理にありつける」
「葛西さん、そりゃあないだろ」
店長がコーヒーを入れながら笑う。
「自分で作るよりはるかにましだということじゃ」
「まあ、口は達者だ」
コーヒーを出した店長はバックヤードへ下がっていった。
「あいつのコーヒーだけは旨いけどな」
葛西さんは小声でニコって笑った。
ん?
焦げ臭い。
え?
ホットサンドメーカーのタイマーを間違えた!
慌てて止めて。
開けて見ると。
少し焦げちゃった。
ガクッと肩を落とす私。
「おじいちゃんごめん。作り直すから待ってって」
「ん? どうして? 焦げたくらいかまわんよ」
「ああ、でも、決まりで出せないの」
「おーい! かし!」
葛西さんは店長を呼んだ。
「なんだよ、今仕込みしてるんだ」
店長はお皿の上のホットサンドに視線を落とす。
「店長ごめんなさい」
「ああ、まあ仕方ないよ作り直して」
「いやいや、かし。このままでいい」
「いや……」
「客がいいって言ってるんだ。こんな焦げくらいいいじゃないか香ばしくて旨い」
「まあ、あんたが言うなら。本来は出さない、というか出せない。うるさい客も多いからな。焦げ目は体に悪いだの、見た目がどうのって」
「ぜいたくな悩みだな。ありがたみもない」
「まあ、そう言うなよ、客商売だ」
店長が顎をしゃくるのを見て。
私は焦げたホットサンドをお皿にのせて。
葛西さんの前に、そーっと置いた。
葛西さんは、私を見て微笑んで。
焦げたホットサンドを両手で持ってぱくり。
「ふむ。結衣ちゃん、カリカリで旨い」
「あ、ありがとうおじいちゃん」
「いや、久しぶりに焦げ目の旨さを味わえた。懐かしいよ。今でこそ便利な器具があるから楽だけどな、昔は目玉焼きなんかよく焦げ目がついたもんだよ」
「まあ、そうだな、それがそれで旨かった」
「確かに体に良くないかもしれんが限度があるし、勿体ないじゃろ。せっかく色んな人の手を経て、人様に食べてもらうために生まれてきて、食べてやらなかったら生まれた意味がないじゃろ。ほれ、こうやって今、おじいちゃんの胃袋の中」
お腹を指さして、ニコって笑う葛西さん。
失敗したのに。
怒りもしないで。
楽しんでいるようにも見える。
それに、今の話だって。
「勿体ないって生まれた意味と関係あるの?」
「うんうん。勿体とは物そのもの、コップにしろ、このパンにしろ。人間でも。その役割、役目がある。それを全うさせてあげないことが勿体ないということだな」
「役割? 役目?」
「うん。コップなら。飲み物を入れる容器が勿体ってことだな。パンなら美味しく食べてあげることが勿体。まあ賞味期限切れで破棄されてしまうのは、まさに勿体が立っていないから勿体ないだな」
「ああ、なるほど。じゃあ、おじいちゃん人間は?」
「ほほう。結衣ちゃんもそんなことに興味を持つのかい?」
「え? あ、はい」
「うんうん。人間の勿体は生き切るということじゃな」
「生き切る?」
「一瞬、一瞬を精一杯な」
「そう、なんだ」
「ああ、確かに生物である以上種を残すということもあるかもしれんが、結局は伴侶と出逢うのも、生き切っていれば自ずと現れる。現れないと言ってる輩は人を見ていないんじゃな。価値観という色眼鏡で見ているからじゃ」
なんか難しいけど。
なんか分からないけど。
こころに届く話。
「結衣ちゃん。ホットサンド旨かったよ」
葛西さんは焦げたホットサンドをぺろりとたいらげていた。
「ありがとうございます。ホットサンドの勿体はおじいちゃんが助けてくれたんだね」
「まあ、そうとも言うかもしれないな。結衣ちゃん、難しく考える必要はない。そのままで、息を抜きながら、生きればいい」
「はい」
人差し指を突き立てた葛西さん。
「かし、おまえの店は、素直な子ばかり来るな。おまえがひねくれてるからだろうな?」
「うるせーな。もう、食ったんだろ? コーヒー飲んで帰りやがれ」
「ははは」
葛西さんは、私に向かって舌を出すと、コーヒーをゴクゴク。
「いやあ、旨かった、ごちそうさん」
片手を挙げて席を立つ葛西さん。
「ありがとうございました」
頭を下げる私に、
「おうおう、またね、結衣ちゃん」
仏様みたいな顔で手振ってくれた。
――生き切る。
一瞬、一瞬をか。
蓮くんがまさにそう。
私もそうしたいって想ってる。
一緒にいられる今を一生懸命。
後悔しないように。
毎日とはいかないけど。
会える時は会っている。
くしゅってなるこころ。
じんじんする体。
無性に蓮くんに会いたくなってきた。
今度のお休み。
デートしたいな。
会いたい。
触れたい。
声聞きたい。
キスして抱きしめて欲しい。
また――
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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