蓮くん誕生日デートです。証。
ザー……
降り止まない雨。
私はスッと立ち上がって蓮くんの隣に腰掛ける。
ベッドが沈んで。
蓮くんの肩が触れて離れた。
私は蓮くんの組んだ両手の上に右手を重ねた。
「うん、話して。蓮くん大好きだよ。……だから、全部、ちょうだい」
私を見て、ゆっくり目じりを下げる蓮くん。
そして私の右手を大きくて温かい手がサンドイッチ。
「結衣の言う通り。俺は結衣が好きだった。ずっと。あ、今ももちろん好きだよ」
力がぐって入って潰される私の右手。
「うん。知ってるよ」
「一目惚れだった。忘れもしない一年の夏。野球部の地区大会一回戦の時」
蓮くんは脇に置いたさっきの写真立てを私の前にかざした。
あっ。
映っていたのは私。
想い出した。
初めてユニフォームを着て応援に行った時で。
ユニフォームに袖を通したことが嬉しくて。
まだ踊りとか全然だったけど。
ただ、ひたむきに声援を送っていた。
その時のエースの先輩が、初回からピンチで。
思わず立ち上がって、
「頑張れ!」
って、声を張り上げた。
その時の私だった。
「いい顔してるだろ?」
「うん」
蓮くんはにこりと笑って、写真立てを自分の脇にそっと置いた。
その手がまたサンドイッチして。
私にドキドキと安心を運んでくる。
「だから、きっと俺のが先に結衣のこと好きになったんじゃないかな」
悔しいけど……
そうかも。
黙って頷く私。
「どっちがとか関係ないけどね。ごめんな。でさ、結衣が初めて告白した時の事覚えてる?」
「うん」
「結衣の気持ちを知った時。めちゃくちゃ嬉しかった。飛び上がって喜びたいくらい嬉しかった」
「でも……」
「聞いて」
ささやくように。
おねだりするような。
声色がこころに触れる。
また潰される右手。
「うん」
「ありがとう。結衣は俺が初めて好きになった女の子だよ。初恋。なんだ」
いつものようにきゅうってなるお腹。
じわっと全身に伝わっていく熱。
だって。
すごい話し方があったかいの。
まるで、触っちゃいけない。
繊細なガラス細工を触るような。
壊れやすい何かを包み込むような。
「私も初恋だよ。蓮くんが」
「そっか。嬉しいよ」
「私も、嬉しいよ……」
呼吸が苦しくて。
そっと胸元を左手で握りしめる。
私の右手をさする蓮くん。
擦れる肌の感触が、ざわざわって全身に伝わって。
もう、死んじゃうよ。
ザー……
「これから言うこと。ちゃんと聞いて、これからのこと考えて」
「え?」
首を捻って、眉を上げる蓮くん。
私はコクリとうなずいた。
蓮くんはゆっくり視線を宙に上げた。
どこでもない、どこかを。
真っ直ぐ見つめている。
私は、その口元を見つめた。
「結衣のこと好きだし、大切だよ。だから結衣を傷つけたくなかった。でも実際は、もうすでに傷つけているかもしれない」
「ん?」
蓮くんは片手をポケットに突っ込んで。
フリスクを取り出した。
そして、それをかざしながら私を見つめる。
首を傾げる私。
カシャカシャってケースを振った蓮くん。
「これ薬なんだ。普段これと普通のフリスクと二つ持ってる」
「ん……?」
蓮くんはケースを脇に置いて私の手をまたサンドイッチ。
その手を見つめた蓮くん。
「はあっ」
って、小さく吐息を零した。
「結衣、ごめんな。俺病気なんだよ。今は凄い状態はいいらしい。でも、長くてあと数年らしい。こんな俺を好きになってくれた結衣に、俺は未来を約束できない……」
痛いくらいに。
ぎゅって潰れた私の右手。
頭を何かで殴られたようだった。
呼吸も忘れたかもしれないし。
あれだけ鳴っていた心臓も止まったかもしれない。
今までの蓮くんとの全ての出来事が、電車の車窓のように流れて行った。
――目を瞑って小さく息を吸う。
ザー……
雨の音が徐々に聞こえてきた。
え?
うそ……
長くて数年……?
こんなに元気……なのに?
でも――。
震えている私の右手。
違う。
蓮くんの手が震えているんだ。
嘘じゃ……
ないんだ。
そうだよね。
蓮くんが嘘なんて。
あっ。
嘘ついてたんだ……
蓮くんの気持ちにも。
私にも。
そうか。
好きだから。
私の告白もすべて断っていたんだ。
じゃあ、どうして彼氏になってくれたの?
私の好きを受け止めたの?
ザザー……
強くなった雨足。
ぱらぱらと窓に打ち付けている。
ゆっくりと目を開ける。
視界にはテーブルの上のプレゼントのアルバム。
私が尋ねるよりも先に蓮くんの声が耳に届く。
「どうして、付き合おうかって思ったか。もちろん好きだからだけど、何度も何度も振っても、結衣の諦めない気持ち。そして笑顔。結衣のそばにいたら病気治るんじゃないかって。在りもしない奇跡にすがりたくなっていた」
顔を上げて宙を見つめる蓮くん。
濁りのない瞳で。
うっすら潤って。
「……」
私は、ハッとして左手で胸元をぎゅーっと握りしめていた。
「いや、純粋に結衣のそばで生きてみたいって。想ってしまっていた。ごめんな。結衣に辛い思いをさせるって分かってるのに」
怯えた声だった。
あの時みたいに弱々しい声。
ちゃんと全部話してくれた。
そっか。
だから。
寂しそうな顔して。
怖い顔して。
分かったよ。
ずっと告白を断って。
でも、一緒にいたらって。
想ってくれて。
それで。
私に想い出を残さないために。
手をつながないとか。
写真を撮らないとか。
せめて、物として何も残らないようにしてたんだね。
きっと。
でもね、蓮くん。
形なんてなくても、一緒に過ごした時間は消えたりしないんだよ。
風も匂いも味も音も。
蓮くんの笑顔は、すでに私のこころに刻んでしまったんだもん。
だからって、蓮くんが悪い訳じゃないよ。
誰も悪くないよ。
蓮くん苦しかったね。
ザザー……
あっ。
そっか。
窮屈と自由……
今なら意味が分かるよ。
したいことがあっても。
病気のことがあるから。
自由に出来ないことがあったんだよね。
私のこともそうだったんだね。
サンドイッチされている手を見つめた。
震えっぱなしの蓮くんの手。
あったかいよ。
大丈夫だよ。
こころの中に、どうしようもないくらい。
せり上がってくる。
この想い。
だから、私の答えは――
そんなの決まってるよ。
さっき言ってくれたもん。
「そっか。それで? 私は病気の蓮くんでもいい。蓮くんが好きなんだもん。一緒にいるよ。先のことは分からないじゃん。今もそうだけど、私はずっと蓮くんのそばにいるから」
「結衣……」
「うん。全部ちょうだい。我慢しないでいいよ。名前で読んでくれたこと、好きって言ってくれたこと、病気のこと話してくれたこと、嬉しいよ」
「……」
「まだ、隠してることある?」
「ない……」
苦笑う蓮くんの頬にきらりと光った雫が一つ。
私は震える左手をそっと蓮くんの手に重ねた。
体温も想いも私の全部を移すように。
しっかり包んだ。
「何も蓮くんが心配することないよ。私は傷ついたりしない。ちゃんと話してくれたから。だから自分を責めないで」
「結衣……おまえは本物のチアだな」
「そうだよ、応援は任せて。一緒に蓮くんがしたいことしよう。私も我慢しないよ」
涙のあとが残る頬に私は唇を重ねた。
ほっぺも震えてるの。
私の唇も。
「蓮くん、好きだよ……私は、蓮くんの中に、私をいっぱいに残したい」
心臓が今までにないくらいうるさくて早い。
私は蓮くんの頬に両手を添えてこっちを向かせた。
留めどなく流れる雫を親指で拭う。
蓮くんの瞳が少し揺れる。
両手で蓮くんの顔を引き寄せて。
蓮くんのおでこに自分のおでこをこつん、と当てる。
「約束とか、未来とかいらないよ。でも……」
目を閉じる。
私まで涙が伝染しそうだから。
スマイル。
オーケー。
すーっと、触れる吐息まで震えている蓮くん。
ゆっくり息を呑んで。
瞼を開く。
蓮くんは、視線を落としたまま。
涙は零れたまま。
少し引きつるような呼吸。
「私は……私は、今、目の前にいる『生きてる』蓮くんの鼓動も、熱も、私の中に全部刻んで欲しい」
ビクッて蓮くん体が動いて。
大きく息が吸われた。
「想い出じゃなくて、消えない『証』を、今ここでちょうだい……ね、いいでしょ……?」
ザザー…………
雨音だけが、ゆっくり、時を確かに進めていた。
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