歌声の中で
トイレで顔を洗った私は七海ちゃんの歌声に導かれるまま、中央階段を下りている。
アップテンポな曲。
少しずつ、七海ちゃんの声が大きくなってくる。
それに合わせるように顔が上がり、足取りも軽やかになる。
一階の廊下を歩いて、校舎を抜ける。
傾き始めた陽射しが体育館の窓に反射して眩しい。
思わず立ち止まった足元の私の陰は長く伸び始めていた。
体育館の開けっぱなしの扉から、あの片想いの歌が流れてきていた。
さらさらと枝が揺れて、さらわれた葉が宙に舞う。
一歩体育館に踏み入れると、ベースの低音がお腹に響いてくる。
観客は聞き入っていて、七海ちゃんの歌声で満たされている空間。
目を閉じながら歌う七海ちゃんの声は屋上の時より、はるかに声量も感情も溢れていた。
伸びやかな声で歌が終わると、大歓声が館内に反響する。
私も、もちろん手を叩いている。
「聞いてくれてありがとうございます。最後の一曲は今日のためにバンドメンバーと急遽作った曲です」
ヒューっと湧く歓声。
「頑張って作りました、最後まで聞いてもらえたらうれしいです。たからもの」
七海ちゃんと視線が合って、小さくウインクを飛ばしてくれた。
ベースが鳴り、キーボードの旋律が始まる。
バラードだ。
七海ちゃんは目を閉じ、ゆったりとしたリズムに合わせて体を揺らしている。
キーボードが跳ね、七海ちゃんが息を吸う。
それはなくなることのないおもい
わたしのたからもの
だれにもじゃまはできない
わたしがみつけたものだから
だれにもこわすことはできない
わたしだけのものだから
ささいなことで
何かに触れただけで
ちりじりになるの
もろくてはかないもの
破片をすくい
そっと元に戻すの
くりかえして、くりかえして
でも、粉々になった
その一つ一つが
きれいだねって
きづけたら
ほしのかけらのように
まばゆい光で私のこころも
目の前の景色さえ
照らしてくれた
だから、大丈夫、大丈夫
強がりじゃないの
ばらばらになっても
それは
わたしのたからのもの
音楽が止み、七海ちゃんが頭を下げる。
シーンとした館内。
まばらに拍手が沸き出すと、すぐに大歓声に代わる。
七海ちゃんはマイクで何かを話しているが、その声も聞こえないくらい。
無心で手を叩く私。
私のこの想いもたからものだよね。
ステージの脇に蓮くんを発見。
七海ちゃんを撮っているみたい。
振った子なのに……
でも、七海ちゃんの視線に入らないような位置。
蓮くん……
好きなんだよ。
この想い。
どよめきに包まれている空間。
私のこころもまだそばだっている。
でも――
「結衣!」
グッと腕を掴まれる。
「麻耶……」
「どしたの?」
「うん、ちょっとね」
パシン!
背中に痛みが走る。
「話なら聞くよ、その前にさクレープ食べよ、お腹ぺこぺこなの」
麻耶は腕を取って歩き出す。
私は蓮くんを見ようと視線を投げる。
もうそこには姿はなかった。
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*写真は作者がAIで作成したものです。
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