はい。初デートです。募る想い。
お手洗いで、メイクチェック。
チークのせいなのか、もうずっとそのままなのか。
ほんのり染まった頬を見てにやける。
リップを塗り直して。
スマイル、オッケー。
窓際の席に佇んでいる蓮くん。
またフリスクを食べているみたい。
余程スース―するのかお冷を飲んでいた。
私はバッグからスマホを取り出して――
ズームで蓮くんの横顔をパシャリ。
見つめた画面。
あれ?
何か寂しそうな顔。
遠くを見ている眼差し。
なんだろう?
私はスマホをしまって、蓮くんの待つテーブルに小走りで向かう。
「お待たせしました」
「じゃあ、行こうか」
お会計はもちろん割り勘。
でも結局、一人分の値段は同じだった。
「さっきパンフレット見たら、イルカショーがもうすぐあるから行ってみる?」
「はい」
レストランを出ると、少し強い風がひと吹きスカートを弄んで行った。
さっきの広場を抜けて水族館の建物の方へ。
イルカショー・アリーナという案内板の通りに進む。
お腹も心も満たされて。
ずっと蓮くんの顔を見てる。
ドン!
「わっ」
痛い……
「だ、大丈夫?」
「へへ……」
コンクリートの花壇に膝をぶつけた。
何でか知らないけど蓮くんが笑ってくれてるから。
痛みも吹き飛ぶ。
「気を付けなよ、でも何でそんなとこにぶつかった?」
「あ、へへ。ちょっと空見てた」
嘘ついちゃったけど。
また、蓮くんは笑ってくれた。
建物に併設されたアリーナ。
大きな半円形のプール。
スタジアムみたいな階段状の席が囲んでいる。
「どこで見る? 近くのがいいのかな? この辺のが全体が見れて見やすそうだけど」
蓮くんと一緒ならどこでもいいよって。
言いたい。
けど言えない。
「下の方濡れそうだよね。この辺にする?」
並んで座ると、どことなく修学旅行みたいな空気になって、それが少しおかしくて。
嬉しくて。
前のほうの席では、小さな子がはしゃいでる。
水が飛んでもいいようにカッパを着て、親子で笑ってた。
私はスマホを握ったまま、時々、となりの蓮くんをちらっと見た。
「こういうの見たことないな」
「うん、私も初めて」
一緒に初めてのことが嬉しいよ。
一緒に写真は撮れないし。
手も繋げないけど。
それ以上にいっぱい話せてるし。
触れちゃったし。
言葉じゃなくてもかわいいって。
思ってくれたし。
もしかしたらお世辞かもしれないけど。
そんなことは良くて。
あの時うなずいてくれたから。
今日は幸せいっぱい見つけたよ。
初めてのデートで間接キスも。
また、一人で沸騰している。
でもでも。
妄想大魔王がこんにちは。
ねえねえ、今日キスしちゃうの?
え……?
無理死んじゃうよ。
でも、想像以上にいい雰囲気じゃない。
手握ってみたら?
無理死んじゃうよ。
それに約束だから。
嫌われたくないもん。
「イルカの名前は、トビオとハナコだって」
「トビオ?」
「なんかすっごく高く飛べるみたいだよ」
「そのままだ」
何でもない会話が楽しいね。
しかも、蓮くんからこんなに喋ってくれるなんて思っていなかった。
『こんにちは、みなさん、今日はスプラッシュ・グリーティングに参加してくれてありがとう……』
軽妙な声がアリーナに響いて。
大音量の音楽が流れる。
どこから来たのか二匹のイルカが交差するように飛び跳ねた。
「うわ」
「おお」
蓮くんの横顔。
笑ってる。
ショーが始まると、音楽と水しぶきで、世界が一気に華やいだ。
イルカたちが空を飛ぶたび、客席から拍手がわく。
私は──
拍手より先に、蓮くんを見てしまう。
手を叩きながら、ちょっとだけ笑ってた。
目元が、やわらかかった。
風が吹いて、前髪が揺れた。
──こんなふうに笑えるなら、ほんとは、ずっと笑っててほしいのに。
「すごいね」
ショーの終わりが近づいたとき、ぽつりと私が言うと、蓮くんがこっちを向いた。
「おまえ、あっち側にいそう」
「え、イルカのほう?」
「うん。飛びそう」
「……それ、バカにしてる?」
「いや、ほめてる」
その言葉に、ふっと笑ってしまった。
こんなふうに、話して、笑って。
もっとずっと、この時間が続けばいいのに。
しかもまた、おまえだって。
名前でも呼んでもいいよって。
言いたいけど、言えなくて。
自然にそう呼んでくれてるだけで。
心の中は春一番がずっと吹いてるから。
「おまえ、チアで運動神経いいだろ。あの輪っかとかくぐれそう」
「でも水の中からは飛べないよ」
「ああ、そうか」
「蓮くんだって、足早いからハヤオって名前でかけっこしたら」
「ハヤオってまんまだろ」
「じゃあ、私はトビコ」
笑いが弾ける。
言っちゃった。
どさくさに紛れて。
気がついたのかな?
気づいてないのかな?
蓮くん。
楽しいね。
笑顔の蓮くん。
時間よ止まれって思うけど。
楽しい瞬間、瞬間が、あっという間に過ぎていく。
もう一度、魔法をかけて朝に巻き戻して、一緒にいたいな。
三匹のアザラシが両手を叩いて。
拍手をおねだりする。
プールに飛び込んで。
優雅に泳いで輪をくぐる。
そこにイルカ達もやってきて。
大きな飛沫を上げながら歓声と拍手が巻き起こる。
最後はイルカが大きなジャンプをしてくす玉を割った。
中から垂れ幕が出てきて、
『見てくれてありがとう。トビオとハナコと仲間たち』
って書いてあった。
反響する歓声の中、私たちも拍手を送る。
少しひんやりとした空気が陽射しを傾けて。
ぼんやりと空が黄色くなってきた。
今日が終わる合図みたいで。
スッと寂しい風が吹いて蓮くんの顔を見た。
逆光になった蓮くんのまつ毛が、金色の光を吸い込んで透けている。
「思ったより面白かった」
蓮くんはボソッと呟いた。
「うん。イルカもアザラシもかわいかった」
「そうだな、生で見ると目とかがすごいきれいだった」
「色んなこと見てるんだね蓮くん」
ハッとした顔の蓮くん。
アッとした顔の私。
時が止まって。
蓮くんは、小さくため息をついて何も言わなかった。
そして少しだけ視線を上げて空を見つめていた。
名前で呼んだの気づいたのに怒られなかった。
蓮くんの瞳もきれいだよ。
優しい眼差しだった。
動物たちを見る目も。
私を見る目も。
私の視線はどう?
「トビコもそうだろ」
「え?」
空を見つめたたまま、頬が緩んだ蓮くん。
きゅってなって。
手からスマホを落としそうになった。
いつのまにか頭で鳴っている鼓動。
心にわいた言葉を何度も繰り返しながら。
震える指でスマホをバッグにしまう。
「トビコじゃない……もん」
言ったそばから。
喉が渇いて。
うつむいて。
スカートをぎゅっと握って。
目を閉じた。
いっぱい、いっぱい、いいことあるのに。
それ以上望まなくてもいいのに。
怒られちゃうかな。
ふーって、大きなため息が聞こえて。
「俺そういうの慣れてなくて、どう返したらいいか分からない正直。ごめんな」
語りかけるような言い回し。
「え? ううん。トビコでもいい。ごめんなさい」
「じゃあ、俺はハヤオだな」
ゆっくり、顔がほころんで、笑いあった。
髪も瞳も唇も柔らかな光を帯びてきれいだった。
少し気持ちが浮ついて。
ううん。
ずっと浮ついているんだけど。
ピョンピョン飛び跳ねるように歩いていたら。
「やっぱり、お前ショーできそう」
「じゃあ、蓮くんあそこの木まで競争」
私は駆け出した。
フライングして。
全速力。
私だって女子の中では早い方だから。
ショルダーバッグを抱えながら。
足音が近づいてきて――
あっという間に抜かれた。
蓮くんは木をタッチして振り向いた。
肩で息をしながら私を迎え入れた。
胸に手を添えて、私は息を整える。
「勝てると思ったのに」
「いや、でもお前も早かった」
声に出して笑い合う。
でも、かっこよかったよ。
蓮くんは、わしゃわしゃって無造作に手で髪を払う。
その仕草ひとつも。
心に焼き付いて。
知ってる?
蓮くん?
もうあなたに染まってるんです。
帰り際に入ったお土産ショップ。
私は手のひらサイズのクラゲのぬいぐるみに目を止めた。
水色で、やわらかくて、触るとふにふにしてて──
……なんだろう、これ、今の気持ちに似てる。
「それ、欲しいの?」
蓮くんがふいに声をかけてきた。
「えっ!? あ、いや、かわいいなって思っただけで……」
「ふーん」
蓮くんが見てたのは、たぶんぬいぐるみじゃなくて、私の顔。
それに気づいたとき、呼吸がちょっとだけ苦しくなった。
かわいいなって、見てくれてるのかな?
蓮くんがトイレに行った隙。
私は、こっそりクラゲをお買い上げ。
やっぱり、証が欲しくて。
今日、ここに来たっていう。
はしゃぎつかれた訳じゃないけど。
徐々に会話が減っていった。
今日が終わっちゃうのが寂しくて。
とても、とても、楽しかったから。
バイバイするまで笑顔でいたいのに。
どうしようもなく寂しくなるの。
きっと、思った以上に楽しかったから。
いやだな。
これから楽しい日をたくさん作ればいいのに。
もっと、もっと、一緒にいたいよ。
蓮くんの背中に向かって、
「好きだよ」
声にならない声で囁いた。
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