応援はおまかせあれ
もう季節は夏。
私達チア部は忙しない日々を送っている。
あの、体育際の日。
蓮くんに振られて……二ヵ月。
実はあれから二回、私は蓮くんに告白をした。
そう言ってる時点で……上手くいかなかったんだけど。
泣けば忘れられるかというと、そう言う訳でもなくて。
好きは1グラムも減らなくて、むしろ、蓮くんへの気持ちは、逆に募っていくばかりだった。
親友の麻耶に言わせれば、私は諦めが悪いということみたい。
いつか、蓮くんを振り向かせて、晴れて恋人になる事を夢見たっていいよね。
そんなことを考えるだけで、幸せな気分になってしまうのですから。
だって好きなんだもん。
後には引かないし、引けないし、引く気もない。
橘結衣に撤退の二文字はないのであります。
運動部の大会が多くなるこの時期、私たちはあっちにこっちに駆り出される。
チア自体が好きで、応援する事が楽しい自分にとっては全然かまわない。
それに、写真部も一緒になることが多いから。
ということは、蓮くんと同じ時間を過ごせるってこと。
そう考えるだけでにやけてきて、たまに部員に不審がられる私。
今日は野球部の応援。
会場が外だから、日焼け止めはたっぷりと。
手の届かないところは、みんなで塗り合うのがいつもの流れ。
鏡の前で最終チェック。
耳の後ろでまとめた、いつものツインテール。
そして――
お気に入りのチアのユニフォーム。
夏用のタンクトップは青地で、胸元には白色のローマ字で学校名と白のラインが三本。
さらにスカートの裾にも白いラインが三本入ってて、プリーツの奥が白くなっているから、ふわっと揺れるたびにその白が浮かび上がるのが、すごくかわいい。
このユニフォームが気に入って、チアを始めたまである。
スタンド裏の通路でキャプテンの美紗先輩の掛け声で部員が集まり円陣を組む。
「今日も精一杯いくよ」
「スマイル!オーケー!」
にっこり笑って両方の人差し指をほっぺに当てる。
「スタイル!オーケー!」
体のラインをなぞりながらダブルピースを目の脇に。
「ハイ、ハイ、ハイハイ、レッツチアー!」
部員みんなで掛け声を合わせ両手を挙げて飛び跳ねる。
この円陣がめっちゃくちゃかわいくて部員ならず女子達にも人気だったりする。
観客席に向かうと、写真部の生徒が腕章をつけて最前列に座っていた。
蓮くんの姿は――
見えない。
きっと他の場所で撮ってるのかも。
夏空に浮かんだ雲が落とす影が幾つも流れていく。
風があるせいか汗ばんだ肌に少しだけ涼しさを運んでくれた。
踊りの動きと風とでツインテールの毛先がスカート共にふわふわと跳ねる。
野球部の皆が頑張ってる姿を見て、笑顔と応援にも熱が入っていく。
ちょうど折り返しの5回が終了した時、カメラを構える蓮くんの姿が目に留まる。
最前列にいてスタンドの階段に並ぶ私達の方にカメラのレンズを向けていた。
キュンとなってポンポンが胸の前に。
やっぱり、私を撮っているんだよね。
ちょっとドキドキして、レンズを凝視してしまう私。
「よーし、気合入れていこう!」
応援団長の声に我に返り、ブラスバンドの演奏と共に私達は踊り始める。
頑張れってみんなの声で野球部の皆を励ませるように。
試合は一進一退のシーソーゲーム。
スコアは6対5。
私達のチームのリードは1点。
相手チームの攻撃中。
私はスカートの両端を摘まみながら階段に腰を下ろす。
傍に置いたリュックの中から素早くスマホを取り出して、メッセージを打つ振りをしながらカメラのアプリを立ち上げる。
そして、蓮くんに照準を合わせてパシャリ、パシャリ。
一人画面を見てニヤニヤして、そっとリュックにしまう。
代わりにペットボトルを取り出して両手で持ってゴクゴクと飲む。
ふうー前髪に息を吹きかけて、肩を撫で下ろす。
カキーン。
金属音が響いて歓声が上がる。
ツーアウト2塁のピンチ。
応援団からのボードが掲げられ、私たちは立ち上がってエースの森中先輩へのエールを送る。
頑張れ……。
願い込めて声を張り上げる。
見事空振り三振でピンチを切り抜ける。
「やったー」
前後の部員と喜びを分かち合う。
残すところあと一回――。
空は雲が主役になってきて、陽射しが弱くなり、風も強くなってきた。
スカートが風をはらんでは膨らむ。
なんか雨の匂いがする。
ちょっとだけ嫌な予感。
当たって欲しくないそれは相手チームの最終回の攻撃中にぽつぽつとやってきた。
リズムが崩れた森中先輩。
ツーアウト満塁のピンチ。
「頑張れ……」
私は祈るように両手を胸の前に組んでいた。
どの部活の人達も頑張っている。
だから笑顔で試合を終えて欲しい。
もちろん相手だって同じ思いだろう。
でも、私達の、私の想いは負けないよ。
カキーン――
金属音が無情にも願いを打ち砕いた。
その場にしゃがみこむ野球部の皆を見ていると、打ち付ける雨に紛れて涙が流れていった。
試合終了のサイレンが鳴いて。
その余韻が哀しく雨音にかき消されていく。
野球部の皆が私達の前に走ってきた。
みんな泣いていた。
それでも私達に向かって帽子を取って頭を下げてくれる。
いつも思う。
負けちゃったけど、悔しいよね、頑張ったね、ありがとう、お疲れさま。
声にはならなくて。
頑張って浮かべた笑顔に、そんな想いを込めながら私は精一杯の拍手を送った。
拍手と風と雨の隙間に、カシャカシャカシャ……
微かに紛れた、シャッターの音が聞こえた気がした。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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