今
そして――
今日は帰るという蓮くんの手を引っ張って、二階の自分の部屋に連れて行く。
だって。
頑張って。
震えながらも。
一生懸命。
話してくれた蓮くんを抱きしめてあげたかったの。
あっためてあげたかったの。
ありがとうって。
「おい、結衣」
「いいでしょ、ちょっとでもいいから」
「分かりました」
「うん。素直な蓮くんかわいい」
「なんだそれ」
「いいの」
階段を上がり始めた私たち。
「結衣、ケーキあるけど、どうするの?」
キッチンから飛んでくるお母さんの声。
「蓮くんも食べるでしょ?」
「ああ、じゃあ頂こうかな」
少しでも一緒にいたいもんね。
「食べるー!」
大きな声を返すと、お母さんは廊下に出て来た。
「どうするの部屋で食べるの? こっちで食べる?」
「ああ、じゃあ部屋がいいかな」
「そう、じゃあ、準備しとくから取りに来なさいね」
「うん」
私は蓮くんを案内する。
扉を開けて、
「どうぞ」
って言ったら、蓮くんは一度私を見て小さく息を吸った。
「お邪魔しまーす」
なぜか小さな声で。
蓮くんは、手もみしながら部屋に入るなり、室内を見回している。
なんかその姿が、おどおどしてて。
かわいいの。
でもね。
ドキドキしてるんだよ。
初めての男の子だからね。
蓮くん。
お父さんとお爺ちゃん以外で私の部屋に入るの。
――バタン。
扉を後ろ手で閉めて。
ビクッとして振り返る蓮くんは、首を傾げて、眉を上げる。
私は瞳を見つめ返したまま。
ガチャ……
鍵をかけて……
トントントンって駆け寄って。
蓮くんに抱きついた。
「お、おい」
「ありがとう。蓮くん。私のために頑張ってくれて」
ぎゅうって力を込めた。
「ああ。うん。めっちゃ緊張した。断られたらって、不安だったし」
蓮くんの腕が私を包む。
腰に触れる腕と手。
ゾクッとしちゃって。
お腹がきゅうって、いつものように。
頬ずりをして蓮くんに顔をうずめる。
心地よい胸の中で。
とかされて、とろけてしまいそう。
背中に回した手のひらから伝わる。
がっしりとした筋肉と体温。
ドク、ドク……
まだ少し早い鼓動も匂いも。
私の鼓動はすぐに蓮くんを追い越しちゃう。
妄想大魔王がやってきて。
このまま――
なんてことがよぎっちゃう私。
蓮くんは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
私の背中をとんとんした。
そっと顔を上げる私。
少しホッとしたような。
でも、なんだろう。
少し凛々しい顔。
「でも、よく許してくれたなって。結衣のご両親」
「ん?」
「正直、驚いてる」
「もし、断られたら? どうしてたの?」
「それは、結衣と同じ。何度でも来る覚悟だった」
蓮くんは顎を引いて私を見つめて。
にこりと笑う。
こころから込み上げる微笑みで見つめ返す。
「でもね、結衣のためと同じくらい、俺自身のためでもあった」
「蓮くん、自身のため?」
「そう。俺は諦めていた。生きるってことを……どうせ死ぬんだからって……」
私が蓮くんの背中をさすると、蓮くんは私の髪を撫でる。
「結衣に出逢うまではね」
「ん……?」
「俺の中で写真は、自分が生きた存在証明なんだ。この世に烏丸蓮という人間が生きていた証」
「生きた証……」
あっ。
証を刻んで――
自分の声がよみがえっちゃって。
その言葉にドキッとするのは。
私だけ?
ですか?
蓮くん。
見上げたすぐ傍にある。
唇を求めそうで。
唇を噛む。
「ありもしない奇跡にすがりたくなったって、話したろ?」
「……うん」
「生きたいって。想ったんだその時。結衣と一緒に。時間は限られているけれど。病気が分かってから、初めてそんな風に想えた」
「うん」
「結衣に出逢ってから、撮るようになった俺の写真。変わったんだって」
「ん?」
見上げた私。
すぐに交わる視線。
かすかに揺れて潤いを帯びている蓮くんの瞳。
あっ。
私はそっと目を閉じる。
唇に――
あったかくて。
柔らかい感触。
キスしたいって想ってくれたんだ。
それとも、私の気持ちが筒抜けなのかな……?
あっ。
すぐに離れちゃった。
「結衣、座ろ」
蓮くんは私の肩をぽんぽんした。
「……うん」
テーブルの前に肩を並べて腰を下ろした。
「俺さ、インスタグラムやってるんだ」
「え? そうなの?」
ポケットからスマホを出した蓮くん。
「さっき言った存在証明の場所」
そっと私に見えるようにスマホをテーブルに置いた。
あっ。
「蓮くんの写真がいっぱいだ」
「ここで、何人か知り合った人がいるんだ。コメントくれたりして」
「うん」
「その人たちが言うには、高一の頃からさ、結衣が言ってくれたように写真が語りかけてくるんだって」
「うん、そう想うよ」
「そんな風に感じてくれたり想ってくれたりするんだって、俺の写真で。それが嬉しかった」
「うん」
「もちろん、結衣が俺の写真で感じたことを言ってくれた時は、すごく嬉しかった」
「フフン」
「でもね、正直驚いた」
「どうして?」
「ただ、元気で眩しいだけの子じゃないって。感情が豊かなのは何となく写真撮ってる時から感じていたけど。感性も豊かなんだって。惚れ直した」
きゅんって。
むずむずしてスカートの裾をぎゅっと握る。
「もう……」
「さっき、お父さんがコンクール応募したらって言ってくれたろ?」
「ああ、私もそう想う。蓮くんの写真なら賞取れるよ」
「ありがとう。でさ、実はいくつか応募してるんだ」
「え? そうなの?」
「ああ、応募しようってきっかけをくれたのはもちろん結衣だよ」
「私?」
「結衣を撮るようになって変わったのもあるけど、付き合うようになって、さらに変わったって自分で気づいたんだ」
「どんな風に?」
「温度が上がったっていうか感情がよりのるようになった」
「ん? 温度と感情? でも、蓮くんの作品からは温かさとか、被写体に対する感情って出てる気がするけど?」
「そっか、ありがとう。どう言ったらいいかな……より今を撮れるようになった、いや撮らせてもらってるって想えるようになったんだよ」
「うーん。難しいな」
「ごめんな、ようは、そんだけ、結衣が俺の人生……いや、俺に生きるエネルギーをくれたんだ」
「それは、私もだよ」
「え?」
「蓮くんと一緒なら、何も怖くないし、何でも出来るって思うもん」
「結衣……」
「それで、応募しようってなったんだ」
「ああ、えーと、二つ応募してる。日本写真展の高校生部門、これは10月に発表がある。ニャコンクールは12月」
「そうなんだ。絶対賞取れると思う。私の勘は当たるんだよ」
「ああ、取れたら結衣のおかげだし。なんかご馳走する」
「え? 逆でしょ私がお祝いする」
笑い声に包まれる私の部屋。
「ありがとう結衣」
蓮くんは私の頭をポンポンする。
ダメだよって。
そんなことしたら。
ほら。
きゅるるってなるお腹。
全身の血液がグルグル回って。
気がついたら抱き着いていた。
ビクッとした蓮くん。
バランス崩して倒れちゃって。
覆いかぶさった私。
すぐに上体を起こす。
「ご、ごめん」
「ううん」
目の前に蓮くんの顔があって。
そう。
唇もある訳です。
断然早い私の鼓動。
赤い顔の蓮くん。
そっと、目を閉じて
唇を重ねようとした時――
「結衣~! ちょっとケーキどうするのー!」
お母さんの声。
ビクッとして。
瞬時に蓮くんの体から離れて正座した私。
蓮くんもその対面に正座していた。
「結衣ー!」
「あ、今行くー」
蓮くんはスッと立ち上がる。
私もぴょこんと。
目と目が合って。
肩を揺すって笑い出す。
私は蓮くんの手を引っ張って部屋を後にした。
――蓮くんが帰った後。
お父さんとお母さんが、
「やっぱりいい子だね。結衣が好きになったの分かる」
「結衣、どんなことでもいい。お父さんに相談しなさい」
って、声をかけてくれた。
――その日の夜。
お父さんがお風呂に入ってる時。
お母さんと二人でおやつを食べてる時。
「結衣」
「なあにお母さん」
「その……彼とはエッチはしない方がいいかな」
唐突な言葉に心臓がぴょんって跳ねる。
「ん? な、なに急に……どうして、ダメなの?」
お母さんは手にしたマグカップに視線を落とした。
「うん。女性は体に記憶が残るから。特に初めてで、大好きな人だったら尚更……。その記憶が、結衣をずっと縛り付けてしまうのが怖いのよ」
私はうつむいて、そっと腿をさする。
お母さん。
もう残っちゃってるよ。
そうなんだね。
ずっと残るんだ。
うれしいな。
――お母さん。
ありがとう。
私のこと心配してくれて。
顔を上げて微笑むと、お母さんは少し目を見開いて。
マグカップから手を離して。
頷きながら笑った目が滲んでいた。
あっ。
分かっちゃったのかなって思った。
「お母さん、ありがとう。でもね……。私は、蓮くんがいなくなった後に寂しくて死んじゃう私より、蓮くんに触れられなかったことを一生後悔して生きる私の方が、ずっと怖いの」
お母さんはそっと立ち上がって、ゆっくり私の隣に腰掛けた。
細くて柔らかい手が私の手を包んで。
肩を抱き寄せられ、髪を撫でられる。
お風呂上がりの子供の頃みたいに。
「いつの間にこんな大人になっちゃったのかな。良かったねそれだけ好きになれた人に出逢えて」
「うん」
お母さんの腕の中で、私はただ頷いて、温かな雫が頬を伝っていた。
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