第四話
騒動後。
表向きは、女子生徒たちが行ったサプライズイベントなので、婚約破棄は行われていないことになっている。
とはいえ、国王の妻である王妃は自分の息子サレーゾ王子が本気で婚約破棄を起こしたことを知っているのだ。
当然、卒業式が終わった後で、夫である国王に報告した。
真相を知った国王は怒髪天を衝く大激怒。
しかし、表立ってサレーゾ王子を裁くわけにはいかない。くだんの婚約破棄劇は学生によるただの歌劇として世間に広く認識されているためだ。
だからといって王家を支えてくれる侯爵家の顔に泥を塗った我が子を国王が許すわけもなく。
結果、サレーゾ王子は卒業式の後、完治困難な病気に見舞われた、ということになり王太子候補を辞退、王宮の奥に篭って治療に専念することになった。
もちろん、いつ治るかも分からない病気ゆえ、リリアン様との婚約もすぐに解消。
恐らくサレーゾ王子は王位継承権に関われない年齢になるまでは表に出てこれないだろう。ありていに言えば幽閉だ。
浮気相手のソーニャ嬢も人知れず、辺境の地へと飛ばされた。こちらはもともと弱小貴族だった為に、誰も行方を気にすることはなかった。
卒業式から半年後。
私はアマンダ様のお屋敷に招かれていた。
茶会の場になっている相変わらず丁寧に拵えられた中庭に入ると、そこには今日のメンツがすでに揃っていた。
目の前には、主催のアマンダ様。そしてその傍には我がボスであるリリアン様。そしてその対面の左にはアマンダ様の弟であるプライズ様が円形のテーブルの周りに座っている。
三人のうち、リリアン様とプライズ様とは会っていたが、アマンダ様は久しぶりだ。アマンダ様は私の姿を見ると嬉しそうに笑って手招きをする。
「おう、久々であるな。会いたかったが忙しくてな。ささ、座るがよいぞ」
そなたは一番の功労者なのだからな。とアマンダ様は上機嫌だ。普段はとっつき辛いとされている凛々しい容姿のアマンダ様がホホホと笑いながら相好を崩している姿に弟のプライズ様が思わず苦笑いをする。
そんな姉弟の様子を見て、同席の我がボス、リリアン様も微笑んでいる。
ところで、
王家周りの顛末は話したが、目の前の三人はどうなったか。
婚約破棄の件でアマンダ様は大きく株を上げた。
懐大きく敵対派閥のリリアン様を救ったのももちろん高評価であったが、何より婚約破棄をただの陳腐な出し物としたのは、アマンダ様が加わった功績が何より大きい。
卒業式には他国の来賓もたくさん出席していた。
そんな場で一国の王子が王命に背いて婚約破棄を宣言するなど大変な醜聞になる。それを打ち消したことで、国王様からとても感謝された。
そして事実上サレーゾ王子の王太子候補脱落により、アマンダ様の夫となる第一王子のベン王子が立太子となった。
そもそも、アマンダ様は幼少の頃からベン王子にぞっこんだったのだ。なんとしてもベン王子の妻の座を射止めたかったのは、愛ゆえにである。
次に、我がボスであるリリアン様。
王妃レースの結果だけ見ればアマンダ様が勝者、と言えるわけだが、現在、単純にそうとも言える状況では無くなっていた。
なんとリリアン様は隣国の王子と婚約中になっているのだ。
隣国第一王子については説明が必要だろう。
隣国の第一王子はあの婚約破棄劇の目撃者で、弟の卒業を見守りに来ていた。
そして、目の前で起こったあの婚約破棄劇の真相を見事、看破したのだ。
何故、看破できたか。
それは王子自身が直近に婚約者の令嬢に逃げられたからである。
「あなたみたいなつまらない男と、添い遂げるつもりはないの」
こう吐き捨てて浮気相手と駆け落ちした婚約者の目と、婚約破棄を宣言するサレーゾ王子の目が重なったのだとか。
「浮気も駆け落ちも好きならやむなし、とは思うけど俺のことをつまらない男って言うことなくない? 理由も聞いていないのに」
とは、後日、リリアン様から聞いた王子の愚痴。
婚約者に逃げられた隣国の王子には、空いた婚約者の席を狙って連日の如く求婚の嵐。
王族、貴族である以上やむを得ないことだが、どの女性も地位と力に群がる獣のように見えて仕方が無い。
弟の卒業式を見守って隣国へ帰った後も、大量に届く釣書に日々辟易していた。そんな時、自分と同じ状況のリリアン様と話がしたいと呼び寄せた。
呼ばれて茶会に現れたリリアン様は、裏事情を把握しているであろう隣国の王子へと向かってこう言った。
「結婚も見合いもしばらく結構。異性の心変わりに振り回されるのはもううんざり。それよりも私を守るために尽力してくれた同性の友人たちに感謝しつつ絆を育む方が何倍も有益です」
力説を聞いた隣国の王子は、
「わかるぅ」
と、座っていた椅子に深く背を預け、天を仰いだそうな。恐らく王子も男性の友人たちに、励ましやら慰めやらで心の傷を癒してもらっていたのだろう。
魂を絞り出すような物言いをする王子の様子がおかしくて、リリアン様はその場で爆笑したのだとか。私と出会った時のように、腹を抱えて笑ったに違いない。
意気投合し、同士と化した二人は虫除けの為にすぐさま結託。お互いしばらく落ち着くまで、殺到する縁談に煩わされないよう、一目惚れと偽って仮婚約したのだ。
「偽装よ、あくまで一時的な偽装」
リリアン様はそういうが、王子の方はどうだろうか。
リリアン様の弾けるような笑顔を見て、心惹かれない人などいない気がする。入学式で見た当時、私も即魅了され、このお方に一生ついていこうと決めたほどだ。王子が本気で惚れても無理はない。
リリアン様の方も隣国の王子のことは満更でもないようで、集まれば王子のことはよく話題にする。なんでも時折、ユーモラスに自虐的愚痴を漏らすのが面白いとか。
うーん、愚痴でしょ。面白いか?
そこら辺の感覚は私には分からない。
アマンダ様の手招きにより、私はテーブルの席へと着く。
視線を上げると目の前にはアマンダ様の弟であるプライズ様。
そのプライズ様は私に向ってニコリと笑いかけてくる。
……。
最後にプライズ様のことを話そう。
え、私?
私のことはプライズ様と深く関わってくるので、まとめて話すことにする。
分けても面倒だし。
私とプライズ様は卒業式の後、二人で頻繁に会って共同作業をすることになった。
何の作業かって?
例の卒業式には有名な劇作家が来ていて、女生徒全員で歌った婚約破棄劇の歌を非常に気に入ってしまったのだ。
そこで作詞を担当した私と作曲を担当したプライズ様に、正式に楽曲にして欲しいとの要請が来た。
あんな適当に書いた詩など、勝手に弄ってもらっても一向に構わなかったのだが、個人の味があるとかなんとか言われて曲が出来上がるまで、二人で劇作家の元へ通った。
プライズ様も私も楽曲を歌劇用に仕上げた経験が無かったからだ。
卒業式で演奏した分だと圧倒的に尺が足りなかったので、歌詞をつけ足したのだが、書き足す度に二人揃って、
「君は本当に面白い人物だな」
と評するので、ちょっと馬鹿にされている気分に陥った。
劇作家の方はともかくプライズ様の方が馬鹿にしていないのはのちに判明した。
何故なら劇作家の元へ幾度と通ううち、私に向って婚約を持ち掛けてきたからである。
とある日の打ち合わせが終わった帰り道、立ち寄ったカフェでのこと。
「僕と結婚しないかい? 君との夫婦生活はとても楽しそうだ」
とか、なんとか。
私の、貴族らしからぬ歯に衣着せぬ言動が気に入ったとか。裏表がないのが付き合っていて気楽らしい。
侯爵家とクソ雑魚男爵家では釣り合いが取れない、とは思うがプライズ様には姉のアマンダ様の他に兄がいて、家を継ぐ立場にはないそうだ。
「プライズ様なら、婿入りしてもらいたい家が沢山あるでしょう」
私がそう切り出すと、プライズ様は首を横に振った。
「無いわけじゃないが、一番面倒な問題があってね」
「なんですか?」
「あの気難しい姉上が気に入った相手でないとまず無理だということだ。自分の妻が将来の王妃とそりが合わないなんて最悪でしょ。その点でも君なら問題がない」
確かに私はアマンダ様に気に入られているという自負はある。例の卒業式までに歌の練習や歌い出しのタイミングなどを綿密に打ち合わせるために何度も会っていて、その際アマンダ様には自派閥への鞍替えを幾度となくねだられた。
まあ、毎回断っていたけれど。
「その言い方だと、アマンダ様に気に入られていれば誰でも良いように取れますよ」
私がチクリと言うと、プライズ様は苦笑する。
「そんなことは無いよ。当たり前だが、僕は君のことを好きで、これからの人生を共にしたいと思っていることが大前提だ」
コイツ、恥ずかしい台詞をサラッと言うな。
私は自分の顔が赤くなっていることを自覚する。
そんな私を見て、揶揄いもせずにプライズ様が続ける。
「もちろん、君にもメリットはある。私は卒業後、外交官として働くことが決まっている」
プライズ様の言葉に私は反応する。
「ゆくゆくは君のボスであるリリアン嬢の嫁ぐ国に赴任してもいいと思っているんだ」
――むう。
現段階ではリリアン様の結婚は本決まりではない。
とはいえ、どうやらプライズ様も私と同じような印象を得ているらしい。
リリアン様と隣国の王子は上手くいくと。
その場合、リリアン様が隣国へ行くとなっても、クソ雑魚男爵家の小娘が付いては行けない。
けれども、外交官の妻という立場なら……。
意識はお茶会へと戻る。
テーブル越しの目の前には勝利を確信して、微笑みを絶やさないプライズ様。
癪な笑顔だ。
癪だけど、メリットがデカ過ぎる。
噂で聞いた話だと、プライズ様は、妻になって欲しい人の為に赴任先を決めてある、と周囲に漏らしているらしいし。
そこまでしてくれるなら。
うーん、覚悟決めっかあ。
おしまい。
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