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好きだから。  作者: ぽんこつ


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44/66

蓮くん誕生日デートです。私の知らない私。

後片付けは蓮くんも手伝ってくれた。

私が洗って、蓮くんは拭き上げと収納担当。

なんか共同作業で。

カチャ、カチャ……

キュッ、キュッ……

食器が擦れたり、拭いたりする音も歌っているみたい。

なんか、お父さんとお母さんみたいで。

何でもない作業に、微笑みっぱなしで。

鼓動が指先にまで伝わって。

一人で有頂天気味。

「二人でやったら早いな」

蓮くんは気にも留めていないみたいだけど。

ちょっと。

いや。

かなりウキウキ大魔王なんですけど。

最後のお皿を手渡して。

視線と笑顔が混ざって。

舞い上がって。

無重力の世界にいるようで。

ふわふわな私。

手を拭いて、持ってきた材料をトートバッグにしまった。

「じゃあ、俺の部屋で写真観ようか」

あっ。

シュッて伸びた背筋。

急にわしゃわしゃするこころが鼓動にエンジンをかけて。

誤魔化すようにバッグを肩にかける私。

「あ、はい。あ、その前にお手洗いどこかな?」

「あ、そこ出て、廊下の右側」

さりげない感じの蓮くん。

それがかえって。

私のメーターは振り切れそうになる。

「あ、ありがとう」

トートバッグの持ち手を握りしめてトコトコとトイレに。


掃除が行き届いたきれいな洗面台。

その棚の一角。

水色の歯ブラシ一つ。

あっ。

蓮くんの。

かな。

小さく吐息と微笑み一つ。

そして、鏡で見合わせた私の顔。

涙でかなり荒れていた。

ちゃんとするから……

何を?

なのかな……

なんとなく。

ここからは素顔の方がいいかなって。

メイクを落とす。

顔を拭いて。

リップだけは塗り直して。

大丈夫。

落ち着け結衣。

スマイル。

オーケー。

ちょっと臆病な笑みを浮かべた鏡の中の私。

リビングに戻ると、蓮くんは私の顔を見て、ぴくっと眉が動いた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。じゃあ、二階だから」

「はい」

蓮くんの背中について行く。


ザー……。

雨の音が微かに聞こえる。

一段、一段。

上がる度に、心臓の音が。

強く。

早く。

途中で直角に曲がる階段。

沿った壁にも写真が飾ってある。

学校関連の写真たち。

弓道部の麻耶や軽音部の七海ちゃん。

もう卒業しちゃったけど、剣道部の佐々木先輩や水泳部の愛里めり先輩。

茶道部のお茶会や美術部の展示会。

何気ない校舎の一角の水飲み場とか。

あの桜の木。

蓮くんが何かを感じた一瞬が詰まっているものばかり。

「どうぞ」

階段を上がったすぐそばの部屋だった。

扉を開けて、微笑む蓮くん。

どこかぎこちない笑顔。

緊張してるの?

かな?

「お、お邪魔します」

爽やかな香りの中に、わずかにお日様の匂いが混じっていた。

部屋の中はきれいに整頓されていて。

余計なものがないって感じ。

奥の窓際にベッドがあって。

左の壁沿いに机と棚が並んでいて。

棚にはカメラとか写真とか飾ってあった。

真ん中に四角い小さなテーブルがあって。

扉の横はクローゼットだった。

「適当に座って」

「はい」

トートバッグを肩から外して。

テーブルの前にちょこんと座る。


ザー……

雨の音。

大きなあいあい傘の中。

頭に響く鼓動は大きくなったまま。

「き、綺麗にしてるね」

「そう? まあ掃除は母さん任せだから……」

「私もだけど……」

「これが、作品として撮った年代で分けたアルバム」

蓮くんは、棚から取り出した数冊のアルバムをテーブルにそっと置いた。

「ふーん。中学校の頃から撮り始めたの?」

「ああ、最初の頃の写真の撮り方、結衣に似てないか?」

私の向かいに腰を下ろした蓮くん。

「私に?」

「うん。まあ見てみなよ」

「じゃあ、見せてもらうね」

中学一年生の蓮くんが撮ったアルバムを手にした。

表紙をめくって。

飛び込んできたのは――

どこかの街のシルエットに沈んでいく夕陽。

きれいだな。

うん、確かに空間全体を切り取ったような。

その場所が分かるというか。

切り取った一瞬なんだけど。

あっ。

分かったかも。

私は確かにその時そこにいたって感じがするんだ。

この写真も。

私の写真も。

「うん、分かったよ蓮くん。そこにいた自分を撮ってるんでしょ?」

蓮くんは首を捻る。

「すごいな、結衣の言う通りだよ」

「へへ」

頬が緩んで、蓮くんのアルバムをめくっていく。

景色の写真が多いのかな。

お天気は関係なくて。

雨の日も。

曇りの日も。

雪の日の一枚。

河川敷から撮ったみたい。

白みがかった空と積もった雪で一面白の世界。

川の流れだけが黒くて浮き出てるみたいだった。

中学二年生の後半あたりから三年生にかけて。

被写体が色んなものになっていった。

水たまりに落ちる雨が跳ねた瞬間。

誰もいない公園のベンチとサッカーボール。

盆踊りで太鼓を叩く女の子。

ジャングルジムの上で手を上げている子供達。

真っ直ぐ伸びた誰もいない土手の道。

川に反射した夕焼けのスカイツリー。

あっ。

私が撮った電線に止まっていたすずめの写真と同じ感じのものあった。


ザー……

そして――

高校に上がる頃には、今の蓮くんの視線になってきているように思う。

学校の写真も多い。

飾ってあった写真もおさめられているけど。

学校関係の写真が半分くらいを占めていた。

埃の舞う陽射しが差し込んだ音楽室。

黒いピアノにその埃が雪のように散りばめられている。

図書室で窓の外を見上げている生徒。

校門にあった解けかけの雪ダルマ。

屋上から撮ったと思われる登校する生徒たち。

下校する写真には教えてもらった一番星が映っていた。

一足だけ上履きのままの下駄箱。

校舎の窓ガラスに映り込んだ夕陽。

ベンチから声を張り上げる野球部の補欠部員。

走り幅跳びの踏み込んだ瞬間。

手をつないで渡り廊下を駆けている女子。

もちろん、体育祭や文化祭、卒業式といったイベントもある。

修学旅行の時に見せてもらった写真も。

いつの間に撮ったのか、職員室の先生たち。

「すごいね。一つ一つ物語がある。ちゃんとね話しかけてくる」

「そっか」

柔らかく目尻を下げた蓮くん。

ん?

黙って別のアルバムを両手でそっと私の前に置いた。

「これも、見ていいの?」

「ああ、結衣を撮ったやつ」

「え?」

「何とか今日に間に合った。遅くなったけど、これが俺からの誕生日プレゼント」

「え?」

私は大きなアルバムを手に持った。

そっとページをめくる。

あっ。

『結衣。誕生日おめでとう。蓮より、心を込めて。20☓☓年5月26日』

手書きの文字。

流れるような美しい文字。

そっと指で辿る。

私は蓮くんの顔を見る。

「誕生日おめでとう。結衣。続き見て」

首を傾げてゆっくり瞬きをした蓮くん。

こくんと頷く私。


ザー……

指先でページをつまんで。

めくった先。

飛び込んできたのは、チアのユニフォーム姿の笑顔の私。

一ページに一枚の写真みたい。

手書きで日付とねタイトルが書かれてるの。

その時の蓮くんの想いかな。

なんて。

勝手に想ったり。

最初の写真は。

一年生の時、野球部の応援でチアデビューした日。

夏の青空の下で。

踊りながら笑ってる私。

タイトルは『笑劇』だって。

なんか、かわいい。

蓮くんを見ると頬杖をついて。

見つめているの私を。

肩をすくめて微笑んでみる。

「全部見て」

って。

優しい声音。

「うん」

次のページ。

一年生の時と二年生の時。

蓮くんが文化祭で展示してくれた私。

次々と私が出て来る。

部員と抱き合う私。

ポンポンに顔をうずめて泣いている私。

応援の休憩中にドリンクを飲んでいる私。

髪を結び直している私。

飛び跳ねている私。

チアの掛け声をしている私。

踊りながら、ウインクをしている私。

うずくまっている私。

水飲み場で水を飲んでる私。

チア以外の私も。

麻耶とおしゃべりしている私。

体育祭で走っている私。

そして修学旅行の時に不意打ちで撮られた笑顔も。

水族館のデートも。

船とお台場のデートも。

自分の知らない顔がそこには沢山あった。

アルバムを閉じて胸に抱いた。

あったかい気持ちが。

こころの奥から足の指先。

手の爪の先。

髪の毛一本一本にまで浸透していくの。

でもね。

おかしくて。

肩を揺すって笑っちゃった。

「どした?」

「もう、蓮くん私のことずっと好きだったんだ」

「え?」

「だって、優しいもん撮り方」

「そっか……」

「どうして私のこと避けたの?」

あっ。

咄嗟に口を覆う。

また口から出ちゃった。


ザー……

少しの沈黙。

蓮くんはスッと立ち上がって棚に他のアルバムを戻した。

そして、机の上の何かを手にしてベッドに腰掛けた。

「ご、ごめんね、今付き合ってるからいいんだ。ごめん」

持っているのは写真立てみたい。

指先が縁をなぞって。

そこに落ちてる眼差しは、とても大切なものを愛でている。

そんな感じ。

ちくちくって。

こころに何かが刺さる。

「結衣」

柔らかい響き。

確かめるような。

見つけたよっていうような。

そんな呼び方。

「ん?」

「俺好きだから、結衣のこと好きだから、これから話すこと聞いて欲しい」

写真立てを脇に置いて。

私を見つめた。

穏やかな微笑みの中、眼差しだけが哀しそうだった。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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