第三話
そしてやってきた卒業式当日。
卒業式は午前から始まり、本日をもって学校を卒業する三年生全員が卒業証書を受け取り終えて、現在、会場である大ホールではちょっとした余興が行われていた。
ホールの前方にある一段、高くなっているステージで、四人の男子学生が賞賛の拍手を浴び終えて今は楽器の片付け作業に入っている。
四人は音楽部の学生だ。
例年の卒業式では卒業証書授与のあと、在校生から餞別としてちょっとした催し物が送られることになっている。
演奏を終えた楽隊の面々は余程、大切にしているのか丁寧に時間をかけて各々の楽器をケースへ仕舞う仕草を見せている。
次への舞台支度という妙に間延びした時間を利用してか、一人の男子生徒が女子生徒の手を引いた状態で壇上へと駆けあがった。
「この場にて、皆に聞いていもらいたいことがある!」
男子は女子の手を握ったまま、声高に叫ぶ。
予想外の事態に場内は騒然とする。
だが少しの間があってから、すぐに静かになった。
何故なら、声を発したのがこの国でもっとも敬われなければならない一族。
王家の血筋の者だからである。
声を発した人物は、サレーゾ王子。
沈黙した面々は、何事か、と、この国の第二王子であるサレーゾ王子に注目した。
会場には、全校生徒、教師たち。そして無事卒業を迎えた生徒の親が我が子の成長の節目を見守るために足を運んでいる。そこには自国の貴族、のみならず他国の留学生の親もちらほらと見受けられる。他国へと留学をするくらいなのだから、さぞかし優秀かつそれぞれの国で要職に就いている名門の家柄であろう。
親が来ているのは、卒業生に該当するサレーゾ王子も例外ではない。
国王夫妻もこの場に居る。
私は遠めに見える国王夫妻の様子を伺う。
サレーゾ王子の父親である国王様は、突然壇上に躍り出た自分の息子の突発的な行動に怪訝な顔。
そして、
その隣に座る王妃様は、壇上に上がった己の息子を目力だけで射殺さんがごとき視線で睨みつけていた。
――まあ、さんざん暴挙に出るのは止めろ、っておっしゃってらしたらしいからね。
王妃様の姉はリリアン様のお茶会にいらしていたエミリー・ベイクウェル公爵夫人。
つまりはリリアン様の派閥だ。婚約破棄決行のことについては姉を通じて知っていたに違いない。愚かな真似はよしなさい、と口を酸っぱくして釘を刺していたであろうにこのザマだ。王妃様は息子の浅はかな行動にはらわたが煮えくり返っているご様子だ。
そんな母心を知らず、サレーゾ王子はハキハキと言葉を繋ぐ。
「今、ここに私は!」
そう前置きするとサレーゾ王子は壇上からリリアン様を指さして告げる。
「婚約者であるリリアン・マレーとの婚約破棄を宣言する! そしてここにいるソーニャ・トンブロンと婚約を結びなおす! 私は真実の愛を見つけたのだ!」
衝撃的な宣言に、場内が騒然とする。
一堂が驚く光景を満足げに見ながら、サレーゾ王子は再び口を開く。
「さらに」
そうやって言葉を続けようとした時、芯の強い美しい声が王子の言葉をかき消すようにホール内へと響いた。
「まあ、真実の愛ですって? なんて素敵なことでしょう!」
今日は卒業式。
ホールでは生徒が完全に男女で別れて椅子に座っている。壇上から見てホールの右側には女子、左が男子だ。
右側の壁には卒業生の親たちが椅子に座って陣取っている。
サレーゾ王子は己の主張を遮った声の出所を探るべく、女生徒が並ぶ列へと視線をやる。
とはいえ、探すまでもない。
何故なら卒業生、在校生全てが椅子に座ってる中で、一人だけ目立つ形で立って発言していたからだ。
発言者はアマンダ・コーリナー侯爵家令嬢。
本来なら王家の者が放つ声に割って入ることなどあってはならない。だが、サレーゾ王子は、声の主を見て咎めることなくニヤリと笑った。
アマンダ様はリリアン様の宿敵。
敵の敵は味方だと考えたのだろう。
ここで好きにさせて、共にリリアン様を貶めてくれれば良い、と思ったに違いない。
アマンダ様が続ける。
「ああ、真実の愛。愛し合うもの同士が幾多の困難を乗り越え結ばれる。最高の幸せ」
アマンダ様の歌うが如き美声が続く。
起こった展開が唐突すぎて親や教師たちはまだ理解がおぼついていない。だが私や女子たちは実際にアマンダ様は歌っているということは承知済み。
何故なら、ここで歌い出してくれと頼んだのは他ならぬ私だからである。
アマンダ様の声は心地よくホール内に響く。
アマンダ様の凛とした台詞が終わる直前、タイミングよくアマンダ様の左右両脇に座っていた女子二人が立ち上がる。
二人に向ってアマンダ様が首を交互に振り向かせ、問うように声を上げる。
「でも、婚約者がいる身で他の女性を愛してしまうのって何て言うのでしたっけ?」
「「何て言うのでしたっけ?」」
問われた二人が見事なハーモニーでアマンダ様の声に応える。
「「「それって、浮気って言うんじゃないのー♪」」」
「なっ」
共にリリアン様を糾弾すると思っていたアマンダ様に己の不実を指摘され、絶句するように呻いたサレーゾ王子。
その唸りをかき消すように、舞台の奥からけたたましい音が鳴り響く。
カカカッ! カラカラカラカラッ!
音の正体は打楽器のマリンバだ。いわゆる木製の音板をもつ鍵盤打楽器で、簡単に言うと巨大な木琴である。
後方からのつんざくような音にサレーゾ王子は撃ちだされた飛来物を避けるかのようにして肩を竦めた。
マリンバに続いて追い打ちをかけるように軽快なピアノが続き、更に弦楽器であるバイオリンとチェロが後を追う。
演奏しているのは、さきほどから舞台上でノロノロと楽器を片付けようとしていた男子四人組。
四人はいつの間にか片付けようとしていた楽器を再び手に持って演奏を開始していた。
彼らは音楽部で、もちろんこちら側の協力者である。
そのうちのピアノを弾いている男子が演奏を続けながら私に視線を送る。
目が合うと私へ向けてニコリと笑うプライズ・コーリナー侯爵家令息。
先程、先陣を切って歌い出したアマンダ様の弟である。
明るい曲調に乗って歌劇は続く。
「巷によくある恋愛小説、王子とヒロインの身分違いの恋♪」
演奏が途切れてまた、違う女子が立ち上がり歌を続ける。その女子が歌い終わるとすぐさま違う女子が立ち上がり、続きを口にする。
「でも、晴れの舞台である卒業式で、浮気相手を引き連れて婚約破棄をするってのは、正直、ありえないー♪」
「「「常識を疑いますわー♪」」」
「婚約を解消したければ身内と関係者だけで協議すればいいでしょう?」
「「「そうね、そうね、そうよねー♪」」」
「「「あんなの小説の中だけの話よねー♪」」」
サレーゾ王子はバラバラに立ち上がる女子を咎めようと顔を向けるが、女子たちは短いフレーズを歌ってはすぐに座るので、目で追うことしかできない。
しかも歌の途切れの隙を見て、全体に向けて何か反論しようとすると巨大なマリンバの音が王子の声をかき消していく。
――やっぱり打楽器を入れたのは正解だった。
普通、ピアノカルテットといのはピアノとバイオリンのような弦楽器三つで構成される。
しかし、今回は変則的にはなるが瞬発力のあるマリンバを組入れてもらった。目的は音の大きさと発生の速さだ。打楽器は弦楽器よりけたたましく鳴るのでサレーゾ王子が何か言いそうなタイミングに素早く割って入ることが出来る。
作戦は的中し、サレーゾ王子は音によって出鼻をくじかれ続けている。
翻弄され続ける壇上のサレーゾ王子の様子を見て、観覧席に座る国王様は困惑の表情だ。
だがその時、後ろに座っていた王妃の姉であるエミリー・ベイクウェル公爵夫人が身を乗り出して国王様の耳元で何かを囁き始めた。すると国王様は何かに納得したのか苦笑いを浮かべたあとエミリー様と二言、三言交わしてから笑顔で前へと向きなおった。
――ありがとうございます。エミリー様。
エミリー様には事前に一つ仕事を頼んである。混乱を避ける為に、この一連の出来事は女子たちによるサプライズイベントなのだ、と国王様の耳に吹き込んでもらうことになっている。サレーゾ王子の取った行動は芝居であり、歌劇の切っ掛けとして婚約破棄を訴えているだけに過ぎないと。
エミリー様の説明により、安心してイベントを楽しむことにした国王様と違い、その隣に座る王妃様は自分の息子のことを鬼の形相で睨み続けている。
対称的な二人の親が見ている中、ただ顔を左右に振ってうろたえるサレーゾ王子を置き去りにして歌劇は進む。
「大体、こういうことは国王様がいない時にするもんじゃないのー♪」
「やるなら外遊中が常識でしょー♪」
「目の前でやっちゃうってー♪ しかも国外の来賓の前でー♪」
「しかも不貞の二人のみでー♪」
「付いて来る側近が一人も居ないのー♪」
「「「人望無いのですわねー♪」」」
正確に言うとサレーゾ王子にも取り巻きは存在する。
何人かいるそいつらは現在、男子生徒の席から一ミリもはみ出さずに揃って下を向いている。
それもそのはず。卒業式前にリリアン様、アマンダ様の両名から、婚約破棄の場では余計な真似をしないように、と連名で釘を刺されているからだ。
未来の王妃候補二人に動きを制されれば黙って従うしかない。現時点では確実にどちらかがゆくゆく王妃になるのだ。サレーゾ王子に己の未来を全賭けしても良いが、外れれば悲惨な未来が待っている。様子見出来るならそれに越したことはない。
サレーゾ王子には、我々にも見せ場を下さいよ。リリアン嬢への糾弾が始まったら我々も舞台に颯爽と駆けつけますから、とか何とか理由をつけて同時登壇を避けたらしい。
歌劇が続くと孤立無援のサレーゾ王子も、反論する素振りを見せなくなってきた。
遅まきながら己の置かれた立場を理解したのだ。
歌い始めの序盤ならいざ知らず、中盤まで進んだ歌劇においては女子の全体がこのサプライズイベントに参加していることが分かる。
リリアン様の派閥、アマンダ様の派閥、そして数が少ないとはいえ、無派閥の女子も残らず全てが参加者だ。つまり、傍らに侍らせている男爵令嬢のソーニャ以外の女子は、ほぼ、全員が王子の婚約破棄の糾弾に協力している。
貴族学校の同級に近い女子を敵に回す、ということは今後、王としてやっていくのに同世代全ての貴族女子にそっぽを向かれる、ということに他ならない。
私が玉砕覚悟でアマンダ様に助力を求めたのも、この効果が欲しかったからだ。リリアン様の派閥だけで歌劇を行えば、サレーゾ王子も付け込む隙を見出したであろう。
ちなみに無派閥の女子もすんなり説得に応じてくれた。衆人環視の中での婚約破棄という女性を最も辱める行為に怒りを感じない女子はいない。派閥に興味の無い人たちも義憤に駆られて味方に付いてくれた。
「世はまさに大婚約破棄時代ぃー♪」
手を叩いて喜ぶ国王様を見て、観客もこれがイベントだと自分たちの中で結論付けたのか、歌劇が進むにすれ爆笑に次ぐ爆笑が起きている。そもそも歌詞はラブロマンスのあるあるネタを面白おかしく腐しているだけなのだから、笑えるものではある。
終盤を迎え歌が終わり、曲が止まる。
舞台上には、魂が抜け出たようにへたり込むサレーゾ王子と浮気相手のソーニャ嬢。
その二人の前へはっきりとした足取りで進む女子生徒が一人。
婚約破棄を言い渡たされたリリアン様だ。
――最後の仕上げだわ。
私が固唾を飲んで見守る中、リリアン様は王子へと誰もが目に焼き付くような見事極まるカーテシーを決めた後、宣言する。
「王子、わたくしリリアンはその婚約破棄、謹んでお受けします」
その後、女子生徒全員の割れんばかりの拍手が起きて、歌劇は終了となった。拍手は徐々に伝播し、会場全体を包んでいく。
立ち上がった国王様が拍手をしながら宣言する。
「見事な歌劇であった。いやあ愉快、愉快。それにしてもサレーゾ、プライドの高いお前が女子生徒の為に道化役を買って出るとは、なかなか度量があるではないか」
国王様の労いの言葉に、周囲も沸き立つ。
――ま、道化役、じゃなくてホントにただの道化なんですけどね。
そんな想いに耽りながら舞台を眺めていると、ピアノの前に座ったプライズ様が私に向けて手を挙げているのが見える。
プライズ様は演奏だけでなく、私の書いた歌詞に曲もつけてくれた。
その労力に感謝して報いるべく、私はプライズ様に向けて、グイッと親指を立てた握りこぶしを振りあげた。
こうして、馬鹿王子がリリアン様に対して行った婚約破棄は、ただの面白サプライズ劇として、無事、無かったことになったのである。
もちろん、この場だけ、ではあるが。