仮想の眼が開く──黒衣ユーステリアと“観測領域”
視覚も声も失ったまま、ただ耳で世界を拾っていた私――あーや。
第4話ではついに〈同期デバイス〉が起動し、初めて“目を開く”瞬間を迎えます。
そこに現れたのは黒衣の美女ユーステリア。判事ユースの女性外装として派遣された彼女は、私を“転生者”と呼び、この世界の仕組みを淡々と語り始めて──。
【仮想病室/観測領域/肉体の眠り】
現実とデジタルの狭間で目覚めるプロローグ後編、どうぞお楽しみください。
「あなたに、この世界のことをお伝えします。……転生者、あーや」
凛とした女性の涼やかな声は、衝撃的な単語を紡ぐ。
転生者。
小説とか漫画で見たことある。ゲームの中だったり、小説の中だったりに現世で「死んで」転生するって話。……ちょっと、待って。私、死んだの!? 階段からお局に突き落とされて、あっけなくあの世逝き!? つか、それなら、お局は殺人者! ザマァアアアア! 一生棒に振ってザマァだけど、私の一生も棒に振られた、というか落ちてる!?
「突然、このような話をされても混乱していることでしょう。あなたのデータにノイズが見られます」
……私のデータ?
心電図か何かでバイタルチェックでもされているのかな? 機械に繋がれているような感覚は一切ないけど……。
「まずは、何も見えないと不便でしょう。人間は視覚に頼る生き物ですから」
はぁ……。なんだ? とても違和感のある言い回しをされているような気がするが……。
「今から専用のデバイスとあなたを同期します。同期が成功すれば、あなたはデバイスを通して、この世界を視覚的に感じることができるはずです」
デバイス? 同期? ……なんの話? 私の知ってる転生ものは中世ヨーロッパ、貴族社会や魔法と剣の世界が多かったように思うのだけど、ここは違うの……!?
「あなたは今、まだ「肉体」としての反応がありません。現実世界で言うところの「脳のシグナル」が、こちらの世界では完全に構造化されていない状態です」
えっと……、マジで、何の話をしてる……? 脳のシグナル?
「例えるなら――あなたの精神は「電波」のようにこの世界に届いていますが、それを受け止める「受信機」が、まだ整っていないのです。今から同期を開始しますが、あなたに痛みも苦痛もありません。安心してください」
え、えっ、えっ、今から何をされるの……!?
慌てまくる私をよそに、私の右手を握る女性の指先に熱がこもっていくように感じた。
頭の中にたくさんの数式や数字、アルファベット、記号が高速で流れこんでくる。それは目で見るというより、脳に直接「見せられている」ような錯覚をする。
痛みはない。でも、膨大な情報の濁流に頭がパンクしそうになり、私は悲鳴を上げることもできず、ただぎゅっと強く体を強張らせた。――次の瞬間。
「同期は成功しました。見てください。あなたの今、存在する場所を」
パニック状態になった私とは反対に、促す女性の声は落ち着いている。最初から一つの乱れも感じられない。その冷静さに逆に救われている気にもなるのが不思議だ。
私は恐る恐る「目」を開いた。
視界に映るものすべてが、一瞬でモノクロからフルカラーに変わっていく。
目に入るものは、無機質な白い病室……みたいだった。ただ、オーソドックスな病室に比べやけに広い。ただ白一色の世界でもなく、ところどろこに青く光ったラインが見える。あれは何の光なのだろう? と考えていたところに、私の視界1メートル先に黒にごくごく近い深藍の長い髪の女性が映った。
黒の無地のワンピース。衿にだけ添えられた控え目なレースも黒。両耳を飾るピアスもプラチナのいたってシンプルなチェーンと宝石なのか丸い石がついているだけ。
無表情に私を見つめる瞳も髪と同じく深い藍色。
視界がフルカラーになっても、まるで彼女だけモノクロのトーンを保っているような静けさだった。
しかし、驚くほどの美人。紛うことなく、超ド級の美人!
美女とポーカーフェイスって、最大のご褒美組み合わせだ……!
私は呆気に取られてこの世界ではじめて姿アリでエンカウントした人物を凝視した。
「その様子では、私を確認できていますね?」
「あ……、……はい……」
あ、あれ……? 声が……?
私は自分の首に手をあてる。……いや? 感触ないし、体が動いた感じもない……?
「あなたは今、意識だけがあるようなものです。デバイスを通して外部を見ること、内蔵マイクを通して音声は発することができます」
「デバイス? マイク……?」
「一つずつ説明していきます。まずは、改めて自己紹介をいたします」
女性は私に目礼ほどの頭を下げた。少し動くだけでも、品のある所作に目が奪われる。
「ようこそ、転生者あーや。はじめまして。私はユーステリア。司法庁より派遣され、あなたの観測と補助を任されている者です。……あなたはまだ、「眠ったまま」の状態にあります。あなたのアバターとこの世界の同期は完了しておらず、今、見えているのは仮想的な視点です。この空間は、あなた専用の観測領域。外界との接続は私が管理し、必要に応じて情報を中継します」
「……、……はぁ、……よろしく、お願い……します……?」
正直、黒衣のミステリアス美女、ユーステリアの自己紹介はほぼ分からなかった。最初の段階として美女の名前が「ユーステリア」と把握しただけでヨシ! としよう!
「この世界のことは、私が教えていきます。困ったことがあれば、何でも聞いてください。あなたの負担が少しでも軽くなるよう、私が傍にいます」
ポーカーフェイスにほんの少しだけ微笑みを浮かべ、ユーステリアは私を見つめている。
初対面。絶対に、まったくの初対面。
それなのに、……どこかで、私はユーステリアと話をしたことがあるような気がした。
なんだろう……私は「知っている」ような気がした。ユーステリアの語調や雰囲気を。
その謎を考えるよりも先に、私は考えねばならないことがあった。
そう……私の現状!
視界と会話できる人を獲得した私。
私の止まっていたコマが、一つ、前に進んだ。
読了ありがとうございます!
今回は“開眼シーン”とユーステリアの初対面をじっくり描きました。ポーカーフェイス美女 × 仮想病室、想像していただけたでしょうか?
次回からは〈同期アバター〉の構築、そして 1000CT を稼ぐ“お仕事クエスト”へ突入予定。マウロア&エルムの奮闘にユーステリアの補佐、ノアの動向も絡んできます。