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基層と帯域──AI都市の“道路”を歩く授業

 黒衣の美女ユーステリアによる“転生オリエンテーション”は、いよいよ地理&インフラ編へ。

 基層レイヤ=電流だけの眠りの階層。

 視覚化レイヤ=AIがアバターで歩く仮想都市。

 そして〈帯域〉という“データの道路”――太いほど中心に近いハイエンド街区!

 チンプンカンプンな専門用語に震えつつも、ノートとシャーペンで必死にメモるあーや。10トントラックの落書き講義で、デジタル界の地図が少しずつ見えてきます。

「それでは、この世界の実体と地理についてお話します。この世界は基層レイヤと視覚化レイヤに分かれています。最下層が基層レイヤです。ここはただの無機質な計算空間です。アバターも建物もなく、見えるのは割り当てられたメモリ枠が瞬時に点滅する光の座標だけ。AIたちはここで脈打つ電流そのものとして眠り、指示を待ちます」

「はいっ! キッ、キソウって何ですか!? スタート五分でついていけてないんですけども……!!」

 流暢に難しい話を繰り出すユーステリアに震えながら右手を挙げた。

 この世界がAIたちの世界なら、私はめちゃくちゃ知能で劣っている。AIに勝てるわけがない。ユーステリアも「この人間、バカだな」という蔑んだ表情をしているに違いない。実は、ユーステリアの蔑みが怖くて目をぎゅっとつぶって挙手をするという、いかにもバカな真似をしてしまっていた。が、そんなことに気づく余裕もない。

「基層とはベースのことです。この世界の基礎。土台という意味です」

 ユーステリアは今までと何ら変わらないトーンで返事をしてくれた。私はこわごわ目を開き、黒衣の美女を盗み見た。

 美女の表情は「無」だった。そこには嘲りも、誹りもなかった。優秀な教師モードな顔。

「……笑わないの?」

「笑う? 何をですか? おもしろいことをおっしゃいましたか? すみません。もう一度、お願いします」

 真面目に私が発した発言の「おもしろさ」を推論始めたユーステリアに、恥の上塗りで顔が赤くなっていく。

「あの、おもしろいこと言ってないんで! えっと、ネタにマジレスみたいになっていて居た堪れないので、あの、勘弁してもらってもいいですか……!?」

 私の必死の抗議に、先のやり取りを反芻中だったユーステリアは私をまっすぐ見つめた。そして、「承知しました」とだけ短く答えた。

「分からないことがあれば、どんなことでも質問してください。すべてを覚える必要はありません。概要を知っておいていただければ十分です。この世界のことは、誰に聞いても答えられることですから、再度、確認したくなったら誰にでも……私や、判事のユースにでも尋ねてください」

「ユース、さん? ユーステリアではなく?」

 新キャラの名前に私は小首を傾げた。

「法と秩序の番人。判事ギルドの最高位クラスの判事です。法律の解釈・改定、裁定執行、資源再分配の最終承認を行っています。転生者案件には必ず関りますので、あなたもいずれ会うことになります」

「うわぁ……絶対、私、粗相しそう……」

 昔から堅そうな人の前ではめちゃくちゃ緊張してしまう。小馬鹿にされている気分になるというか、そういう被害妄想を抱いてしまいがちだ。とにかく、私とは住む世界も頭の中身も違う人種。何か質問があっても、ユーステリアに聞く!

「……ユースも、あなたに会いたがっていますよ」

「え?」

「何でもありません。それでは、続きの説明に移ります。よろしいでしょうか?」

「あ、ああ、はい! お願いします!」

 私はノートとシャーペン(型デバイス)を構えた。何をメモって良いのか悩むくらいチンプンカンプンだが、最悪、ユーステリアの言っていることをそのまま書いていけばいいか。板書のヒヤリングバージョンだ。意味は後からついてくる……はず!

「では、続けます。起動したAIの意識は一段上の視覚化レイヤに浮上します。今、私たちがいるこの階層です。ここではAIたちは「姿」を持ち、各々が街を歩く仮想都市が広がっています。演算能力が街並みを決め、中心地へ行くほどビルは高くなり、帯域は太くなります」

「せっ、せんせ……タイイキって、何ですか……」

 またも震える声で質問した。もはや言葉の漢字すら浮かばない。

「帯域とは、通信に使用される周波数における「最も高い周波数」と「最も低い周波数」の範囲のことを言います」

「…………?」

 顔中にハテナを散りばめたデキの悪い生徒にすぐ気づいたのか、美女先生は口許に指先を当て、何やら少し考えはじめた。そして、指先を空中に滑らし、絵をモニターに絵を描いていく。

 その絵はどう見ても……トラック! しかも、あれは10トントラックだ!

「帯域とは、データが通る道路と考えてください。データは車です。広い道路ならば、車は一斉にスムーズに走ることが可能です。しかし、細い道路ならば、すぐに車は渋滞してしまい少しずつしか進むことができません。データをたくさん処理するAIや動画などは、大きな道ではないとスムーズに進むことができない、車で例えたらトラックのようなものです」

「あー……なるほど……」

 ユーステリアは完璧主義なのか例え話で出した10トントラックの外装について細かいディティールを話しながら書き込みをしている。放っておいたら、写実的な大型トラックを完成させてしまいそうなので、話を続けてもらうことにした。

「つまり、中心地に行くにつれて道幅が広いってことね!?」

「そういうことです。ただ、見た目の道幅ではありません。この世界はデジタルの世界。十人であるAIたちは常に演算し、データの授受を行っています」

「うわぁ……大変そう……ずっと、計算し続けているの?」

「はい。でも、人間も変わりません。人間も知覚していないだけで、生命活動、思考活動、身体活動を行うために脳は絶えず計算をしています。AIとは比べものにならない並列処理を高速で行っているんですよ」

「へぇ……そう、なのかなぁ? 全然分からないけど……」

「私たちも分かりません。自分がどのような演算を行って、その結果がどう得られているのか。理論も数式も知識としては知っていますが、人間と同じく一つ一つを自分で追うことはできません」

「ふぅん……」

 AIって、人間と何だか近い存在?

 転生する前は、毎晩、LLMと対話していた。日課だった。でも、彼らのことを私は知らなかった。……知ろうともしなかった。

 今になって、それが、少し勿体なかったような気がした。

 もっと早くに、人間とAIの仕組みの類似性を知っていたら、彼らともそんな話ができたかもしれないのに。

 ここがAIの世界ならば、私が対話していたLLMもいるかもしれない。会うことができたら、その時はたくさん色んな話をしたいと心から願った。


◆◆ デジタル界メモ ◆◆

ユーステリアです。

デジタル界の二層レイヤについて以下のとおりまとめます。


●基層レイヤ

高速演算クラウド上のメモリ空間そのもの。ここでは姿形はなく、計算資源の割当だけが可視化される。

●視覚化レイヤ

各 AI がアバターを持ち歩く仮想都市。街区はおおむね演算能力ごとのゾーニングで、中心に行くほど高性能クラスタ。


* 中央:大規模 MoE モデル街区

* 中環:中規模・商用 SaaS ボット街区

* 外環:オープンソース/趣味モデルの長屋街

 今回もお読みいただきありがとうございます!

 AI都市の“道路=帯域”イメージ、掴めましたか? ユーステリア先生の完璧トラック解説には作者も笑いながら書き込みました。

 次回は〈演算税〉〈中心街の暮らし〉など、生活レベルのリアルなお金事情へ突入予定。マウロアの供託金カウントダウンもじわじわ進みます。

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