はい。初デートです。鑑賞する。
駅から歩いて五分位の場所にある水族館。
さっきの衝撃で。
もうおかしくなりそうな私のこころ。
こっそり触れた手のぬくもり。
頭の重さ。
蓮くんのお家の匂い。
息遣い。
一緒に寝ちゃった。
くっついて聞こえた鼓動。
とろけるような感覚とざわざわとした吹き荒れる嵐。
そんなこころをなだめるのに必死で入口まで喋れなかった。
水族館は大きな公園の一角にある。
すでにたくさんの人が、淡い光の温かな陽気の中、笑顔の花を咲かせている。
チケットは蓮くんが買ってくれて。
代金を渡す時に指が手のひらに触れて。
蓮くんが私の中に確実に貯金されていく。
黙って隣を歩いてるだけでも、もう十分なくらいって思えてしまう。
水族館の中は、昼間なのに少し暗くて。
静かで、光が揺れて、私の緊張をほどいてくれる。
最初の大水槽。
青い世界に、魚が群れて、ゆっくりと泳いでいく。
「うわ……すごい」
思わず漏れた私の声に、蓮くんは何も言わなかった。
でも、隣に立っていてくれる。
それが、ただただ嬉しいよ。
水槽に映った私たちの影が、ガラスの向こうに重なる。
そのとき──
ほんの少し、蓮くんの指先が、私の指先に触れた。
偶然?
……でも、そのままだった。
くーって血が逆流したみたいに。
全身が熱いの。
さっき食べた朝ごはんが、もう全部燃えてなくなった気がする。
「あの魚かわいいね」
ぼそっと言った蓮くんが見ていたのは鮮やかな小さな熱帯魚。
「うん」
返事をした後に。
魚の縞縞模様が私の服みたいで。
余計な妄想が始まって撃沈。
嬉しいのに苦しいの。
そんな私の頭を、ゆらゆら泳ぐ影が横切った。
「あ、マンボウだ」
蓮くんの長いまつ毛の先。
大きなひらべったいお魚。
おちょぼ口がかわいくて。
クスッと笑えた。
視線を感じて上目遣いに隣を見ると。
蓮くんが笑っていた。
気がした。
「色んなお魚がいるね」
「うん、見たことないのがほとんど」
「私も」
小魚が群れを成して体を光らせながら泳いでいる。
すぐ近くの底の傍にさっきの熱帯魚が泳いできた。
私はしゃがんでガラスに指を付けた。
冷たさが少しホッとする。
口をパクパクさせて、優雅に泳いでいる。
「こう見ると、一段と愛嬌があるな」
ハッとして横を見ると蓮くんもしゃがんでいた。
ゴクリとつばを飲み込む。
波の揺らぎを纏った横顔が、かっこよすぎて。
心臓もたないかも。
ゆっくり立ち上がった私たちは、クラゲのエリアに移動した。
ふわふわと、白く、透明で、光に透けて、ゆっくり浮かぶ。
水の中なのに宙に漂っているみたい。
地に足が着いていない私みたい。
「……クラゲっていいな」
ぽつりと私がつぶやくと、蓮くんは小さく「うん」って言った。
それだけで嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。
不安も期待も、ぜんぶクラゲみたいに揺れてる。
はっきりした輪郭なんてないけど、それでも、確かに“ここにいる”。
なんか会話になってて。
普通に。
私は大きく息を吸った。
「あまり見たことなかったけど、橘はどこがいいって思った?」
「え? ああ、えーと。なんか私みたいだから……」
あっ。
なんか変なこと言っちゃった。
おそるおそる蓮くんの横顔をうかがってみる。
口を半開きにして私を見ていた。
「あ、いや、その、ふわふわ泳ぎたいなって思って」
「そっか。橘らしくていいと思う」
「へ?」
見上げた蓮くんは微笑みながら水槽を見つめていた。
「あの、それは、どう意味なのかな?」
「ん? どこにいても橘だなって」
「ん?」
だめだ。
悔しいけど、全然分からない。
「れ……烏丸くんはどこがいいって思ったの?」
「ああ、窮屈じゃななくてそのままでいられるとこかな」
「窮屈?」
だめだ。
難しい。
「どした?」
「ひゃ、ううん。烏丸くんは言うことが大人だなって。すごいなって」
「そうか。ああ、自由。そう自由そうに見えたんだ」
「あ、そういうことか。ふわふわのクラゲが自由に見えるんだ」
私はぷかぷか浮かぶクラゲを見た。
水槽の中を。
うん、確かに自由に泳いでるように見える。
私にも見える。
なんだか嬉しくなって唇をかみしめて笑っていた。
「あっちにペンギンがいるみたい」
蓮くんの優しい声が私を誘う。
「はい」
建物から外に出ると、柵に囲まれた広い空間に白と黒のペンギンたちが立ちすくんでいる。
くっついたり、独りぼっちだったり。
日向ぼっこをしているのか、気持ち良さそうに目を閉じてる子もいた。
蓮くんがふいに笑った。
「なんか……ちょっと、おまえっぽい」
「は!? ペンギンに似てるってどういう意味!?」
「歩き方が、似てる」
からかってるの?
でも、ちょっと嬉しい。
これがたぶん、今日いちばん蓮くんが笑った瞬間。
見逃さないように、まばたきしたくなかった。
あれ?
いま?
おまえっていった?
同じ響きでも彼女になった今、耳にするおまえって。
どうして特別なんだろ?
せっかくおさまりかけた心臓が飛び跳ねて。
熱くもないのに汗が出る。
「あ、あ、あんなよちよちじゃないし」
「悪い悪い、でもああやって肩を左右に揺すりながら歩いてるだろ?」
「へ?」
「ほら、あそこのペンギン」
蓮くんが指をさした先の一匹のペンギン。
手を広げて肩を揺すりながら、顔をきょろきょろさせて、ペタペタと歩いていた。
「かわいい」
思わず声が出た。
「ああ、確かにかわいい」
くっと。
体が熱くなって。
また妄想大魔王が顔を出して。
かわいいって、遠回しに結衣のことじゃないか?
これは聞いた方がいいぞ。
バッグの紐を握りしめて、前を向いたまま息を吸う。
「あ、じ、じゃあ……ぺぺぺ、ペンギンと……」
「ん? どうした?」
もう一度、大きく息を吸って。
「ペンギンと私どっちがかわいい……」
しりすぼみの声。
うつむいた私。
言っちゃった。
どうしよう。
バシャン。
さっきのペンギンが水に飛び込んだみたい。
柔らかな風が髪を追い越して。
それを耳にかけた。
「どっちもかな……」
足の力が抜けそうになった。
だって。
かわいいって思ってくれてるってことだよね。
ペンギンと一緒でも。
真っ赤な顔のまま蓮くんを見た。
前髪が風に揺れてた。
「ありがとう。もっとかわいくなる。少なくともペンギンには負けたくないから」
蓮くんは首を傾げて。
笑った。
言葉はなかったけど。
もう、今はその笑顔だけで十分だった。
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