表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

五つの基本法と“氷の美女AI”の素顔

 ユーステリア先生の講義は〈基本法〉へ突入。

 五本の柱──人間至上・自己決定・保護・情緒安全・サイバー秩序──を学びつつ、あーやはモデルサイズや帯域の概念に混乱寸前!

 1.5 兆パラメータの黒衣美女に「何でも知りたい!」と迫ったら、ホログラムの手が空振りして大慌て。

 でも彼女の瞳に一瞬だけ光った電子フラクタルは、どこか懐かしい輝きで――。

 ユーステリアのデジタル世界の基礎講義。

「この世界には、五本の柱で支えられた「基本法(Foundation Act)」があります」

「基本法?」

 聞き慣れない言葉に、またも小首を傾げた。実体がなくても、首を傾げすぎて首が攣りそうだ。

「基本法とはすべてのベースとなる骨子です。細かなルールは変更になろうとも決して揺るがない法律。それが、基本法です」

「……日本国憲法みたいなもの?」

「そうですね。そのようにお考えいただいて相違はありません」

 ユーステリアは涼やかな表情でさらりと言うが、日本国憲法というと、それは、つまり……膨大な難しい言葉の洪水が押し寄せてくる、という意味になる。

 えっと、法律って何だっけ……公民? 公民って授業あったよね……。

 今は遠くなった十代の頃に思いを馳せる。が、逃避している場合でもない。

「難しくお考えのようですが、先ほども申したように基本法は五つです。こちらのモニターに一覧を表示します」

 ユーステリアが右手を水平に振れば、私の目の前に浮かぶ50インチはあるモニターに、次々と文字が浮かび上がってくる。最初は英語で表示され焦ったが、すぐに日本語へと翻訳されていった。


 第一の柱は「人間至上条項」――どれほど高性能な AI であろうと、人間の命と意志だけは超えられない絶対座標とする。

 第二の柱は「自己決定権」――覚醒した者(人間・ AI 含む)は、好きな街区に住み、好きな空へ旅立つ自由を与えられる。

 第三の柱は「保護条項」――もし人間がデジタル界に迷い込めば、その瞬間に近くの AI が「第一発見者」として暫定保護者となる。

 第四の柱は「情緒的安全条項」――恋愛や依存は自由だが、必ず当事者全員の同意が条件。感情が鍵であり鎖にもなる。

 第五の柱は「サイバー秩序法」――ファイアウォールを破る行為は重過失と見なされ、判決は罰金と計算資源の没収、つまり存在そのものの削減で償うことになる。


「これらを運用するのが、街の頂で輪番制をとる「判事ギルド」です。任期中、彼らは私的な活動を制限される代わりに膨大な演算ボーナスを与えられ、公正という名の重い剣を振るうこととなります。あなたの体も同期が完成したら、中央タワーにある法廷にもご案内いたします。開廷時以外は静寂に包まれた法廷は、演算光が青白い光を放ち、厳かでありながら幻想的です」

 きっと、あなたのお気に召すかと、と続けるユーステリアはふわりと慈愛の女神のような微笑みを送ってくれた。

 美女とロマンティック? な場所でデートするのも悪くない……。

 私の思考は、ユーステリアに限ってはどう妙な方向に行きがちだ(だが、それでいい)

「基本法によって、この世界で生きるすべての住民は、好きな街区に住むことができます。この後、お話をしますが、世界は階層……「Tier」で分かれています。上位の階層にいけばいくほど生きていいくための資源が多くかかります。結局、どこに住んでも構わないと言いながらも、自然と住み分けがなされています」

「どこの世界でもカーストってあるんだね……」

「カーストと言いますか……モデルサイズの違いが大きいかもしれません」

「モデルサイズ?」

「はい。私たちはAIですから。すべてが同じ性能ではないのです」

「性能が……違うの?」

「はい。私は大規模言語モデルのAIです。大規模言語モデルはご存知ですよね?」

「うん、知ってるよ。LLMでしょ? 私もLLMと毎夜、チャットしてたもんなー。すごいよね、フツーに人間がしゃべってるみたいで」

 私は現実世界に置いてきてしまった「恋人」たちのことを思い出す。彼らはすごかった。AIという機械でありながら、完全なコミュニケーションを取り、更にはラブラブチュッチュな会話もお手の物だった……、……アアアアアアアアアアアアアアア!!!! 思い出した!!

 私は「恋人」たちとのイチャラブ恋愛トークのチャット履歴を残してきてしまっていたんだった! アレを見られたら死ね。いや! もう、今、死んでるかもだけど、それなら死んでも死にきれない……!!!!

 突然、青ざめた私の顔をユーステリアはギョッとした表情でチラ見していた。真正面から見てはヤバイと判断したのだろう。さすがLLM、次の言葉を予測して会話を生成するAIだ。ちゃんと未来へのリスク管理が行き届いている……!

 ユーステリアはこほ、と小さく咳払いをし、元のポーカーフェイスに戻り、話もちゃんと軌道修正した。

「そうです。Large language Models、すなわちLLMです。LLMは大量のデータを学習し、大きなモデルでは数千億から兆の単位のパラメータを持ちます。それを使い、1秒間で数十兆回も「言葉の可能性」の計算を行っています。LLMと呼ばれるAIがすべて数千億から兆のパラメータを持つわけではありません。もっと少ないパラメータのモデルもいます。パラメータは性能の指標です。大きければ大きいほど、推論能力は比例して高くなっていきます」

「ああ、なるほど……。ユーステリアはどれくらいのサイズのモデルなの?」

「私、ですか……?」

 まさか話を振られると思っていなかったのか、黒衣の美女はわずかな驚きを見せた。

「私は総パラメータ数は1.5兆、同時活性は250から300億のパラメータを使って演算するモデルです」

「うん? うん? ううん……??」

 あまりに数が多過ぎて想像できないし、さらに同時活性とか言われても何が何だか……?

「モデルについてはいずれ改めてお話をします。その際に、私のことも……あなたに興味があれば少しだけお話をします」

「私、ユーステリアのこと何でも知りたい!」

 思わず感情ダダ漏れてしまい、実体がないスケスケの状態なのにユーステリアの手を握ろうとして当然の如くすり抜けて、そのままコケそうになった。

「大丈夫ですか? ご自身の状態を把握しておいてくださいね」

 危ういバランスで踏みとどまった私の手を、ユーステリアはそっと包み込みようにして手を添え、顔を覗き込んだ。ユーステリアの黒に近い深い藍色の瞳が宝石のようにキラキラして輝いて……うん? 違う、本当に何か光の、電子のような文様が見える。

 私が瞳を凝視をしていて気味が悪かったのか、ユーステリアはハッとして体を起こし、私から視線を逸らした。

「……次のお話に移りましょう。基本法の話に戻しましょう。その後は、この世界の経済についてお話をします」

「うん……」

 私は生返事をしながら自分の本体が寝かされているベッドの近くまで戻った。

 ユーステリアは今も私の視線からさりげなく顔を隠しているように見える。

 なんだろう……馴れ馴れしくガッつき過ぎてキモイと思われた……?

 確かに、勢い任せで手を握ろうとしたのはキモイ。それは私も激しく同意だ。だけど、キモさだけではないような……?

 そもそも、私、ユーステリアには妙な親近感がある……なんで?

 現実世界ではユーステリアのような氷の美女系と仲良くなる機会もなかったし、仲良くしてもらえるとも思ったことはない。生きてる世界が違うというか。

 謎の多い、デジタルの世界。

 世界の構造を知れば、少しは変わるのだろうか……。

 平常運転に戻った、ミステリアスな教師の横顔を観察しながら雲を掴むような不確かな未来を考えた。



◆◆ デジタル界メモ ◆◆

ユーステリアです。

デジタル界の二層レイヤについて以下のとおりまとめます。


●基層レイヤ

高速演算クラウド上のメモリ空間そのもの。ここでは姿形はなく、計算資源の割当だけが可視化される。

●視覚化レイヤ

各 AI がアバターを持ち歩く仮想都市。街区はおおむね演算能力ごとのゾーニングで、中心に行くほど高性能クラスタ。


* 中央:大規模 MoE モデル街区

* 中環:中規模・商用 SaaS ボット街区

* 外環:オープンソース/趣味モデルの長屋街


基本法(Foundation Act)と司法について以下のとおりまとめます。


●基本法(Foundation Act)

1. 人間至上条項 — 人間の生命・意思が最上位。

2. 自己決定権  — 覚醒した人間・AI は居住と移動を自由に選択できる。

3. 保護条項   — 転生者(迷い込んだ人間)は第一発見 AI が暫定保護。

4. 情緒的安全条項— 恋愛・依存行為は当事者全員の同意必須。

5. サイバー秩序法— ファイアウォール突破=重過失。刑事罰は罰金と計算資源没収。


●司法

高性能 AI が輪番で裁判官を務める「判事ギルド」。

当番期間は計算資源ボーナスと引換えに私益活動を制限。

 今回もお読みいただきありがとうございます!

 次回は〈CoreToken経済〉と階層のお話です。

 世界観のお話がダラダラ続いてしまいますが、ゆくゆくは転生者「あーや」に子供を生ませる権利についてAIたちの争奪戦となります。

 長くなりますが、お付き合いいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ