浴衣デート。踊る食べる撮る。
終点の帝釈寺に着く頃にはバスは満腹状態だった。
外は藍色の空。
すっかり夜。
外に出た途端。
ドドン、ドドン……
太鼓の音が風に乗ってきた。
気持ち涼しい風。
うなじと裾の辺りがスースーする。
立ち並ぶ鮮やかな出店から。
焼けるソースや香ばしい匂いがあたりを包んでいた。
吸いついた右手。
そして、触れ合う腕。
人混みだからくっつくでしょ。
そうしたらもう、腕もね。
くっつくの肌と肌が。
お互いじんわり汗かいてるから。
纏わりつくようにくっつくの。
「じゃあ、まず腹ごしらえしてからだな」
「はい」
「たこ焼き以外はどうする?」
「あ、りんご飴がいいな」
「じゃあ、そこに、たこ焼きあるから先買ってから探そうか」
「うん」
蓮くんが人混みを上手に。
私を守るようにエスコートしてくれるの。
それだけで。
大切にしてくれてるって想えるから。
頬が緩みっぱなしの私。
参道脇のベンチを見つけて、たこ焼きをもぐもぐ。
蓮くんはちゃんと口の端にソースをつけてくれて。
私が拭いてあげるの。
もう、自然な感じだよ。
お互いにちゃんと照れてるけどね。
それから、私のりんご飴と蓮くんのきゅうりの一本漬を買って。
いざ境内へ。
楼門をくぐった途端に。
ドンドンドン。
カラッカッカ。
ドドンドドン……
『大東京音読』の歌声と太鼓の音が一段と大きく耳に届く。
蓮くんはカメラのセッティングをするからって。
つないだ手は離れちゃったけど。
私はりんご飴をパクリ。
「結衣」
優しい響きに振り返る私。
カシャカシャ……
蓮くん連写。
「あっ。今撮ったの?」
「まあね。いい感じに撮れたよ。りんご飴をパクってしていてるとこ」
「もう」
ちょっと膨れて見せるけど。
私を。
私だけを見て、撮ってくれてるの知ってるから。
だって。
かわいいって想って撮ってくれてるの知ってるから。
「よし、じゃあさ結衣。俺のこと撮ってよ」
「え?」
蓮くんは私にカメラのストラップを首に掛けた。
「シャッターボタン押せばいいから」
なんか嬉しそうな蓮くん。
りんご飴片手にカメラを構えると。
蓮くんはきゅうりに刺さっていた割り箸を抜いて。
「じゃあ、食べてるとこ撮って」
「うん」
「いくよ、奥義、きゅうりの早食い!」
素手で持ったきゅうりにかぶりつく。
私はシャッターボタンを押す。
ぽりぽりとこぎみいい音を出しながら。
一気に半分まで食べた蓮くん。
「ハハハ」
食べ方が面白くて。
笑いが込み上げる。
「ちょっと何やってんの蓮くん」
「いや、この食べ方が旨いんだよ」
「もう、ちょっとカメラ持って」
口の周りがびちゃびちゃなの。
「じっとしてて」
そっとウエットティッシュで拭いてあげる。
唇に目が行って。
指先から伝わるぬくもりに。
きゅるるってなりながら。
「ありがとう」
「子供みたいでかわいい」
「いいだろ。結衣の前だけだから」
そう言って歩き出す蓮くん。
こころの奥で漏れる吐息。
ダメだ。
もうどうしてくれるの?
この気持ち?
おちょぼ口でりんご飴に八つ当たり。
「よく撮れてる。結衣、やっぱり写真撮るの上手だよ」
ちょんちょんと下駄を鳴らして。
近づく私。
「それだけ?」
「ん?」
私を見て首を傾げる蓮くん。
袖を握った手を胸元に添えて。
じっと見つめ返してみる。
ドン、ドン、ドン……
蓮くんはゆっくり目尻を下げて。
唇にあったかい感触を残してくれた。
ほんのわずかなぬくもりだけど。
太鼓の音よりはるかに早い鼓動が駆け巡っていった。
「結衣、踊り教えて」
「うん」
盆踊りのキスは少しだけしょっぱい味。
今、流れてるのは『葛飾音頭』ちょっと初心者の蓮くんには難しいかも。
かく言う私もちょっと忘れてる。
けど、振りを見たら踊れるよ。
「東京音頭がかかったら輪に入ろ」
「ああ、わかった」
首を左右に倒して、伸びをする蓮くん。
やる気満々。
そんな姿一つでにこにこ大魔王な私。
「じゃあ、結衣踊ってよ、写真撮る」
「へ?」
「ほら、早く」
「ちょ、ちょっと……」
蓮くんは私の両肩を押しながら、踊る人に会釈をして私を列に押し込んだ。
えーと。
前の人を見て動きを合わせる。
お父さんが言ってたけど、体で覚えたものは忘れないって。
ダンスもそうだけど。
不思議と足が運べて。
手も滑らかに伸びる。
カシャカシャ……
もう。
蓮くんったら。
かわいく撮れてますか?
俄然、しっかり踊りたくなってくる私。
でもすぐに終わっちゃって。
少し汗ばむ体。
『タッタ、タッタ、ター。
タッタラッタ、ラッタ、ラッタ。
タッタラッタ、ラッタ、ラッタ……』
ドドン、ドドン。
カラッカッカ……
「蓮くん!」
私は伸ばした両手で手招きをする。
蓮くんはそろそろと近寄ってくる。
「これなら踊りやすいと思う。私の真似して教えてあげるから」
「よし!」
「まずは手拍子から」
『ハア~ 踊り踊るな~ら
ちょいと 東京音頭 よいよい
花の都の~ 花の都の真ん中で~……』
時々振り返りながら様子を見ると。
ぎこちないけど。
真剣な表情の蓮くん。
でも、呑み込みが早いのか、終わり頃には様になっている。
次にかかったのは『大東京音頭』。
私は蓮くんの浴衣の袖を掴んで輪の中から抜ける。
「これもちょっと難しいから、でもどうだった?」
「いけると思う。次もう一回踊ろう!」
「うん。あとそうだな、炭坑節とかも簡単かも」
「そうなの?」
私は身振り手振りで教えてみる。
「掘って、掘って、また掘って、担いで担いで、後ずさり、押して押して、開いて、ちょちょんがちょん」
「ああ、分かりやすい」
蓮くんはその場で口ずさみながら振りをする。
上手い。
なんか。
かっこいい。
ぽーっとしてしまう。
男の人が踊るから?
ううん。
蓮くんだからだよね。
「で、どう? 先生?」
「ん? あ、いいと想う。あとは実際、歩きながら慣れれば全然その……」
「どした? なに?」
「かっこいいです」
「そ、そっか……」
首の後ろに手を当てて、はにかむ蓮くん。
浴衣姿だからか、いつもの仕草にも。
しゅわしゅわ弾けるこころ。
「でも、結衣もそのなんだ、浴衣で踊ってるのめっちゃかわいい」
ピーンって音が遠くなる。
鼻緒がむずむずして。
うなじがすーすーして。
胸元がそわそわして。
おくれ毛をつまんだ。
「そ、そしたら、二曲踊れるか。下手でも結衣と一緒に踊りたいかも」
「え?」
「せっかくだし、踊ろう!」
私の手を引っ張って輪の中に入る。
「じゃあ、交代で前と後ろ代わろ」
「オーケー」
結局、5曲踊って一休み。
トイレでじわりと湧いた汗をシートで拭う。
そっと唇に触れる。
今日もキスしちゃった。
キスってすごいな。
ドキドキも運んでくるけど。
一瞬でフワッと気持ちよくなって。
幸せな気分になる。
もちろん。
手をつないだり。
触れ合うだけでも。
それから――
妄想大魔王が陰からのぞいてて。
メイクや髪の毛をチェックする。
浴衣の裾を直して。
よし。
トイレの外で待ち合わせ。
蓮くんはまだみたい。
太鼓櫓を中心にたくさんのひとが踊っている。
オレンジ色の提灯が包み込んだ空間。
夕焼けみたい。
「お待たせ!」
「待ってないよ」
「ほら」
蓮くんはどこから手に入れたのか、手にしたうちわで私に涼しさを作ってくれた。
「どうしたの?」
「ん? そこのお店で売ってた」
「蓮くん。やさしいね。ありがとう」
「いや、当たり前だろ」
だって。
もう。
どんだけ、好きを増やしてくれるんですか?
「ちょっと貸して」
私は蓮くんから、うちわをもらうい、扇いであげる。
「あ、ありがとう。めっちゃ涼しい」
前髪が風に揺れて。
頬は緩んで。
瞳は私に一直線。
「ちょっとあそこで休憩しよ」
蓮くんの手を握ってお堂の前の階段に腰掛けた。
ドンドンドン。
ドドンドドン……
軽やかな太鼓の音色。
境内に響く歌声。
「盆踊りって見るのもいいけど踊るのもめっちゃ楽しい。結衣のおかげだな」
「へへ。でも蓮くん初めてでしょ踊ったの? 上手だよ」
「そうか。先生のお墨付き、ありがとう」
「蓮くん好きだよ」
「ん? どした?」
「ちゃんと言いたいの。好きだってこと。一日に何回でも。何十回でも」
「そっか、俺も大好きだよ結衣」
「うん」
何気に見上げた櫓の上。
「あ! 宥羽先輩だ」
「え?」
二つ上の高校の先輩。
舞踊部の華。
日舞のコンクールの高校生部門で日本一になった。
私たちの高校のレジェンド。
種類は違うけど、同じ踊る者として尊敬している人。
でも。
太鼓も叩けるんだ。
「ほんとだ、浴衣姿で……あれ? じゃあ昔写真撮ったの先輩だったのかな?」
「え? あの飾ってあった写真の太鼓叩いてる女の子?」
「かなって。想った」
浴衣に襷がけをして。
太鼓を叩く姿は。
かっこかわいい。
その様子を少しの間、眺めていた。
「よし、じゃあ結衣踊ろ」
私を見つめる眼差しが。
おねだりをする子供みたいに。
そして。
一緒にいて楽しいって。
好きだよって。
言ってくれてる。
「うん!」
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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