焼かれて焦がれて
オレンジ色がじわじわと黄色を塗りつぶして、ファミレスの窓に映る私の頬もほんのり染まる。
「今日はきゅーきゅーの日だからじゃない」
麻耶はパンケーキを頬張りながら手にしたフォークを宙に向けた。
「そっかそれもあるかも……でも、告白前に黒猫見たんだよね」
私はため息一つ。
口を尖らせながら、グラスの中の氷をストローでからからとかき混ぜる。
「まあ、今日もダメな日だったんだよ」
あっけらかんとした物言いの麻耶。
「そうだよね、なんかタイミングが悪かっただけだよね……それになんか蓮くん疲れてたのかイライラしてたみたい」
フフって麻耶は笑う。
「結衣さ、こと蓮くんのに関してはさ、すっごいポジティブな思考できるよね?」
「そうかな? だって好きだもん」
でも……ちょっと今日はショックが大きいかな。
「うーん。結衣の気持ちは分かるけどさ、もう何回振られたの?」
私は指を四本、麻耶の顔の前に出す。
「もういいんじゃない?」
「なにが?」
「烏丸くんのことだよ、新しい恋にさ……」
私は両手を突き出して麻耶の言葉を遮る。
「よくないもん」
「でも今回はっきり言ってくれたんでしょ? 俺は好きじゃないって」
聞きたくなくて、咄嗟に耳を塞いだ私。
バターが溶けて表面がコーティングされたパンケーキを見つめる。
「……俺は、好きじゃない」
……でもね、いい声だったの。
少し低くて、優しい響きの。
聞き間違いかと思って聞き返したら、二回も聞いちゃった。
初めて言われたショックで、校門に立ち尽くしていた私に、ちょうど通りかかった蓮くんの親友の横山くんが「何かあったの?」と声を掛けてくれた。
けど、何を答えたか覚えていない。
そこに麻耶が来て……今ここにいる。
ちなみに横山くんは蓮くんと同じクラスで貴重な蓮くんの情報提供者の一人だったりもする。
「でも、好きじゃないけど、嫌いじゃないんだよね?」
「はいはい」
少し呆れ気味の麻耶はパンケーキをもぐもぐ。
一方の私は大好きなパンケーキも喉を通らない。
蓮くんのこと、麻耶が言うようにもうダメなのかな。
好きな気もちはどこにいけばいいの。
諦めるの……
視線の先、腿の上で組んだ手に力が入っていた。
「結衣?」
「うん」
うつむいたまま返事。
でも、好きは消えないよ。
諦めるって、好きはどうしたらいいの?
わからないよ。
「結衣?」
「はい」
声が近くてハッとして顔を上げると、麻耶は身を乗り出していた。
「あのさ、話変わるけど」
「うん」
「こないだ佐々木に告られたんでしょ?」
「うう、告られたっていうか……もう嫌なこと思い出させないでよ」
佐々木くんの顔が間近に思い浮かんで目を閉じて首を振る。
「ごめんだけど、気を付けなよ、あいつ結構しつこいって噂だから」
「もう、脅かさないでよ……こんな時に」
「だって、キスされそうになったんでしょ?」
こくんと頷く。
「手が早いのは有名だけどさ、あんたと七海狙われてるって、耳にしたから」
七海ちゃんは学年一の人気者で可愛いから分かるけど、どうして私も?
「どうして? 私は嫌だって言ったよ」
「まあ、ああいう奴の考えてることは分からないから、部活で遅い時とか気を付けなよ」
ブルブルっと悪寒が走る。
「もう、やめてよ」
「結衣さ、無防備なんだよね、それにさ、自分自身で気がついてないんだよね魅力的なとこ。私が男なら告ってる」
「なにそれ、分かったから、気を付けます。部活で遅い時はだいたいみんなと駅まで帰るから大丈夫だよ」
「そっか。ほら、パンケーキ食べなよ。じゃないと私が食べるよ」
「いいよ、あげる……」
「結衣……」
どうして好きな人に想いは伝わらなくて、嫌いな人から好かれるの……
そう思ったら悲しくなってきて、ぽたぽたと手の甲に大粒の雫が落ちてきた。
麻耶はスッと席を立って私の隣に腰掛けて、ミニタオルで涙を拭ってくれる。
優しさに涙が上書きされて――
麻耶に抱きついていた。
何も言わず、麻耶は優しく背中を擦ってくれた。
涙が流れても、蓮くんへの想いは私の中から流れ出ようとはしなかった。
どれくらい泣いたのかな、鼻をすすると麻耶のシャンプーのいい匂いがして、そばだっていたこころを滑らかに包んでくれる。
「うう、麻耶……私好きだよ蓮くん……」
「分かってるよ」
麻耶は私の髪を優しく撫でる。
「結衣のそういうとこ、真っ直ぐなとこ、私は好きだよ」
「……好きでいていいよね」
「うん、気持ちに正直なのが一番」
パシン!
「ひゃっ!」
私の背中を麻耶が叩いて、ピシッと背筋が伸びる。
「ほら、食べよ」
「今日のは痛いー」
麻耶なりの気合と元気の注入法。
ニコッと隣で笑う麻耶の顔が差し込んだ夕陽に照らされ、真っ赤に染まっている。
少し潤んだ瞳の麻耶。
「じゃあ、食べちゃうよパンケーキ」
フォークに手を伸ばした麻耶より先に、素早くそれを握りしめた私。
「だめ、食べる」
「はいはい。戻ってきたね結衣」
席を立とうとする麻耶の腕を掴む。
「でも、半分あげる。一緒に食べよ」
「私を太らせる気だ」
ニコッとして座り直した麻耶。
「ありがとう。ほら、あーんしてあげる」
私が差し出したパンケーキにぱくりと麻耶は食いつく。
いつもありがとう。
こんな私に優しくしてくれて、傍にいてくれて。
そうだ、麻耶は恭一くんとはどうなったんだろ?
「麻耶さ、恭一くんには告ったの?」
「うっ……私のことはいいから」
喉に詰まらせそうになったのか、胸をトントンする麻耶。
私はその背中を軽く叩いた。
麻耶は想いを秘めるタイプ。
相手のことを考え過ぎちゃって。
恋に恋してる感じ……私は……私でいいんだよね。
恭一くんは中学から一緒で、しかも蓮くんと同じクラス。
私の大切な諜報部員でもある。
今度さりげなく聞いてみようかな、麻耶のことどう思ってるのか。
「もう結衣、余計なこと考えてないよね? 私のことより蓮くんのことに集中だよ」
「はあい」
耳を赤くして、グラスを手にした麻耶。
そのつぶらな瞳を見ながら、麻耶と私の胸にある想いが大好きな人に伝わったらいいのになって。
二人で幸せになれたらって。
あれ?
「麻耶、それ私のリンゴジュースだよ」
「え? え? ごめん」
「全然いいんだけど、麻耶はかわいいな」
肩で麻耶を小突く。
「もう慰めてあげないよ、からかわないでよ」
そう言ってまた、私のジュースをチューっと吸う。
麻耶の小さなため息と一緒に置かれたグラス。
テーブルに差し込む茜色の名残りを浴びて、溶けた氷をキラキラと揺らめかせていた。
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