へんか
青い空。
白い雲。
気の早い蝉が暑さに誘われて、電信柱に止まって一生懸命鳴いていた。
夏が近づいてきたって感じがする。
蓮くんの誕生日まであと一週間と少し。
あの頃の返信率が嘘のように、あのデートから毎日メッセージはしている。
それに登下校もお互いタイミングが合えば一緒。
毎日毎日、蓮くんが少しずつ増えていく。
今日、登校は一緒じゃないんだ。
蓮くん早起きして部室で作業するって言ってたから。
教室に入ろうとした時。
「橘さん」
呼び止められた私。
「あ、横山くん。おはよう」
「おはよう」
はにかんでちょっと首を倒す横山くん。
「どう、順調? 蓮と上手くやっていけそう?」
「え、あ、うん」
「諜報依頼がないから心配はしてなかったけど……」
横山くんは教室の席にいる蓮くんの方に視線を向けた。
目をこすりながら欠伸をしていた蓮くん。
もう、早寝じゃなかったの?
最近眠そう。
お肌にもよくないのに。
「蓮さ、変わったと思わない?」
「え、ああ……うん」
私は大きくうなずいた。
話してくれるようになったし。
手もつないだし。
キスも――
瞬時にチークを纏うほっぺ。
「橘さんのせいだね」
「ん……?」
「あいつ、前より断然笑うようになったし、生き生きしてる。そう思わない?」
「……うん」
「きっと、橘さんが、そばにいるからだと思うな。俺、保育園の頃からの付き合いでしょ。あんな蓮、久しぶりに見た」
「そうなんだ」
唇をかんで蓮くんを見つめる。
教科書をぱらぱらめくって。
ああいう時の蓮くんは教科書は見てなくて。
他のことを考えてる。
もしかして。
私のことかな。
だったらいいな。
「橘さんも、いい顔をしてる」
「え……?」
頬に手を添える私。
「恋してるって言ったらそれまでだけどさ、あいつ、橘さんの話をする時、めっちゃ楽しそうなんだよ」
「え? 何話してるの?」
「ん? なんか動きが動物みたいで面白いって」
「ああ……」
「そそっかしくて目が離せないって」
「ああ………」
「でも、最後にあいつこういうんだ決まって。どんな橘さんもかわいいって。好きになってよかった、そばにいられて俺は幸せもんだって」
「え?」
「こういうの、人から聞かない方がいいって思ったけど、たぶんあいつ言わないと思うし。余計なお世話しちゃったかもだけど」
「ううん。そんなことない」
「俺が言わなくても大丈夫だろうけど、蓮を……よろしく」
「うん。まかせて。それに横山くん。蓮くんね、ちゃんと言ってくれるよ。かわいいも。好きも。誕生日も教えてくれたよ」
横山くんは目を丸くして、ボーっと口を開けた。
「横山くん?」
「ああ、いや、そっか。そうなんだ。あいつ……」
「私たちのこと、気にかけてくれてありがとう」
「あ、まあ、元諜報部員としては。当然のことかな。じゃあ」
横山くんは教室に入って行くと蓮くんのそばに行った。
笑って話している。
なんか――
ちゃんと親友の横山くんに私のことを話してくれていることが。
そして、横山くんでさえ想像してなかった、蓮くんが私に気持ちを伝えていてくれたことが。
じわじわと私の中に広がっていく。
私はリュックのベルトに手を掛けながら、ちょこちょこと小走りで蓮くんのそばに。
「おはよ、蓮くん」
「おはよう。橘」
ちゃんと目を見て微笑んでくれる。
ふわふわした足取りで自分の席に着く。
――そうなんだ。
蓮くん、笑顔が増えたんだ。
私といるから?
それは私だって同じだもん。
両手の指でほっぺを押し上げる。
ん?
でも、横山くん変なこと言ってた気がする?
なんだっけ?
人差し指を顎に当て天井を見つめる。
そこに――
蓮くんの笑顔が浮かんできて。
疑問をかき消していた。
――昼休み。
お昼ご飯を食べて、トイレの鏡でチェック中。
蓮くんの誕生日デート計画。
蓮くんが行きたいとこは、ネズミーランド、動物園。
私も色々考えてるよ。
たぶん、お寺が好きな蓮くん。
確認してないけど、修学旅行の時に自由行動で行った先がお寺ばかりだったから。
鎌倉までお出掛けもいいかなって。
お寺がいっぱいあって。
紫陽花が見ごろだって書いてあって。
蓮くんが撮った写真見てみたいなあとか。
それから、隣町の帝釈寺。
門前町だから、お団子やお煎餅とかもんじゃとか食べるのもいいかなとか。
アミューズメント施設や川越とか日光とか、マザー牧場とか。
調べたら調べるだけ面白そうな場所は出て来るんだけど。
気づいたの。
探してる基準がね。
蓮くんが楽しんでくれるかなって考えてるの。
写真撮れそうかな。
食べられるかな。
喜んでくれるかな。
蓮くんを中心に世界が回り始めたのかなって思うくらい。
色々、妄想吟味して。
ネズミーランドは行きたいけど高いし、当日チケット買えるか分からない。
動物園が一番いいかも。
でも絶対、私がいるって言われる気がする。
檻の中に居そうって……
それは全然いいんだけど。
「あっ、結衣ちゃん」
「ん? ああ、七海ちゃん!」
「ふふ、結衣ちゃん幸せそうだね」
「そ、そうかな。あっ、でも七海ちゃんも彼氏できたって噂で聞いたけど……」
「内緒だよ。中学の時の同級生なんだ。ずっと好きだったって、言ってくれて。今年から付き合い始めたんだ」
ポッと頬を赤らめた七海ちゃん。
「そっか、七海ちゃんこそ幸せそうだよ」
「ふふ、なになに、好き故の恋の悩み?」
「え?」
「なんか雰囲気変わった、結衣ちゃん」
「そうかな?」
「もしかして、エッチしちゃった?」
小声で囁く七海ちゃん。
ブルブルと首を振る。
「な、ななな、七海ちゃん何言ってるの! まだ、そんな、全然だし!」
「ふーん。まあ、時間の問題っぽそうだけどね」
七海ちゃんは意味深に笑って、リップを塗り直している。
鏡に映る七海ちゃんは、蓮くんに振られた時でさえかわいかったのに。
以前にもまして、瞳がきらきらして、目元が優しい。
恋してるから?
それとも……
「も、も、もしかして、七海ちゃんこそしちゃったんじゃないの?」
あっ。
言っちゃった。
言ってる私が熱くなる。
七海ちゃんのリップを塗っていた手が止まって。
鏡越しにチラッと私を見た。
「まだだよ。でも結衣ちゃんと同じかな」
「え?」
「好きな人と一緒にいられるって幸せだよね」
「うん。そうだね」
くるって私の方を向いた七海ちゃん。
くって顔を近づけて。
「私もキスはしたよ」
耳元で囁いた。
そして、ニコッと笑ってトイレを出て行った。
そっかあ。
七海ちゃんもキスしたんだ。
だからなのかな、あんなに表情が優しいし柔らかいの。
でも、結局は幸せだからだよね。
好きな人と一緒にいられて。
鏡を見てみる。
頬に手を当てた。
うーん。
自分では分かんないけど。
何か変わったのかな?
そうなのかな?
あれ?
七海ちゃん、私もって言ってた?
気のせいかな?
私もリップをひと塗りして。
鏡に向かって微笑んだ。
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