蓮くん誕生日デートです。降りしきる想い。
しとしとと小雨舞う中。
高井の駅まで送ってくれた蓮くんと別れる時。
正直、離れたくなかったし。
帰りたくなかった。
今まで以上に。
当たり前だよね。
聞いちゃったから。
病気のこと。
それと――
でも、ちゃんとしないとって。
しっかり向き合わないとって。
蓮くんのご両親が戻ってくる前に、帰ることにした。
笑って、
「またね」
って、言えたけど。
家までの道すがら、頭とこころは、ずっと蓮くんとの時間の中にいた。
少しのだるさと。
大きな恐怖と。
とてつもない幸せと。
自分の部屋に着いて、蓮くんにメッセージ入れようと思ったら。
蓮くんから、メッセージが入ってた。
気づかなかったんだ。
って。
ちょっぴりショックだった。
『結衣。今日は人生で一番の、最高の誕生日だった。ありがとう。一緒に撮った写真はプリントアウトしてお互いの部屋に飾ろう』
「いま、家に着いたよ。写真楽しみにしてる……」
途中まで打ち込んで。
なんか違くて打ち直す。
「いま、家に着いたよ。私こそ一緒に過ごせて幸せだよ。蓮くんのこといっぱい知れたし。写真さスマホにもデータ欲しい。待ち受けにする」
すぐについた既読。
ピコン。
瞬く間にやってくる返信。
『いいアイデア。データも送る。結衣、体は大丈夫か?』
きゅうってなる。
こころと体の奥の方が。
「大丈夫だよ。ありがとう。私の彼氏は世界一やさしいな」
『じゃあ、俺の彼女は宇宙一やさしい女の子だな』
口を結んで、指先を動かす。
「ありがと……」
って打って。
唇を噛んで打ち直す。
「自慢の彼女?」
『もちろん。俺の彼女だーって。世界中の人に言いふらしたい』
「ふふ。私もだよ。自慢の彼氏だよ」
『じゃあ、自慢の彼氏から、あとで電話してもいいか?』
「うん。いいよ。蓮くんの自慢の彼女は、これからご飯食べてお風呂入るから、21時頃なら平気だと思う」
『わかった。じゃあ、あとで』
「うん。待ってるね」
スマホの画面を見つめる。
大丈夫だけど。
大丈夫じゃない。
けど、大丈夫。
私は――
夕食は大好きなコロッケをお母さんが作ってくれていた。
「どうだったのデート?」
って、ニコニコなお母さん。
「うん、楽しかったよ」
パンケーキが上手に出来て喜んでくれたこととか。
一緒に洗い物したこととか。
写真のこととか。
当たり障りのないことを話して。
蓮くんの病気のことは、まだ気持ちがふわふわしてて。
口に出来なかった。
「そんなに写真上手なら、今度、お母さん、撮って貰おうかしら」
って、お母さんは何だか嬉しそう。
「お母さんはいいじゃん。私の彼なんだから。私だけ撮って欲しいもん」
「はいはい。親にまで焼きもち妬くの? まあ、それだけ好きなんだよね彼のこと」
こくんとうなずく私。
「今度、うちにも呼びなさい。お母さんが料理振る舞うから」
「え? なんで? お母さんはいなくていい。私が作るもん」
「あら、お母さん邪魔なの?」
意味ありげな、お母さんの視線に。
どぎまぎして。
手にしてた、お味噌汁をこぼしそうになった。
――バレてるのかなって。
想ったら。
体が熱くなってた。
脳裏によみがえってきそうで。
夢中で話題を変えていた。
ご飯はちゃんと残さず食べれたし。
でもね、せっかく作ってくれたコロッケの味は覚えていないの。
後片付けをしてる間も。
少しぽーっとしちゃって。
そんな私を見て、お母さんはニヤニヤしていた。
「お母さん、先に私、お風呂入るよ」
「ごゆっくり」
お母さんの声を背中で聞いて。
その場から逃げるように、浴室に向かった。
脱衣所の扉を閉めて。
大きく息を吐いた。
束ねた髪を解いて。
かわいいって言ってくれた。
ワンピースを脱いで――
浴室に入る。
しっとりした温もりが。
優しく私の肌にまとっていく。
シャワーの栓を捻る。
勢いよくお湯が流れ出す。
浴室を満たしていく白い湯気。
鏡はすぐに曇って、私の顔を隠してくれた。
――ザー……。
叩きつけられるお湯の音が、狭い浴室に反響して。
「あ……」
目を閉じると、そこはもう、さっきまでいた蓮くんの部屋だった。
窓の外で鳴り止まなかった、あの雨の音。
蓮くんの声と鼓動。
重なったおでこの熱。
「証をちょうだい」と願った、私の震える声。
全部、この音の中に閉じ込められている。
お湯が肩を、背中を、お腹を、蓮くんの手のひらが辿った道をなぞるように滑り落ちていく。
そのたびに、さっきまでの熱が、私の皮膚のずっと奥まで、 じりじりと、深く、深く染み込んでいく。
消えないで。
どこにも行かないで……
私は、自分の体をそっと抱きしめた。
蓮くんの病気のこと、未来のこと。
怖くて、震えが止まらない。
でも、この肌に残る確かな感覚だけは、嘘じゃない。
「……っ」
シャワーの音に混じって、熱い涙が溢れ出した。
蓮くんを応援するって言ったのに。
頬を伝う熱い雫が、お湯と一緒に顎から滴り落ち足元に消えていく。
これが涙なのか、シャワーの水滴なのか、もう自分でも分からない。
――ザー……。
シャワーの音に紛れて、私は膝を抱えて丸くなった。
髪や肌に打ち付ける。
ひとつひとつ。
たくさんの雫。
まるで雨の中にいるよう。
蓮くん。
蓮くん、蓮くん、蓮くん、蓮……くん……
痛いほどの愛おしさと、どうしようもない怖さが。
交互に私に降り注ぐ。
――ザー……。
大丈夫だよ結衣。
スマイル。
オーケー。
スタイル。
オーケー。
私にちゃんと証を刻んでくれた蓮くんと、一瞬、一瞬を生きていくんだ。
シャワーの栓を閉めて。
湯船に体を委ねる。
包み込むお湯のぬくもりが蓮くんと重なる。
「蓮くん……」
立ちのぼる湯気の中に。
浮かんでいく。
パンケーキ。
一緒に撮った写真。
私へのプレゼントのアルバム。
あっ。
お漬物のこと言うの忘れちゃった。
……次は、一緒に食べようね。
体の芯まで蓮くんの記憶が満ちていく。
ぎゅっと肩を抱いた。
「ありがとう。蓮くん」
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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