はい。初デートです。一瞬の証。
夕焼けが私たちの影を遠くに伸ばした帰り道。
駅までの道すがら。
沈黙は、もう川じゃなかった。
心地よい風みたいに流れて、私たちを包んでいた。
「楽しかった?」
蓮くんが、ふいに言った。
「うん、すっごく。今日のこと、絶対忘れないと思う」
それに返事はなかったけど──
少しだけ、蓮くんの左肩が、こっちに寄ってた気がした。
ひやっとした風が吹いて。
追い越していく髪を片手で押さえた。
「蓮くんは? 楽しかった?」
「ああ」
優しい声だった。
「また、来ようね」
絞るような声だった。
「そうだな」
ふって笑って。
空を見上げた蓮くん。
こっそり撮った写真みたいな寂しそうな顔だった。
私は蓮くんの袖をつまんでいた。
ビクッとする蓮くんは私を見た。
「つかまっててもいい? 少しだけだから……」
何も言わなかったけど、目尻を下げた顔は優しかった。
何かあの一瞬。
蓮くんが遠くに行っちゃう気がして。
気がついたら手を伸ばしていた。
長い、長い影はまるで手をつないでいるように見えた。
結局改札まで蓮くんの袖をつまんで歩いたの。
指先からわずかに伝わる体温を感じて。
ほんの数分。
だけどつながってる気がして。
ちゃんと傍にいてくれて。
私もいるからねって。
そんな風に思ってた。
夕陽に染まるホームのベンチ。
電車が来るまでのあいだ、私はスマホを開いて、今日の写真を確認する。
私とクラゲ。
私と水槽。
キラキラの海。
イルカ。
一緒に写真は撮れないけど――
フフ。
トイレの帰りこっそり隠し撮りした蓮くんの写真。
私服の蓮くん。
初ゲット。
でも、その顔は寂しそうだったの。
そうさっき見せた一瞬の表情。
デートの最中には見せない顔だったから。
同じように、帰りたくないって。
一緒にいたいって。
寂しいなって。
思ってくれたのかな。
でも、うれしい。
帰って虎の巻に書き込むんだから。
あの時、クラゲのとなりで、指が私に触れたことも。
電車の中のことも。
水族館のことも。
ご飯のことも。
イルカショーのことも。
かわいいも。
おいしいも。
トビコとハヤオも。
全部、全部、ぜーんぶ。
『まもなく二番線に電車が参ります……』
私たちを素敵な時間に運んでくれた電車。
今は私たちを離れ離れさせるためにやってきた。
立ち上がった蓮くんの脇をついて行く。
ライトを照らして滑り込んできた電車が髪とスカートの裾を靡かせた。
空いている車内。
並んでシートに腰掛ける。
肩が触れそうな距離で。
私は手にしたスマホを見つめていた。
「私、もっともっと蓮くんみたいな写真を撮りたい」
「え?」
「蓮くんの写真って何か話しかけてくるんだ。どう? きれいでしょって」
小さく息を吐いて、蓮くんは笑った。
「おまえはおまえらしい写真を撮ればいいんだよ」
「私らしい写真?」
膝に上で手を組んだ蓮くん。
「なんでもそうだけど、好きって感じたことを続ければいい。最初は真似でもいいけど。自分らしさを消す必要はないから。それに、いい写真撮ると思うよ」
「そう?」
うれしくてすぐに笑顔になっちゃう私。
「まず、おまえ自身が撮った写真のこと好きでしょ?」
「ああ、そうかも」
「自分が一番のファンであることそれが大事。そしてそれを見て誰か一人でも何かを感じてくれたら、もうその時点でそれは芸術なんだ」
「なんか難しいな」
「そっか」
電車は駅に着いて。
人が降りて。
人が乗ってくる。
小さく息を吸って。
背筋を伸ばす。
腿の上で組んだ両手に力が入った。
「あのさ、聞いてもいい?」
「ん? なに?」
「どうして、その、あの、私の写真を作品として展示してくれたの?」
返ってくる言葉がちょっぴり怖くて顔が見れなかった。
電車の揺れが、私たちの体を同じ動きにして。
肩が触れては離れて。
「笑顔かな……」
「へ?」
ハッとして見上げた蓮くんの横顔が、やけに近く感じられて。
目を伏せる。
でも、もう一度見上げたら。
「おまえの笑顔って力があったから」
「ち、か、ら?」
電車の照明に照らされた顔が眩しくて。
言葉と笑顔に射抜かれて。
動けなくて。
見惚れてた。
「嬉しいから、楽しいから、こころが笑ってるって感じた。それだけ」
「そう……なのかな……」
ふいにこっちを向いた蓮くん。
目が合うと、ニコッと笑って反対側の車窓に目をやった。
建物に明かりがともり始め藍色の空が静かに横たわっていた。
私たちの姿が映る窓ガラス。
そこに話しかけるように、
「おまえの……チアやってる時の表情ってみんなが元気になる」
蓮くんの優しい声が心に届いた。
「え?」
全神経を耳に集中させる。
バッグの上に置いた手の指が忙しなく動いていた。
「一生懸命、声援を送っているのがわかるからかな。頑張れって。勝ったら自分のことのように喜んで、負けたら自分のことのように泣く。すごいなって」
唇をかんだ。
何かが出てきそうで。
「写真は一瞬を切り取ったもの。動画は連続しているでしょ。それはそれで全体が見られるし、すごいことなんだけど。写真の一枚。一瞬から。想像するってことが面白いんだ」
黙って頷く。
きっと私にもわかるようにゆっくり話してくれている。
大切なことだと思って。
一言一言を心に沈めていく。
「一瞬だから結果が分かるわけではなくて、いくらでも見る人によって受け取り方がある。余白があるっていうのかな。小説なんかもそうだと思うけど。映像でも表現できるけど、画がある分制約される。人の感情や演出ぐらいだから余白の幅は少ない」
なんかすごいなって。
私なんか何も考えてないのに。
でも言葉はちゃんと心に入ってきた。
「そこへ行くと文字や絵は。余白が多い分、いくらでも自由に想像できる。からかな。まあ、俺の考えだけど」
自由か。
クラゲを見た時も蓮くん言ってたな。
何かあるのかな、自由になりたいって思う。
何かが。
私もちゃんと蓮くんのこと見ていこう。
もっと、もっと。
だって。
私を見てくれていたんだ。
ちゃんと私を。
精一杯応援していることを。
それを言葉にして伝えてくれて。
指で目頭を押さえた。
鼻をすすって顔を上げて。
大きく息を吐いた。
「でもそれって、好きだってことでしょ? 私のこと」
心から流れ出るまま、想いを言葉にしていた。
ゴー。
すれ違う電車の明かりがものすごいスピードで光と闇を交互に運んで消えた。
肩に力が入って。
ギュッて組んだ手を見つめてた。
言わなきゃよかったかな。
聞かなきゃよかったかな。
今こうして一緒にいてくれることが全てなのに。
聞きたいって思っちゃった。
だって。
私の笑顔、好きなんでしょっ?
どうして好きじゃないって言ってたの?
私のことかわいいって思ってくれてるんでしょ?
「かもしれない……ごめん」
絞り出すような声だった。
それから何も言えなくなっちゃった。
謝らなくていいのに。
好きって言葉じゃないけど。
私のことをちゃんと見てくれていて。
それが好きってことだって思えたから。
でも、「好き」って聞きたいって欲が出ちゃった。
ごめんね蓮くん。
ずっと心臓の音しか聞こえなくて。
強張った指先を見つめていた。
『まもなく小間井。小間井です……』
私が降りる駅。
蓮くんの家は一つ先。
目を瞑って深呼吸一つ。
スマイル。
オーケー。
顔を上げて微笑んだ。
「今日はありがとう。本当に楽しかったよ。本当に楽しかった」
少し声が震えてた。
「ああ、こっちこそ。楽しかった」
蓮くんの声もかすれてた。
車窓が明るくなって。
電車のスピードが緩んで。
肩と肩がぶつかった。
「じゃあ、またね」
「ああ」
ゆっくり立ち上がって扉の前に向かう。
席に座ってる蓮くんを振り返り小さく手を振る。
微笑みながら振り返してくれる。
ずっと鳴りっぱなしの心臓。
必死で堰き止めていた想いが。
ぽちゃんって。
零れた。
離れたくない――
私は蓮くんに駆け寄って。
屈んで、ほっぺにキスをした。
「おやすみ」
ドアが開いたのと同時に飛び出した。
足がすくんで歩けなくて。
膝が少し震えてる。
バッグのベルトを両手でぎゅっと握りしめる。
振り返れなくて。
蓮くんがどんな顔をしていたのか見る余裕なんてなくて。
発車ベルが鳴って。
シュッてドアが閉まる。
ウイーンってエンジンが鳴いて。
ゆっくりと動き出した電車。
ガタン、ガタン……
電車が残した冷たい風が髪とスカートを翻していった。
震える指で唇を触る。
温かかった蓮くんのほっぺ。
軽い子って思われちゃったかな。
でも、どうしようもなかった。
あふれて、あふれて。
どうしようもなかったんだもん。
一歩二歩踏み出して。
足の力が抜けて。
壁際に肩を抱いてしゃがみこんだ。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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