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好きだから。  作者: ぽんこつ


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3/14

私の好きは……

夏が過ぎ、二学期。

私たちチア部は、秋の大会に向けて毎日練習に励んでいた。

夏休みの終わりに行った合宿では、新しい振り付けも覚えたし、今は完全に自分たちのための練習。

誰かの応援じゃなくて、自分たちのステージのために。

放課後を告げるチャイムが鳴る、私は部活へ向かう準備をしながら、ついついいつものように蓮くんのことを考えた。

今日はいるかな。

ここのところ蓮くんの姿をあまりみれていない。

始業式の時にチラッと見掛けただけ。

きっと忙しいかな、でも寂しくて、蓮くん写真集で我慢してる。

私は部活に行く前に、写真部の部室に寄ってみた。

もちろん、目的はひとつ。

蓮くんです。

扉は開いたままで、中には誰もいない。

今日もどこか違う場所にいるのかな。

ん?

奥の部屋のドアが開いていて、忍び足で近づいてみる。

お邪魔しまーす。

こころの中でご挨拶。

ドアの陰から、こっそり覗いてみる。

み~つけた。


挿絵(By みてみん)


ポッと心の中が温かくなって、食い入るように見つめてしまう。

カメラの手入れをしている蓮くんの横顔を。

真っ直ぐ集中している目。

慣れた指先の動き。

これは、またとないチャンスでしょ。

私は後ずさりして、物陰にしゃがんで、そっとポケットからスマホを取り出す。

そして、少し距離を置いて音が鳴ってもバレないように。

カメラを構えて――


挿絵(By みてみん)


んー、小さいから、少しズーム。

画面にいっぱいに蓮くんの横顔。

にやける私。

パシャリ、パシャリ。

気づかれてない。

よし!

また、勝手に撮っちゃった。

ごめんね、蓮くん。

でも、その無防備な表情も、真剣な目も、たまらなく好き。

画面を見つめてニヤニヤする。

スマホをそっとポケットにしまって、静かに立ち去ろうと振り返る――

ゴンっ。

鈍い音が鳴と、おでこの上あたりに鋭い痛みがはしる。

「うっ……」

テーブルの縁に頭をぶつけた。

そこを手で押さえて、かがみながら部室を抜け出す。

そして廊下の角まで足音を立てないように全力ダッシュ。

大丈夫、バレてない。

壁に張り付いて息を整えて、チア部の部室に向かう。


うきうきルンルンしながら、更衣スペースでユニフォームに着替えていたとき、ふと、あることに気づく。

「……あー、最悪……」

小さく声に出して、頬を膨らませる。

筆箱、机の中に忘れた。

しぶしぶ教室まで取りに返る。

夕方の校舎はひんやりしていて、静かだった。

人の気配が遠くて、トントントンと自分の足音だけが響く。

私は廊下を走って教室に戻り、勢いよく扉を開けた。

「……あれ?」

誰もいないと思っていたのに、一番前の窓際の席に誰かが座っていた。

佐々木瞬ささき しゅんくん。

同じクラスで、女子に人気がある。

正直、私は少し苦手だった。

気取っていて、何人もの女子とのエッチな噂を耳にする。

情報源は麻耶だけど。

一瞬だけ、目が合う。

それがなくても佐々木くんの視線の温度が、どこかいやらしくて気持ち悪いと感じてしまう。

あの目で、チアのときの私を見ていたことがある気がして――

今その格好だと気付いて、少し嫌な気持ちになる。

「筆箱、取りに来ただけだから」

声が少し強くなったのは、警戒のせいだったと思う。


私の席はその窓際の一番後ろ。

机に近づいて中に手を伸ばした時、不意に腕を掴まれた。

「えっ……?」

ドンッ、と音がして、鈍い痛みを伴って背中が壁に押し付けられる。

息を呑む暇もなく、顔が近づいてきて。

ユニフォームの胸元をギュッと握りしめる。

鼓動が早くて、吐き出しそう。

彼の顔が近い。

すごく、近い。

なんで?

こうなるの?

片方の手首がすごい力で壁に押し当てられて痛くて、怖くて足がすくんでしまう。

彼の視線が、じろじろと私の身体をなぞるように動くのがわかる。

スカートの裾をつままれて、指がかすかに引っ張った。

「や、やめて……」

震える声が自分のものとは思えなかった。

「俺、お前のこと好きだからさ。……したいんだよね、いいだろ」

彼の熱い息遣いが耳にかかる。

押しつけがましい、吐き出すようなその言葉。

呼吸が止まりそうだった。


キスされる――

その直前、私は反射的に顔を背けた。

「無理っ……!」

どんと肩を押して、必死に身体を捩って、教室を飛び出す。

怖い。

怖くて、悔しくて、気持ち悪くて、涙が滲みそうになるのを、ぐっと堪えて、ただ部室へと走った。

「もう……なんで……」

怒り、不安、恐怖、悲しみ――

ぐちゃぐちゃになって心の中に吹き荒れる。

左の手首には痛みがじわりと残っている。

部室の扉の前で、頭を振って彼の放った言葉を追い出そうとした。

「結衣? どうしたの?」

その様子を見ていたのか、同級生で部員の真奈美まなみが心配そうに顔を覗き込んでくる。

私は咄嗟に笑ってみせる。

「んーん、大丈夫。ちょっと走ってきたから、顔赤いだけ」

本当は大丈夫じゃない。

でも、言いたくなかった。

なんか、言ったら負けな気がして。

私は大きく息を吸い込んで、手足をぶらぶらさせた。

そんなことより、今は練習しなきゃ。

踊らなきゃ。

切り換えよう、忘れよう。

みんなで鏡の前に並び、音楽に合わせて体を動かす。

汗が流れ、頭の中が少しずつ空っぽになっていく。


窓から差してきた夕陽に包まれるころ、休憩時間になった。

私は喉が渇いたので、自販機まで飲み物を買いに行く。

周囲を警戒しつつ、あのやらしい佐々木くんがいないか確認する。

あんなことがなければ、蓮くんのことだけ考えていられたのに。

小銭を握りしめて、売店がある本校舎の方へと向かう。

そこへと続く一階の渡り廊下。

外の空気が汗を冷ましてくれる。

夕焼けの通路の向こうから誰かが歩いてくる。

桜井奏さくらい かなで先輩だった。

ホッと胸を撫で下ろす。

ブラスバンド部で、誠実でおだやかな人。

よく応援で一緒になるからか、私たちにも声を掛けてくれる優しい先輩。

「お疲れさまです」

挨拶をして通り過ぎる。

「結衣ちゃん」

涼やかな声に呼び止められて、足が止まる。

振り返ると、奏先輩の目が、まっすぐに私を見ていた。

「はい」

気を付けして、背筋をしゃんと伸ばす。

奏先輩は首を傾げ苦笑い。

「あのね、いきなりこんなこと言って、迷惑だと思うんだけど――君のこと、その、好きなんだ」

「え?」

ひやりとした風が、サーッと通路を横切って、奏先輩のシャツを膨らませていった。

ちょっと、どうして?

先輩の優しくて、真剣なまなざし。

だけど――

「私……、好きな人がいます。ごめんなさい……」

言葉にした瞬間、涙が浮かんでいた。

蓮くんのことも、佐々木くんのことも、そして今の奏先輩のことが、ぐちゃぐちゃになっていて。

でも、気持ちはひとつだった。

蓮くんが、好き。

唇をぎゅーって結んで、涙が溢れないように必死にこらえる。

そんな私を、奏先輩は責めなかった。

ニコって笑うと、

「いきなりでごめん、僕が悪いから。……ありがとう。ちゃんと言ってくれて」

そう言って、タオルを差し出してくれた。

優しさが沁み込んできて、泣いちゃだめなのに。

私はそれを受け取ることなく頭を下げて駆け出した。


スポーツドリンクを買って渡り廊下のそばのベンチに腰かけた。

ペットボトルを両手で持って口をつけると、喉に潤いが染みていく。

「ふうっー」

吐いた息が肩の力を抜いていく。


挿絵(By みてみん)


赤く染まった校舎。

夕暮れが運んで来た少し肌寒い風が、ツインテールの毛先とスカートの裾をふわってさらっていった。

ただ、蓮くんのことが好きなだけなのに。

佐々木くんや、奏先輩から告白された。

けど、だけど。

私の好きは一つしかないし。

佐々木くんからのは正直、嫌だった。

奏先輩からのは正直、悪いなって思った。

蓮くんには何度も振られてるけど、好きな人がいるって言われてはいない。

ごめんと無言の舌打ち……

どう思ってるんだろ。

嫌なのかな……悪いなって感じてくれてるのかな……

私の好きって思い。

でも、それでも。

あきらめないもん。

カア、カア。

家へ帰るカラスの鳴き声が渇いた校庭に響いていた。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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