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好きだから。  作者: ぽんこつ


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逮捕

「お疲れ様です!」

顧問の先生に挨拶をして、部員のみんなと昇降口まで来たとき。

あっ。

参考書、机の中に置きっぱなしだった。

「みんな、ごめん。教室に忘れ物したから取ってくる」

「ああ、分かったここで待ってるよ」

キャプテンの真奈美が手を上げる。

「うん、ごめんね」

私は上履きに履き替えて、階段を駆け上がる。

窓の外はすっかり夜。

明かりは落とされて。

非常灯の緑の明かりと消火栓の赤いランプがひときわ目立っていた。

ひんやりとした廊下に私の足音だけが木霊する。

ガラガラ。

一番奥の教室の扉を開ける。

壁際のスイッチを押すと。

パッとついた白い光が、眩しいくらいの明るさが室内を照らす。

机の間を縫うように進んで、窓際の私の机の中から参考書を取り出した。

背負っていたリュックを机に置いて参考書をしまった時。

「あれ、橘何やってるの?」

三組の佐々木くん。

嫌だな……

「あ、忘れ物取りに来ただけ」

リュックを背負って歩き出す。

「ちょっと、待って」

駆け寄ってきた佐々木くんが行く手を塞いだ。

「急いでるの、みんな待ってるから」

「みんな?」

「部活のみんな」

「ああ、そいつなら帰ったよ。俺が帰した」

ん?

言ってる意味が分からない?

「話聞いてくれないかな?」

「でも、急いでるから」

脇を抜けようとしても通せんぼ。

反対に行っても同じ。

私は机の間を駆け抜けて。

って。

ついてくる。

「もう、止めてよ」

くっと睨んだ。

「そういう顔もぞくぞくする」

「は?」

「なあ、俺とこれから飯行かない?」

「行かない」

「即答かよ」

「じゃあ」

また通せんぼ。

「おまえ烏丸と付き合ってるんだって?」

「もう人呼ぶよ」

「呼べば。別に話してるだけだし」

「私は急いでるの」

「俺の女になれよ」

「は?」

「好きなんだよ橘のこと」

そう言って私の頬に手を伸ばしてきた。

その手を振り払う。

「私は蓮くんと付き合ってるから無理」

「そんなの関係ないじゃん」

佐々木くんは、にやにや笑っている。

その目が、私の肩や首筋をなぞり落ちていく――

気持ち悪い。

咄嗟に自分を抱きしめた。

「ふーん。おまえしたのあいつと?」

うつむく私。

「へー。したんだ。だから少し女って感じがする」

呼吸が跳ねて。

息が吸えない。

佐々木くんが一歩踏み出して。

私が一歩後ずさる。

「俺としてみない?」

言葉が耳をなぞった瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立った。


タッタッタッタ……

廊下に響く足音が近づいてきて。

「おい、お前何やってるんだ」

え?

蓮くんの声。

「ありゃ、彼氏さんいたのか」

蓮くんは佐々木くんの肩を掴んで、自分に向き合わせた。

「佐々木、今日は見逃す。今後、俺の彼女に何かしてみろただじゃおかない」

低くて怖い声と。

鋭くて怖い目。

「あーあ、はいはい」

佐々木くんは舌打ちをして教室を出て行った。

「大丈夫か?」

いつもの穏やかな響き。

いつもの優しい眼差し。

「うん」

私は力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。

体が震えている。

蓮くんは私の前にしゃがんで、頭をポンポンってそっと叩いた。

キュンってスイッチが入って。

滝のように安心が流れて。

蓮くんの手のぬくもりが、こころと体を落ち着かせてくれる。

「立てれる?」

「うん」

差し出された蓮くんの大きな手を握る。

あったかい。

ほっとして、立ち上がったら蓮くんに抱きついていた。

「お、おい」

「少しだけでいいから。怖かったもん」

蓮くんの腕がしっかり包み込んでくれた。

匂いとぬくもりと鼓動が私を安心へと誘ってくれる。

小さく息を吐いて、顔を上げる。

「ありがとう。蓮くん」

真っ直ぐ私を見つめる瞳。

「大丈夫?」

「うん」

私の返事で、眉が下がって、皺が目尻に寄って。

頬と口角が上がった。

蓮くんの笑顔の出来上がり。

「じゃあ、帰ろ」

「うん」

蓮くんの左手が私の右手を逃げられないように逮捕してくれた。

ちょこちょこと連行される私。

ん?

なんで?

蓮くんいたのかな?

暗い廊下の中見上げた横顔はいつになく頼もしかった。

「どうして蓮くんいたの?」

また、言っちゃった。

「ん? 校門で結衣を待ってた」

「え?」

「部活のみんなが昇降口にいたけど、結衣の姿が見えなくて、みんなに聞いたら忘れ物取りに教室行ったって。遅いから心配で見に来た」

握っていた手に力を込めた。

そして、指を動かして――

指を絡めて握り直す。

蓮くんもぎゅって握り返してくれた。

「ありがとう。蓮くん」

「ああ」

「ごめんね」

「なにが? 謝らなくていいし、気にするなよ」

「でも……」

「俺、腹減った。結衣は?」

「ぺこぺこだよ」

「遅いけど、俺が家まで送ってくから『ムック』行かない?」

「え? はい」

教室に向かう時は暗闇だった廊下。

なんで、今は明るく見えるんだろう。


昇降口に着いたら部員のみんなが待っててくれて。

「ああ、見せつけられた」

膨れながら笑ってる真奈美。

「もう、ラブラブだ」

「結衣先輩、いいな~」

すぐに沸くポットみたいに熱くなる私。

捕まったままの右手にも汗が滲む。

「あ、へへ、みんなありがとう」

「いいよ。じゃあね結衣。お先~」

「結衣先輩、お疲れさまです」

みんなが手を振って闇に吸い込まれていく。

「ああ、お疲れ様、みんなも気を付けて!」

その背中に声をかけて。

小さく息を吸った。

「チア部はみんな仲いいよな」

「あ、うん。ほら、ダンスとか振りとか息を合わせることが多いからかな」

「なるほどね」

下駄箱で履き替える時だけ釈放された私の右手。

校舎の外は、少し肌寒かった。

でも、蓮くんのぬくもりがあれば大丈夫。

「寒くない?」

「ううん。蓮くんがいるから大丈夫」

「え? なにそれ?」

「ふふん」

蓮くんは首を傾げてポケットに片手を突っ込んだ。

あれ?

さっき学校なのに結衣って……

呼んでたよね?

そっか。

二人だけだったからかな。

でも――

チラッと目だけを動かして、蓮くんの横顔を見上げる。

「蓮くん、漫画の主人公みたいだった。さっき」

「え?」

こっちを向きながら顎を引く蓮くん。

「かっこよかったし、もっともっと好きになった」

「そっか。俺は怖かったよ。結衣に何かあったらって……」

蓮くんは、もうすっかり黒くなった空に視線を移した。

ぎゅって、痛いくらいの力が右手に伝わる。

「ごめ……」

「謝らなくていいって言ったろ」

「……はい」

ちょっと語気の強い言い方。

唇を噛んで、腕にしがみついた。

へへ。

私も蓮くんを逮捕しちゃった。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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