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好きだから。  作者: ぽんこつ


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27/39

はい。初デートです。一瞬の証。

夕焼けが私たちの影を遠くに伸ばした帰り道。

駅までの道すがら。

沈黙は、もう川じゃなかった。

心地よい風みたいに流れて、私たちを包んでいた。

「楽しかった?」

蓮くんが、ふいに言った。

「うん、すっごく。今日のこと、絶対忘れないと思う」

それに返事はなかったけど──

少しだけ、蓮くんの左肩が、こっちに寄ってた気がした。

ひやっとした風が吹いて。

追い越していく髪を片手で押さえた。

「蓮くんは? 楽しかった?」

「ああ」

優しい声だった。

「また、来ようね」

絞るような声だった。

「そうだな」

ふって笑って。

空を見上げた蓮くん。

こっそり撮った写真みたいな寂しそうな顔だった。

私は蓮くんの袖をつまんでいた。

ビクッとする蓮くんは私を見た。

「つかまっててもいい? 少しだけだから……」

何も言わなかったけど、目尻を下げた顔は優しかった。

何かあの一瞬。

蓮くんが遠くに行っちゃう気がして。

気がついたら手を伸ばしていた。

長い、長い影はまるで手をつないでいるように見えた。

結局改札まで蓮くんの袖をつまんで歩いたの。

指先からわずかに伝わる体温を感じて。

ほんの数分。

だけどつながってる気がして。

ちゃんと傍にいてくれて。

私もいるからねって。

そんな風に思ってた。


夕陽に染まるホームのベンチ。

電車が来るまでのあいだ、私はスマホを開いて、今日の写真を確認する。

私とクラゲ。

私と水槽。

キラキラの海。

イルカ。

一緒に写真は撮れないけど――

フフ。

トイレの帰りこっそり隠し撮りした蓮くんの写真。

私服の蓮くん。

初ゲット。

でも、その顔は寂しそうだったの。

そうさっき見せた一瞬の表情。

デートの最中には見せない顔だったから。

同じように、帰りたくないって。

一緒にいたいって。

寂しいなって。

思ってくれたのかな。

でも、うれしい。

帰って虎の巻に書き込むんだから。

あの時、クラゲのとなりで、指が私に触れたことも。

電車の中のことも。

水族館のことも。

ご飯のことも。

イルカショーのことも。

かわいいも。

おいしいも。

トビコとハヤオも。

全部、全部、ぜーんぶ。


『まもなく二番線に電車が参ります……』

私たちを素敵な時間に運んでくれた電車。

今は私たちを離れ離れさせるためにやってきた。

立ち上がった蓮くんの脇をついて行く。

ライトを照らして滑り込んできた電車が髪とスカートの裾を靡かせた。

空いている車内。

並んでシートに腰掛ける。

肩が触れそうな距離で。

私は手にしたスマホを見つめていた。

「私、もっともっと蓮くんみたいな写真を撮りたい」

「え?」

「蓮くんの写真って何か話しかけてくるんだ。どう? きれいでしょって」

小さく息を吐いて、蓮くんは笑った。

「おまえはおまえらしい写真を撮ればいいんだよ」

「私らしい写真?」

膝に上で手を組んだ蓮くん。

「なんでもそうだけど、好きって感じたことを続ければいい。最初は真似でもいいけど。自分らしさを消す必要はないから。それに、いい写真撮ると思うよ」

「そう?」

うれしくてすぐに笑顔になっちゃう私。

「まず、おまえ自身が撮った写真のこと好きでしょ?」

「ああ、そうかも」

「自分が一番のファンであることそれが大事。そしてそれを見て誰か一人でも何かを感じてくれたら、もうその時点でそれは芸術なんだ」

「なんか難しいな」

「そっか」

電車は駅に着いて。

人が降りて。

人が乗ってくる。


小さく息を吸って。

背筋を伸ばす。

腿の上で組んだ両手に力が入った。

「あのさ、聞いてもいい?」

「ん? なに?」

「どうして、その、あの、私の写真を作品として展示してくれたの?」

返ってくる言葉がちょっぴり怖くて顔が見れなかった。

電車の揺れが、私たちの体を同じ動きにして。

肩が触れては離れて。

「笑顔かな……」

「へ?」

ハッとして見上げた蓮くんの横顔が、やけに近く感じられて。

目を伏せる。

でも、もう一度見上げたら。

「おまえの笑顔って力があったから」

「ち、か、ら?」

電車の照明に照らされた顔が眩しくて。

言葉と笑顔に射抜かれて。

動けなくて。

見惚れてた。

「嬉しいから、楽しいから、こころが笑ってるって感じた。それだけ」

「そう……なのかな……」

ふいにこっちを向いた蓮くん。

目が合うと、ニコッと笑って反対側の車窓に目をやった。

建物に明かりがともり始め藍色の空が静かに横たわっていた。

私たちの姿が映る窓ガラス。

そこに話しかけるように、

「おまえの……チアやってる時の表情ってみんなが元気になる」

蓮くんの優しい声が心に届いた。

「え?」

全神経を耳に集中させる。

バッグの上に置いた手の指が忙しなく動いていた。

「一生懸命、声援を送っているのがわかるからかな。頑張れって。勝ったら自分のことのように喜んで、負けたら自分のことのように泣く。すごいなって」

唇をかんだ。

何かが出てきそうで。

「写真は一瞬を切り取ったもの。動画は連続しているでしょ。それはそれで全体が見られるし、すごいことなんだけど。写真の一枚。一瞬から。想像するってことが面白いんだ」

黙って頷く。

きっと私にもわかるようにゆっくり話してくれている。

大切なことだと思って。

一言一言を心に沈めていく。

「一瞬だから結果が分かるわけではなくて、いくらでも見る人によって受け取り方がある。余白があるっていうのかな。小説なんかもそうだと思うけど。映像でも表現できるけど、画がある分制約される。人の感情や演出ぐらいだから余白の幅は少ない」

なんかすごいなって。

私なんか何も考えてないのに。

でも言葉はちゃんと心に入ってきた。

「そこへ行くと文字や絵は。余白が多い分、いくらでも自由に想像できる。からかな。まあ、俺の考えだけど」

自由か。

クラゲを見た時も蓮くん言ってたな。

何かあるのかな、自由になりたいって思う。

何かが。


挿絵(By みてみん)


私もちゃんと蓮くんのこと見ていこう。

もっと、もっと。

だって。

私を見てくれていたんだ。

ちゃんと私を。

精一杯応援していることを。

それを言葉にして伝えてくれて。

指で目頭を押さえた。

鼻をすすって顔を上げて。

大きく息を吐いた。

「でもそれって、好きだってことでしょ? 私のこと」

心から流れ出るまま、想いを言葉にしていた。

ゴー。

すれ違う電車の明かりがものすごいスピードで光と闇を交互に運んで消えた。

肩に力が入って。

ギュッて組んだ手を見つめてた。

言わなきゃよかったかな。

聞かなきゃよかったかな。

今こうして一緒にいてくれることが全てなのに。

聞きたいって思っちゃった。

だって。

私の笑顔、好きなんでしょっ?

どうして好きじゃないって言ってたの?

私のことかわいいって思ってくれてるんでしょ?

「かもしれない……ごめん」

絞り出すような声だった。


それから何も言えなくなっちゃった。

謝らなくていいのに。

好きって言葉じゃないけど。

私のことをちゃんと見てくれていて。

それが好きってことだって思えたから。

でも、「好き」って聞きたいって欲が出ちゃった。

ごめんね蓮くん。

ずっと心臓の音しか聞こえなくて。

強張った指先を見つめていた。

『まもなく小間井。小間井です……』

私が降りる駅。

蓮くんの家は一つ先。

目を瞑って深呼吸一つ。

スマイル。

オーケー。

顔を上げて微笑んだ。

「今日はありがとう。本当に楽しかったよ。本当に楽しかった」

少し声が震えてた。

「ああ、こっちこそ。楽しかった」

蓮くんの声もかすれてた。

車窓が明るくなって。

電車のスピードが緩んで。

肩と肩がぶつかった。

「じゃあ、またね」

「ああ」

ゆっくり立ち上がって扉の前に向かう。

席に座ってる蓮くんを振り返り小さく手を振る。

微笑みながら振り返してくれる。

ずっと鳴りっぱなしの心臓。

必死で堰き止めていた想いが。

ぽちゃんって。

零れた。

離れたくない――

私は蓮くんに駆け寄って。

屈んで、ほっぺにキスをした。

「おやすみ」

ドアが開いたのと同時に飛び出した。

足がすくんで歩けなくて。

膝が少し震えてる。

バッグのベルトを両手でぎゅっと握りしめる。

振り返れなくて。

蓮くんがどんな顔をしていたのか見る余裕なんてなくて。

発車ベルが鳴って。

シュッてドアが閉まる。

ウイーンってエンジンが鳴いて。

ゆっくりと動き出した電車。

ガタン、ガタン……

電車が残した冷たい風が髪とスカートを翻していった。

震える指で唇を触る。

温かかった蓮くんのほっぺ。

軽い子って思われちゃったかな。

でも、どうしようもなかった。

あふれて、あふれて。

どうしようもなかったんだもん。

一歩二歩踏み出して。

足の力が抜けて。

壁際に肩を抱いてしゃがみこんだ。


挿絵(By みてみん)

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