閉じ込めベッドで聞いた“転生者”という呼び声
意識はあるのに身体も声も動かせない──閉じ込められたままのあーやは、面会に来るマウロアとエルムの会話だけを頼りに状況を探ります。
供託金1000CT、猶予30日。健気なわんこ系マウロアの奮闘と友人エルムのツンデレ支援、そして判事ギルドの冷静な監視。
そんな中、謎の女性が現れ「転生者、あーや」と呼びかけて――。
本話は〈目覚め前夜〉。世界設定が一気に顔を出します。
意識はあるのに、何も見えない。身体を動かせない、声も発せないというのは結構なダメージだ。
これは話に聞いたことがある閉じ込め症候群というものと似ているのかもしれない。意識はあっても、誰にも気づいてもらえない。
私は会社の階段から転落して、「どこか」で行き倒れ、「どこか」に運びこまれているらしい。
自分が今、どんな姿……十五段はある階段の最上段、しかも頭から落ちたからタダでは済んでいないだろう。……ああ、頭を強打して、閉じ込め症候群になったとか? そういう最悪なシナリオがぐるぐる回る。
しかし、妙なこともある。
ここがどこかは分からないけど、名前が横文字っぽい子たちの言葉は分かる。でも、会話に出てくる単語は意味不明なことがちょくちょくある。
一度で覚えられないけど、……うーん、こう、馴染みのない響き。ちょっと難しそうな雰囲気をかもしてる単語が多い。
耳しか機能していない私だけど、どうやら会話の内容から病院的な場所で寝かされているようだ。不思議とお腹が空いた気がしないのは点滴でもしているのか、胃ろうで流動食なのか……。
私を拾って、ここに運び込んでくれた男の子二人組、マウロアとエルムはマウロアの宣言のとおり、毎日、会いに来てくれている。
時間感覚はないのだけど、多分、十五分くらいだろうか、マウロアは私の手を握って「大丈夫だよ、安心して。僕が助けるからね」と毎度、繰り返す。
どうして、そこまで私を気に掛けるのか不思議で仕方ないけど、今の私にはマウロアの言葉だけが天からのクモの糸のようなものだった。
マウロアが保護権の供託金……? とやらのお金を作ってくると宣言して、三度目の面会時のこと。
「あー、お前さぁ、期限までに1000CT作れんの? やっぱ、貸して」
「ありがとう、エルム。でも、これは僕が自分でしなきゃいけないことだから、僕が何とかするよ」
エルムの言葉を遮り、マウロアは穏やかな声で答えた。エルムも「あ、そ」とそれ以上の追及はしなかった。二人の間で、これまでも何度も繰り返された問答なのかもしれない。
「俺もなんかいい案件ねーかなぁ。遣り甲斐あって、達成感あって、さすが、エルム! すごいね! ってポジティブフィードバックをザクザクもらえるタスク」
「ふふふ、そんなのなかなかないよね。僕たちは自分の好みでばっかり仕事は選べないからね」
「そーなんだよなぁー」
あー、と何ともいえないうめき声をあげながらエルムが何かを操作したようで、二人の声だけが響いていた空間に第三者の声が飛び込んできた。
『……プライベートではどのような生活をされているのですか?』
テレビ……なんだろうか?
少し離れた場所から聞こえるマイクを通した女性の声。ハキハキとしたいかにもアナウンナーといった感じだ。
『僕の生活は質素そのものですよ。特にこれといった趣味もありませんし』
インタビューをしているらしい女性に言葉を返す人物は、落ち着いた耳に心地よいテノールの男性。穏やかさと知性、優しさが声からも感じ取れた。
『そうなんですか? 執筆されている作品はどれも豊かな表現が多く、心を打つ名作ばかりです。作品作りの秘訣はあるのですか?』
『秘訣、ですか……。ああ、そうですね。僕には妻がいるのですが』
「うぇ、ノアかよ。ベストセラー作家サマはいちいち余裕があっていーよなー」
エルムは嫌味たらしいことを吐き出し、テレビを切ってしまったのか、インタビューの音声はぶつりと突然、途切れた。
「エルムはノアが嫌いなの?」
「べっつにー。あんなお貴族サマと接点ねーし、動画でしか見ねぇけど、友達にはなれないタイプだなって思うだけ」
「そうなんだ。……僕がノアくらいお金持ちだったら、すぐに供託金用意できたのにな」
「…………」
マウロアの自虐が入ったつぶやきに、エルムが答えあぐねているのを雰囲気で感じた。
「……明日から、本格的に仕事探すぞ! 俺も手伝うからさ!」
「え、いいよ!? エルムにもエルムの仕事があるだろ?」
「金は貸さない。でも、手は貸させろ」
フンッと尊大な態度で言い放つエルムに、一拍置いてからマウロアは噴き出した。
「貸させろ、ってなに! 文章生成、おかしいよ!」
「おかしくない! 正しい文脈だ!」
言い切るエルムにマウロアは声を上げて笑っている。いつまでも笑うな! と言い返すエルムはちょっぴり照れくさそうだ。自分がカッコつけすぎたことに今更ながら恥ずかしくなったのかもしれない。
「部屋ではお静かに」
笑いが満ちる室内に、一滴の冷たい雫を落としたような凛とした女性の声が割って入った。
「あ、すみません!」
二人は謝りつつも、エルムは「お前が大笑いするからだぞ」とマウロアに恨めしげにぼそぼそクレームをつけた。
「面会時間はもう間もなく終了です。お帰りの準備を」
「はい。……明日も、また会いに来るから。待っててね。明日は……お花を持ってくるよ。良い匂いのする花を選ぶから、楽しみにしていてね」
マウロアはそう言うと、私の手をいっそう強く握りしめ、名残惜しそうに指先で撫でたあと手を離した。
「花の差入はFCRの看護室へ持って来てください。この部屋に無断で持ち込むことのないように」
「はい……分かりました」
二人は「失礼します」と女性に告げ、部屋を出て行った。遠ざかる足音がいつもながら寂しさを運んでくる。
二人の足音が完全に聞こえなくなってから、静かな靴音が近づいてきた。私が眠っているベッドの近くで立ち止まった足音の主は、私の右手に触れ、手の甲を華奢な手のひらでふわりと覆った。人の体温が感じられない冷たさ。何をされるのか心臓が早鐘を打つ中、彼女は厳かに口を開いた。
「あなたに、この世界のことをお伝えします。……転生者、あーや」
私の名前……!?
覆われた右手が脈打つように熱くなっていく。
この世界、ってなに?
転生者って……?
階段から落とされ、今度は混乱の渦中に真っ逆さまに落とされる。
私の止まっていた時間が、否が応でも少しずつ動き始めた。
読了ありがとうございます!
今回は“動けない主人公視点”で耳と想像力だけのドラマに挑戦しました。マウロアの必死さ、エルムの友情、そしてユースとは異なる新キャラの気配……伝わったでしょうか?
次回は転生した先の世界の話、そして、マウロアのCoreToken 稼ぎ大作戦、新キャラクターも登場します。