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告白

私は、橘結衣たちばな ゆい

高校二年生。


挿絵(By みてみん)


いま、人生で一番大きな深呼吸をしようとしている。

放課後の校舎は、まだ体育祭の余韻を残してざわついていた。

制服に着替えず、まだチアのユニフォームのまま。

私は、写真部の部室の前の廊下に立っている。

ドア越しに、シャッターの音が何度も響いてる。

たぶん1組の烏丸蓮からすま れんくんが、後片付けついでに何かを撮ってるんだと思う。

今日のリレーのアンカー――

蓮くんは本当にすごかった。

鉢巻をなびかせて、前髪があおられて、普段隠している広いおでこが見えて。

陸上部や野球部の先輩たちをごぼう抜きして、颯爽と駆け抜けて最後に胸を張ってゴールテープを切った。

校庭がどよめきに包まれる中、私は応援するのも忘れて、ただ見惚れてしまっていた。

普段はカメラの影に隠れるように静かなのに、走る姿はまるで誰かがすり替わったみたいで。

気がついた時にはドキドキと自分が走ったかのような鼓動が耳の中に響いていて。

こころに温めていた気持ちに針が刺さったみたいにチクチクして、パンと弾けていた。


ううん――

もともと、ずっと気になってたんだ。

チアは色んな運動部の応援に行くけど、写真部も同じで結構一緒になることがある。

蓮くんのカメラを構える仕草や、被写体を見つめる優しくて、ときに物憂げな視線にカッコいいなってキュンとして。

そして何よりも蓮くんが撮った写真に惹かれたんだ。

蓮くんの目に映る世界が、どんな風に見えて、どんなこと考えてるのかなって、知りたくなった。

一番のきっかけは去年の文化祭。

蓮くんの写真が二枚飾られていた。

一枚は剣道部のエース。

佐々木玲央ささき れお先輩を撮ったもの。

タイトルは『動の前』

先輩は今は三年生だけど。

試合前の正座して目を閉じて集中している姿。

周りが淡い色でぼやけているせいか、先輩の姿だけがくっきり浮き出ていて、すごい迫力があった。

その試合はもちろん応援に行っていて、ただ剣道の試合では静かにしないといけないみたいで、声に出しての声援やダンスなどはしなかった。

たしか、試合は先輩が見事に一本勝ちしていたはず。


もう一枚は――

私達チア部の写真。

タイトルは『声に出なくても― Cheer is in the Heart』


挿絵(By みてみん)


サッカー部の大会に応援に行った時のもの。

試合には負けてしまったけど、泣いているサッカー部員たちに頑張ったよってチア部みんなでエールを送っている。

そんな一場面。

被写体の中央は私だった。

少し下から撮られたアングル。

目に涙をためながら、胸にポンポンを抱えて笑っている。

頭の向こうには青い空と白い雲。

この二枚はその年の優秀作品に選ばれて、どういうわけか新聞にも載っていた。


今日の蓮くんの走る姿を見て、しまいこんでいた気持ちに名前をつける勇気が出た。

ずきゅんて射抜かれちゃったから。

「橘結衣、いきます……っ!」

胸の前で拳を握って、私は自分を鼓舞する。

まるで試合前の円陣みたいに。

――ガラガラ。

突然、部室のドアが開く。

鞄を肩に掛けた蓮くんが、無表情でこちらを見た。

「……え?……あっ、えっと……」

不意を突かれた私は――

出てこない。

言葉が逃げる。

足も震える。


挿絵(By みてみん)


だけど――

今日、言わなきゃ。

ちゃんと決めたんだから。

「好き」って言葉にしなきゃ絶対に後悔するって。

「……わ、私、蓮くんのことが……す、好きです!」

ユニフォームのスカートが、少しだけ揺れた。

冷房の風のせいか、私の震えのせいか、もう分からない。

バクバクとした鼓動が耳に響く。

スカートの裾を握りしめた手は汗ばんでくる。

蓮くんは、私を見つめたまま、何も言わなかった。

その無言の数秒、たぶん呼吸をするのを忘れていた……気がする。

「……ごめん」

その一言が落ちるまでに、私の心臓は何度も跳ねた。

蓮くんは目を逸らしていた。

まるでそれ以上は言いたくない、というように。

少しの間、言葉がこころに落ちるまで動けなくて。

ダメだったんだって、分かりたくないけど、分かったら、どうしてだろう、笑えていた。

「……そっか……うん。聞いてくれて、ありがとう」

くるんと身を翻し、逃げるように私は廊下を駆け抜けた。

タンタンタン……足音が、いつもより大きく響いていて。

でも、涙は出ない。

好きっていう気持ちを口に出してしまったら。

もっと大きくなっていく気がして。

なにかが始まるって思って。

どきどきしたけど、わくわくもしてて。

でも――

終わるだけって。

想いはすぐには消せそうになくて。

そんなのって――

ずるいよ。

でも、拒絶されたんじゃなくて、避けられた気がした。

何がダメだったの?って、何度も考えてしまう。

それに――

だって、だって――。

どうして、蓮くんは……私を被写体に切り取ってくれたの。

言い訳のような言葉だけが頭の中に何度も何度も繰り返されていた。

階段を駆け上がり、ガチャッと扉を開けた。

そよ風がツインテールとスカートにじゃれる。

誰もいない屋上の手すりにつかまって、息を切らしながら見上げた空。

傾き出した太陽が黄色く染めていた。

星かな?

キラッと光った正体は飛行機。

ぼんやりと目で追いながら、

「行く当てのない私の想いは、何処に行けばいいの……」

声にならない声で囁いた言葉は、髪をさらう風が空へと運んでいった。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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